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作品名:『ダンナさまは18歳。』 作者:英庵

第21回   鬼の目にも

更衣室での泉鉄子との一件以来、ジュースが撒かれることは無かった。
しかし、一番奥のゴミ箱のゴミは景子と翔子のグループが交代で捨てていた。

そんな11月中旬のある日。

翔子「早智子先輩、大変!」 慌てると昔の呼び方がでてしまう翔子。
  その翔子が早智子の元に駆け込んできた。

早智子「どうしたの?」

翔子「イカツイ熟年夫婦が“角さんを出せ!”ってお客様相談窓口に居座ってるらしいです!」

早智子「それで?」

翔子「品質保証部の村尾部長から店長と角さんを呼ぶようにと指示があって。
   私が内線をとったので今ここに。」

早智子「角さんは?」

翔子「品質保証部に向かっています。」

早智子「私もそこに行けばいいのね。」

翔子「はい。品質保証部横の第一会議室です。」

翔子からの連絡を受け、早智子は第一会議室に向かった。

「トントン。」早智子は第一会議室のドアをノックし、部屋に入った。

村尾部長「おお、森山君。大変な事になってしまったよ。」

 部長の前には、半ベソをかいて座っている角登志子がいた。
 早智子は事の大きさを感じながら登志子の横に座った。

村尾部長「角君。もう一度、今回の件の概要を説明してくれんか。」

角登志子「はい。私が先月(10月)の中頃に今回のお客:柄割様に化粧水を販売したんです。
     そしたら、今月初めに店の方に来られて“肌が荒れた”と苦情があり。
     私 肌を見たんですが、もともと肌の調子が良くない人でそんなに悪くなったとも
     思わなかったので‥。」

村尾部長「そのままにしておいたのか。」

角登志子「はい‥。」

村尾部長「何故、店長に報告しなかったんだ?」

角登志子「‥‥。」 登志子は“森山さんを店長と認めていません。”とも言えずに黙っている。

村尾部長「続きは私から話す。 柄割様は今日、医者の診断書を持ってきておられる。
     誠意ある対応が無ければ裁判も辞さないと言っておられる。」

早智子「診断書は本物なんですか?」

村尾部長「いや、我が社の化粧水はどんな体質の人にでも合うように長年の歳月をかけて開発してきたものだ。」
    「あのフテブテシイ旦那の態度からすると、恐らく‥。」

早智子「そうですか。でも、裁判は避けたいですよね。」

村尾部長「その通りだ。我が社が勝つとしても、判決が出るまでは大きなイメージダウンになる。」

  角登志子は黙ったまま下を向いている。

村尾部長「そこでだ。これからの対応を森山君と決めたい。
     柄割様には、私は今 出張先からこちらに駆けつけてることになっている。
     私たちの結論が出るまでの間、角君は柄割様の応対をしてくれ。
     くれぐれも無礼の無いように!」

角登志子「はい。解りました。」
  そう言うと登志子は肩を落としながらお客様相談窓口へと歩いていった。


1時間後。


村尾部長「それでは、その方向で行くとするか。」

早智子「はい。」

  そう言うと、村尾部長と早智子はお客様相談窓口に向かった。


「トントン。」 村尾部長がお客様相談窓口のドアをノックした。
 反応が無かったので、村尾部長と早智子が部屋に入った。

部屋に入ると、柄割様の旦那[以下:柄割(夫)]がソファーにどっかり足を広げながら座っていた。
その横には、柄割(妻)がツンとした表情で腰かけている。

村尾部長「私が品質保証部長の村尾です。この度は、大変なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」

柄割(夫)は村尾部長の名刺にチラッと目を通したあと、
それをテーブルに置くこともなく胸ポケットにしまった。

早智子「赤坂本店の森山と申します。この度は、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」

柄割(夫)「結構キレイな姉ちゃんやないかい。あんたが店長か。」
  柄割(夫)は早智子の名刺に目を通したあと、ニヤッと笑いながらそう言うと、
  再びどっかりとソファーに腰を下ろした。

柄割(妻)は相変わらず無表情に座っている。
その向かいには、登志子が疲れ切った表情でじっとしていた。

村尾部長「今回対応が遅れました事は、お詫びさせていただきたく思っております。」
 村尾部長が切り出した。
 柄割夫婦は黙ったまま聞いている。

村尾部長「ただ、私共はこのようなご迷惑を他のお客様にもかけることがあってはなりません。」
  柄割夫婦はもっともだと言う表情で頷き、聞いている。

村尾部長「そこで、お願いがあるのですが‥。」
     
柄割(夫)「お願いとは?」

村尾部長「弊社の製品のどの成分がお客様のお肌に悪い影響を及ぼしたかを精密に調査したく思います。
     私共と契約している大学の先生方もいらっしゃいますので。」
  そう言いながら、村尾部長は柄割(妻)の肌に視線を向けた。

柄割(夫)「いっ、いや。 俺らも事を大事にするつもりはありませんのや。
      治療費とちょっとした誠意を見せてくれればいいんです。」
  そう言いながら、治療費が¥39,900と書かれてある怪しげな領収書を取り出した。

村尾部長「分かりました。 そのお金は弊社が負担致しますので、こちらにサインをお願いします。
     あと、販売部の方から話が。 それでは、森山君。」

早智子「こちらが、弊社の最高級の化粧水の2本セットです。
    お詫びと今までより綺麗なお肌になって頂きたい気持ちを込めまして。」
  そういいながら、早智子は化粧水の入った箱を差し出した。

柄割(夫)「そうか。 そんなら、今回は大目に見てこれだけで勘弁しといてやるわ!」
  柄割夫婦はサインすることもなく、化粧水セットだけを受け取るとさっさと去って行った。

早智子は“フッ”と大きな息を吐いた後、村尾部長にいった。

早智子「もう来ることないでしょうか?」

村尾部長「ないだろう。 空き巣は失敗した家には入らないらしいからな。」

  そう話していると、横からすすり泣く声が聞こえてきた。
  見ると、緊張が解けた登志子が目からポロポロと涙をこぼしていた。

  そして、早智子に少し目を配ったあと下を向き、声を震わせて言った。

登志子「店長。‥。 今まで‥。ごめんなさいね‥。」


それを聞いた村尾部長は早智子に笑いかけた後、黙って部屋を出て行った。

早智子は、自分も涙がこぼれないように天井に視線をやりながら
登志子が泣きやむまでソファーに座っていた。


そして。


その日の定時後から、更衣室の一番奥のゴミ箱は景子と翔子のグループの手をわずらわすことなく空になっていた。


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