「今年の関西タイガースは出足悪いなあ。」 「まるでおれと同じやなぁ。」雄太は新聞を開きながら他人ごとのようにいった。
雄太は新しい仕事がまだ決まらないでいた。
「今日は気分転換に、クリームコロッケでも作ろうか。」 前向きな雄太は状況が悪くてもふさぎ込むことはない。 何か行動を起している。 震災で夫を亡くしてもディサービスで気丈に働いた雄太の母親に似たのかも知れない。
南城家オリジナルのクリームコロッケは大変評判で、 雄太の家を訪れるお客さんはこのコロッケをリクエストする人が多い。 この味を長く引き継いでいこうと、 目分量で作る母親の作業を見ながら雄太はレシピに書き落としていた。
「はい、これで仕込みは終わり。あとは気泡がなくなり、キツネ色になるまで揚げるだけ。」
一人暮らしの経験がある雄太は料理が苦にならない。 そのため求職中は気分転換に料理を作ることが多く確実にその腕をあげていた。
♪いくつもの 日々を越えてー ♪ その時、雄太の携帯メールの着メロが鳴った。
雄太は携帯を取り出し、受信ボックスをチェックした。 “愛だ。また、なんか面白いこと送ってきたんか。”そう思いながら雄太はメールを開いた。 愛と雄太は同総会以降、週に1度のペースでメールをやりとりしていた。
「雄太君、元気? もう同総会から1カ月やね。 チョット話したいな。」
“なんや、今日は割りと普通やん。話しって何やろ。まさかお金貸して言うんちゃうやろな。 愛はどこまで本気でどこから冗談か、わからへんからな。”そう思いながら雄太は返事を打った。
雄太:「おれはカラ元気モリモリやで。 愛も親と同居で感心やな。 今度の土日やったらどっちも空いてるで。」
愛:「じゃ、土曜日がいいな。 昼ごろ大丈夫?」
雄太:「了解。 13:00に阪急三宮駅の改札でどう?」
愛:「いいよ。 じゃあね。」
メール交換をしながら雄太は思った。 “今日はどうしたんやろ。 いつもは絵文字いっぱい入れてくるのに。”
そして土曜日。
同窓会の時より陽射しがだいぶん高い。雄太は、半袖のポロシャツと綿パンで出かけた。 そして、12:45 三宮着の電車に乗り込んだ。
「さんのみやー、さんのみやー。」
改札を出ると、愛がすでに待っていた。裾絞りパンツの上に淡いブルーのスカートで。
「まった?」雄太がそういうと、愛は首をふって 「どう、似合う?」と雄太に話しかけてきた。
「似合うよ。46には見えへんで。」雄太が小声でいうと、 「知らんわ。」笑いながら愛が答えた。
「じゃ、茶店でも入ろか。」 “チョット話したい”の愛のメールをうけて雄太がいった。
すると、愛は答えた。
愛 :「茶店はもう少しあと。」「今日、私行きたいところがあるねん。 ほら、中2の時クラスのみんなと行ったでしょ。」 雄太:「須磨竜宮公園?」 愛 :「そう、須磨竜宮公園。 久しぶりに行ってみたいな。」
須磨竜宮公園。関西ではどちらかというとマイナーな公園。そこに行きたいと言う愛。
雄太はそんな愛の気持ちを察したかのように答えた。 「行ってみよか。」
三宮駅から月見山駅に向かう電車の中でも、 愛は話すことはあまりなく窓の外をずっと見つめていた。 この景色を心の奥に刻みつけるかのように。
月見山駅から公園に着くと、2人は公園の入口で係員に写真を撮ってもらった。 デジカメは愛が持って来ていた。 写真にはその日の日付けと、公園をバックに腕を組んでいつもより笑う2人の姿が写っていた。
「家戻ったらメールで送るね。デジカメって便利やね。データ取り出したら何も残らへん。」 そう言いながら愛はいたずらっぽく笑った。
公園の中ではローズフェスティバルをやっていた。 「私ら運強いな。こんなんやってるの知らんかったわ。」愛が言った。
「なんや、知らんかったんや。」 雄太はそういいながら、 “やっぱり愛はバラではなく、この場所に来たかったんや。”そう思った。
ローズフェスティバル、噴水広場、植物園を見てまわると4時を過ぎていた。
「この辺で、茶店に入ろか。」自分からは言い出せないでいる愛に代わって雄太は言った。
「うん。」そういって愛はうなずいた。
公園を見渡たせる窓際の席に二人は座った。
しばらくすると「コーヒーお待たせいたしました。」店員が運んできた。
砂糖を少し入れたコーヒーをスプーンでかき混ぜながら、愛が話しはじめた。
愛 :「桜に彼氏ができたみたい。めっちゃ嬉しそうなの。雄太は喜んでくれる?」。
雄太:「そうなんや。残念やな。」
愛 :「ホントに?」 愛は雄太の瞳をのぞきこみながら言った。
雄太:「おれ、中3の時 愛のこと好きやったからな。」
愛 :「今は?」
雄太:「今のほうが好きやな。」
愛 :「私も。」 「でも、私‥。 私のことより娘のほうが大事やねん。」 そういうと愛は下を向いた。 ‥‥‥。
しばらくして雄太がいった。 雄太:「そらそうやろぅ。母親やから。」 「それに俺が桜と結婚して一緒に暮らすいうのは冗談やろ。」
愛 :「冗談のつもりやったけど、そんな生活を想像したりもした。」 「桜が今の彼氏と結婚するかどうかはわからへん。でも、桜と楓が結婚するまで離婚できへんねん。」 愛はまだ下を向いている。
雄太:「おれも冗談と思いながら、愛にいくらまでこずかい取られていいか計算してたわ。」 その場が悲しくならないよう雄太はいった。
愛はふと顔をあげ、雄太のほうを見た。 愛は眼から涙がこぼれるのをずっとこらえていた。
「ほんなら行こか。」雄太は愛に声をかけた。 「うん。」愛はうなずいた。
喫茶店を出てから、2人は中学生のように手をつないで歩いた。 話しをしないまま手をつないで歩いた。
公園を出て駅までの帰り道、浜風が2人の腕を吹き抜けたとき お互いの手の温もりがより優しく感じた。
そして雄太が愛のほうを向くと愛も雄太のほうを見ていた。 その笑顔の中のまつ毛の先は、まだ涙で濡れていた。
雄太は愛をそっと道の端によせて両腕を細い肩のうしろにまわした。 愛の体は少し震えていた。 雄太のくちびるがそっと愛のくちびるに触れた。 2人の体温を冷ますように、浜風がまた2人を吹き抜けた。
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