その日杉村は情夫を殺した女性の調書を読み返していた。ここ何日かの取り調べの裏取りと残暑のせいで少しくたびれた様子に見える。実際疲労していた。夏が来るとある事件を思い出す。嫌な記憶だ。 「スギさん、面会したいって人が来てるらしいですよ」と部下の上島が受話器を電話に戻しながら声を掛けた。 受付からの電話だった様だ。杉村は「面会?」と怪訝そうにゴマ塩頭を首筋から後頭部へと撫で上げた。 よいしょと呟きながら調書をデスクに放り出して立ち上がる。 「鈴木優だそうですよ」と長身の上島が隣の席から覗き込む様に言った。 その言葉に眉間の皺を一層深くして杉村が頷いた。まさか彼女から自分に会いに来る事があるとは思ってもいなかったからだ。急いで一階受付まで行くと、そこには見違える様にしっかりとした優がいた。今までは影の薄い、線の細いすぐにでも折れてしまいそうな印象だったが、そこに立っている女性は両足で大地に堂々と立つ自信に満ちた風貌だった。 「どうもどうも、お待たせしました」と杉村が腰を屈めて挨拶するのを受けて、「ご無沙汰しています。鈴木です」とはっきりとした口調で答えが返って来た。 杉村はその変化をそのまま口にした。 「随分と印象が変わりましたね。去年とは別人の様だ」 「その節はお世話になりました。少しお時間よろしいですか?」 予想以上の対応に杉村は驚きつつも了承した。「ここじゃなんですから」と外へと促す。以前もこんなことがあったなと思いだしていた。あの時の優は生気のない死んだ魚の様な眼をしていた。 しばらく無言で歩いて近くの喫茶店に入った。アイスコーヒーを二つ頼んでから杉村は優に向き直った。 「どうされましたか」 「教えてもらいたいことがあるんです」 真摯に見つめてくる優の瞳には力がこもっていた。杉村もその視線を真剣に受け止める。 「一度刑を確定された人が、新しい証拠で無罪となった場合、もちろん釈放されるんですよね?」 「そりゃぁ、まぁ、普通はそうです。もう一度裁判をやり直さないといけないですがね」 「もし、その刑が終身刑だった場合はどうなりますか?」 終身刑と聞いて杉村は一つ息を吸い込んだ。一度肺に貯めた空気を吐き出しながら「田代拓也の事ですね」と答えた。優は視線を逸らすこともせず、ゆっくりと頷く。 丁度ウェイトレスがアイスコーヒーを運んで来た。火花の散りそうな視線のやり取りが一時休止する。 杉村はアイスコーヒーにミルクを入れながら、「何か思い出したんですか?」と聞いた。 優は短く「えぇ」とだけ答えた。杉村にミルクを勧められたが断り、ブラックのまま一口飲む。 コーヒーに溶けるミルクの渦を見ながら杉村は刑事の顔になって鋭い目付きで言った。 「では、本当の事を話して下さい」
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