10月1日 ドクターEコスメの販売員の朝礼。 新店長の早智子が店員を前にして挨拶をはじめる。
早智子「本日から加賀店長の後を任されることになりました森山早智子です。 まだ至らないところもありますが、皆さんと力を合わせて赤坂本店を 盛り上げて行きたいと思いますので宜しくお願いします。」
「パチパチ。パチパチ。」 翔子以下の若手グループ:期待の拍手。 「パチパチ。 」 早智子以上の中堅(30代)グループ:期待半分不安半分の拍手。 「 ‥‥‥。 」 角グループ(角派) :冷めた表情。
朝礼の後、それぞれの思いで販売員は職場へと向かった。
そして、定時後
「お疲れさま。お先です。」 若手グループと中堅グループが森山店長に挨拶をして帰って行く。 その中に紛れて、角派の販売員が早智子の方を見ることなく黙って通り過ぎる。
“こんなこと位で不機嫌になってはいけない。” そう思いながら販売員が帰っていくのを笑顔で見送る早智子。 そしてその後、早智子は更衣室に向かう。
更衣室では概ね奥から年齢順にロッカーが割り当てられているため、 奥から角派、中堅、若手のロッカーとなりゴミ箱も3つがほぼ均等に置かれていた。 加賀店長の時、ゴミ捨ては毎日、角派、中堅、若手の其々で順番を決め担当を回していた。
しかし、今日は角派のゴミはまだ捨てられておらず、 おまけにゴミ箱の中には“店長お願いしますネ!”と書かれた紙切れが。 “ネ”という文字が如何にもしらじらしい。
“何、コレ。” 最初それを見た早智子はあ然としたが、10年以上の先輩に対しどうして良いか分からず 仕方なく自分でゴミを捨てに行ってから帰宅した。
そうした事が3日間続き、4日目には事態がエスカレートしていた。 更衣室一番奥の空きスペースにグレープジュースが不自然にこぼれていた。
“明日までこのままにしておけばベトベトになって取れなくなる。” そう思った早智子はジュースを乾いた雑巾で拭きとった後、雑巾を水で洗い もう一度床を拭いた。
人気の無い静まり返った更衣室。 力を入れて床を拭くほど切れ長の目から涙がこぼれそうになった。 “何でワザとこんな事するの‥。”
その夜、元気がない早智子に龍之介がベッドの中で声を掛ける。 龍之介「さっちゃん、最近元気ないけど何かあったの。 大丈夫?」
早智子「‥‥‥。」 早智子は今まであった事を説明しようとしたが、それより先に涙が溢れ出した。
「龍ちゃん、私ってダメだね。」
それだけ言うと龍之介の胸の中で泣きはじめた。
「ガマンしなくていいよ。」そう言いながら早智子の背中を優しく撫でる龍之介。
♪ Like a bridge over troubled water I will ease your mind.♪ (荒れる流れに架かる橋のように、私は君の心を安らげよう。)
早智子はその夜、龍之介の胸の中でひとしきり泣いた。 そして泣き疲れ、いつの間にか龍之介に抱かれ眠っていた。
翌朝、“このままではいけない”と決意し出社する早智子がいた。
早智子は朝礼で言った。
早智子「最近、更衣室の一番奥のゴミが捨てられていません。 5Sは大事ですから、今まで通りゴミ捨てお願いします。 また、昨日はジュースがこぼれたままになっていました。 こぼした人は必ず拭くようにして下さい。」
早智子の発言に対し、角派は目を横に反らしながらダンマリを通している。
それに対し、中堅の今田景子が言った。 今田景子 35歳。 早智子より5歳年上。曲ったことが嫌いな性格。
景子「一番奥のゴミ箱って今まで角さんのグループが順番でゴミ捨てていましたよね。 今まで通りやればいいだけのことですよね。」
角派はダンマリを通している。
早智子はこれ以上険悪なムードになることを避け、朝礼を終えた。
その日の定時後、早智子は更衣室に向かった。 すると、中から“言い争う声”が聞こえて来た。
ドアを開けると、角派の泉鉄子と景子、翔子だった。
翔子「店長、今 泉さんが床にオレンジジュースを撒いたんですよ。」
鉄子「手が滑っただけよ。」
景子「おまけにゴミも貯まったままだし。」
鉄子「ゴミ捨ては別にルールじゃないでしょ。捨てたい人が捨てればいいのよ!」
翔子「だったらこの紙切れは何よ。」 翔子はそう言いながら、“店長お願いしますネ!”の紙切れをゴミ箱から取り出した。
鉄子「たまたま何かのメモ書きが入っていたんじゃない? だって、“店長、ゴミ捨てお願いしますネ!”とは書いていないでしょ。」
景子と翔子は鉄子をにらみながら右手に拳を握りしめる。
早智子「分かったわ。 泉さん、手が滑ったのならジュース拭いて下さい。 朝礼でも言いましたけど、これは命令です。」
早智子はそういった後、足元のゴミが溢れかけているゴミ箱を取ろうとした。
すると、 「店長、私捨てて来ますよ!」 年上の景子が笑いながらゴミ箱に手を掛けた。
翔子も続いた。 翔子「景子さんと昼休みに話ししたんです。角派の言動は読めてますから‥。」
景子「一番奥のゴミは日替わりで順に、私と翔子さんのグループで捨てることにしたの。 ついでですから。」
翔子「店長はゴミなんか捨ててないで、また販促案考えてくださいね!」 翔子は小さな舌を口元から覗かせると、景子と一緒にゴミを捨てに行った。
横を見ると、泉鉄子が渋々床を拭いている。
景子と翔子の背中がだんだん小さくなる中、“彼女たちと赤坂本店を盛り上げるぞ!” その思いが次第に大きくなる早智子だった。
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