6月12日(金)夜
販促案が思い浮かばないまま、ヘブンイレブンのお弁当を一人 マンションの一室で食べる早智子。 “美味しいけど空しいな。”そう思いながら窓際に眼を移すと、 『元気出しなよ!』とでも言ってるかのように小さなピンクのガーベラが早智子を見ていた。
龍太郎からもらったときに咲いていたガーベラは枯れていたが、 早智子の甲斐甲斐しい液体肥料と水やりによって新たな花を咲かせていた。
そのピンクの花をしばらくぼんやりと見つめていると、携帯の着メロが鳴りだした。
♪君にしかない その翼広げて その瞳に映る 奇跡を抱きしめて♪
ディスプレイには“相手不明”の文字。
早智子は“不安”と“期待”が交錯した思いで通話ボタンを押した。
早智子「はい、河野です。」
相手「ぼっ、ぼくです。森山です。」
早智子「ああ。龍之介君?」
龍之介「はいっ。 あのぅー。 ガーベラ元気ですか?」
早智子「元気よ。もらった時の花は枯れちゃったけど、今新しいのが咲いてるの。」 そう答えながら、窓際のピンクの小さな花に眼をやった。
龍之介「まだ咲いているんですか?! 枯れちゃってるかと思っていたんです。 じゃ、ちゃんと肥料とお水をあげて。 太陽の光もたくさん浴びて。」 花の話しになると多弁になる龍之介がいた。
早智子「そうよ。すごいでしょ。」
龍之介「すごいです。河野さん。」
早智子「“さっちゃん”でいいよ!」同年代の彼氏に言うみたいに早智子は優しくいった。
龍之介「はい。さっちゃんさん。」 龍之介のかしこまった応答も早智子はなぜか腹立たしくなく、むしろ微笑ましかった。
早智子「好きに呼んで。 でも、“先輩”だけはやめてよ。」 翔子の顔を思い浮かべながら楽しげに話す早智子。
龍之介「早智子さん。明日、ガーベラ観にいってもいいですか。休み取れたんです。」
早智子「明日?! 急ねえ。」 今まで前日の急な誘いは断ることにしていた早智子が‥。 「午後なら空いてるわよ。1時ごろはどう?」
龍之介「はい。よろしくお願いします。」 龍之介もガーベラを観にいくだけのつもりでいったが、生まれて初めての女性の一人暮らしの部屋。 しかも年上。その声は自然とうわずっていた。
早智子「それじゃあ、明日。」 龍之介のうわずった声を聞いていくぶん平静をとりもどしてきた早智子。 でもその心の中は、久しぶりに穏やかな春の陽ざしを浴びているかのように温かだった。
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