2010年 XX月 XX日。 アフリカのとある研究室。
ここで、人類初となるクローン技術の実験が秘密裏になされようとしていた。 その実験とは、『マンモスの再生』。
毛のついた状態でマンモスの頭部の化石が冷凍保存されていることは、 愛・地球博で展示されたことから日本でも周知の事実。
その冷凍保存されたマンモスの体細胞の核を、生態的に近いアフリカ象の未受精卵に移植し マンモスを再生させようというのが今回の無謀な実験。 まさに進化した生物の暴挙である。
各国の倫理委員会が“待った”をかけたが、一度走りだした暴走列車をもはや止めることはできなかった。
実験を行うデビル博士はクローン研究の世界的権威。 当然の如く実験は着々と進められ、 一頭のオスのマンモスが薄暗い静寂とした研究室のシャーレの中で悪魔の産声をあげた。 博士はこのクローンマンモスに“マンモ”と名付ける。
シャーレの中で受精卵となったマンモは思う。 「マンモスといっても僕は、マンモスとアフリカ像の遺伝子を合わせ持ったハーフ。 人類は何故、僕が寒さにも暑さにも強い性質を持つことに気付いていないのだろう?」
《 2年後 》 メスのアフリカ象の体内で育ったマンモは、デビル博士の計画通り数カ月前にこの世に姿を現わした。 そして明日はいよいよ学会発表の日。
「博士は明日僕を学会発表するって言っていたけど、僕は人間が苦手だな。 今ここから逃げ出したいよ。 あれ?博士は酔って眠っているぞ。 意外に小心者だからな。 良し!今のうちだ。」
博士が居眠りをしているうちにその長い鼻を使ってバーをはずし、 マンモはこっそりとアフリカの大地へと逃げ出す。 デビル博士は勿論慌てたが、もともと秘密裏に進められた計画。 学会にはワイロを送り、マンモが逃げ出した事実を揉み消した。
一方、研究室を抜け出したマンモは、アフリカの豊富な食物の中で順調に成長する。 全身は灰色の毛で覆われ、口元からは2本の巨大な牙がうねりながら伸びている。 そして、おとなしかったその性格も野生化の中で次第に凶暴性を身につけていった。
《 10年後 》 マンモはマンモスゆずりの巨大な牙でアフリカ像のオスを蹴散らしながらその勢力を伸ばし、 約3,000頭にまで繁殖していた。 人類はそこで初めて、新種のアフリカ象、いやマンモの存在を認識する。
「アフリカで新種の象が発見されたって!」 「いや、象ではありません。 マンモスです。 戦いに敗れたアフリカ像のオスの死体に残されていた 動物の毛をDNA鑑定したところ、マンモスと多くの共通点が見出されたとのことです。 各メディアの間ではマンモと呼ばれています。」 「マンモか。 誰がこんなことを…。」 「化石を蘇らすことのできる人物は、この地球上に多くはいません。 恐らく…。」 「恐らく…か。」
ほどなくマンモはアフリカ大陸を制覇し、中東を経てヨーロッパ、アジアへと勢力を伸ばす。 その数は、15年後には3,0000頭、18年後には16,000,000頭となり、 生息地もオセアニア大陸は無論のこと、北極を経て北アメリカ、南アメリカにまで拡がっていった。 そして20年後の2030年にはマンモの数は10億頭を超えていた。
「このままでは地球上の食糧が無くなり、人類は滅亡してしまいます。」 「よし分かった! 国際防衛連合に働きかけて世界各国の力を結集し、マンモに総攻撃を仕掛ける!」
マンモは決して進化した生物に危害を加えたわけではない。 自らが生き延びるために食糧を求め、生活の場を広げていたに過ぎない。 恐竜やマンモスの歴史をたどれば、そんなことは進化した生物も承知のはず。 しかし進化した生物は、自らの生活を脅かすものの存在を許すことができないだけの生物になっていた。 自らが創り出したマンモに対してさえも。
国際防衛連合の指揮のもと、各国の部隊はマンモにミサイル攻撃を加えた。 マンモの体からは血が吹き溢れ、長い毛を伝ってひたたり落ちている。 すると、マンモは各国の都市を破壊、反撃を始めた。 ミサイル攻撃によりさらに凶暴化した野獣ほど手がつけられないものはない。 マンモは巨大な牙と太長い鼻をスウィングさせながらビルを壊していく。 人類は想像以上のダメージを受けた。 一頭のマンモを倒すのに、数十人以上の犠牲をはらった。
「このペースで行けば人類は滅亡するかも知れない!」
国際防衛連合は「核兵器」の力を借りるかどうかの判断を迫られていた。 しかし、全世界に拡がったマンモに「核兵器」で総攻撃することは地球を放射能で染めることを意味する。 “このまま犠牲を払いながらマンモにミサイル攻撃を続けるか、 人類への悪影響を懸念しながら「核兵器」を使用するか、二つに一つ。”
国際防衛連合の司令官はしばらく考え込んだ後、「核兵器」の赤いボタンを押した。
きのこ雲の中で次々に倒れていくマンモ。 その中には、デビル博士の手で創造された初代のマンモもいた。
初代のマンモはゆっくりひざをつきながら、薄らぐ意識の中でつぶやいた。 「どうせ我々は4000年前に滅んだ存在。 のんびりと空の上から地球を眺めていたのに、 宇宙の摂理に逆らった進化した生物に突然呼び戻されてしまったよ。」 そして最後にうっすらと笑みを浮かべながら言った。 「進化した生物がこれからどれだけ生き延びるかって? おれの知った事で無いね‥。」
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