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作品名:巡夏 作者:光牙

第4回   刑事の悩み
病院から出ると杉村刑事は腕を組んで首をかしげた。
「スギさん、解せませんか」と隣を歩く長身の刑事が言った。
「解せるわけがないよ、君だって同じじゃないのかね、上島君」
上島と呼ばれた男が答えた。「えぇ、何も覚えていないの一点張りですからね」
杉村はもう一度首をかしげて唸った。
「これじゃぁ、調書も何もあったもんじゃないよ。田代拓也はたまたまその場にいたの一点張り。こうも頑固者が集まると何があったのかさっぱり解らん」
首筋を揉むようにゴマ塩頭を下から撫で上げる。
「田代拓也はなぜ逃げなかったんでしょう」と上島が問うた。
「本人に言わせれば何も悪いことはしていないからだそうだが、なんとも人を馬鹿にした話しだよ」
杉村には現場の状況が不可思議でならなかった。笹原美奈子は頭から地上に落ちている。普通手すりの上に立ってそのまま飛び降りたりしない限り、人間は頭から落ちるものだ。しかし、鈴木優は足から落ちたのだ。手すりに残っていた繊維の鑑定により、美奈子は四階から、優は三階と四階の間にある踊り場からそれぞれ落ちたと推測される。これもまた謎だ。二人仲良く飛び降り自殺という訳でもないようだ。
更に話しをややこしくするのは田代拓也の存在だ。彼はたまたま「高い所で街を見下ろしながら煙草を一服したくて階段を上っていたら、次々と人が落ちて来た」と証言しているのだ。
事件のあったビルは七階建でさほど高いというわけではない。しかもサバイバルナイフを携帯していた。ナイフについては「梱包を開けるときに使う」と証言しているが、それならカッターナイフで十分だ。そして拓也の繊維も優と同じ踊り場から採取されている。「びっくりして踊り場から下を覗き込んだ」というのが拓也の言い分だが、彼はそのまま救助をするでもなくその場にいたのだ。
救急に一報を入れたのはビルの清掃員で、物音に気付いてビルの裏に行ったら女性が二人倒れている、というものだった。その後清掃員は非常階段にいる拓也を見つけ彼が事件に関係あると思い拘束したのだ。
拓也はそのまま警察へと引き渡された。美奈子、優とも面識はないと言い張っている。
上層部のシナリオはこうだ。拓也が宅配を装い非常口から美奈子を呼び出し、ナイフで脅した所、彼女は階段から身を投げた。そこへ同居人の優が帰ってくる。優が異変に気付き逃げようとした所を踊り場から拓也が彼女を突き落した。目的は金目当ての強盗ではないか。
しかし杉村には納得がいかない。強盗目的ならば、何故拓也はその場に止まっていたのか。拓也は事実宅配の仕事をしており、装っているという訳でもない。非常階段の鍵はオートロックで施錠されており、拓也は金目の物はなにも手に入れていない。更に優は足から落ちているのだ。そのことがどうしても引っかかる。
シナリオには無理がありすぎる、とそう考えている者は捜査陣にも多くいたが、早期解決を謳う上層部はなんとしてもこれで押し通そうという考えだ。
被害者である優の話しを聞けば現場の状況がもう少しはっきりすると期待していたのだが、それも叶わなかった。
「鈴木優は笹原美奈子が死んだことを知らなかったようですね」
車の鍵を開けながら上島が言った。
「あぁ、その点だけは本当のようだな」
杉村は助手席に乗り込むとシートベルトを締めながらつぶやいた。
このままでは上層部のシナリオを強化こそすれ、覆すことは不可能だ。もし、拓也が本当に何もしていないとしたら、これは重大な冤罪を生みかねない。
シートに深く沈みこんで大きく息を吐いた。これから優の証言を報告するのかと思うと気持ちは重く、奥歯に何かがはさまったような不愉快さだけが増していた。


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