サンゼリアに着き、4人はテーブルについた。 配置はクルマと同じく、智美と小谷、雄太と愛が隣に座った。
「ここはミラノ風ドリアが安くておいしいよ。」愛が言った。
「さすが主婦。」珍しく小谷がつっこんだ。
「わー。グラスワイン100円やて。」「なんでこんなに安いの。」愛が店員に聞いた。
“愛、おばはんみたいやで”雄太が思った瞬間に 「あんた、おばはんみたいやで。」智美がつっこんでいた。
「私、ミラノ風ドリアとプチフォッカと100円のグラスワイン。」愛が言った。
「100円はええねん。」今度は雄太がつっこんだ。
智美「私は、ミラノ風ドリアとプチフォッカとドリンクバー。」
雄太「おれは、ミラノ風ドリアとプチフォッカとモルトスカッシュ。」
小谷「おれは、ミックスグリルとライスとドリンクバー。」
「流れ読めよ。」智美がいった。 「今日は小谷君のおごりやて。やったぁ。」続いて愛がいった。
“この2人金がからむと手ごわいな”雄太はそう思いながらメニューを立て掛けた。
「見て見て。これ私の娘たち。」愛が携帯の待ち受けを見せだした。 が、携帯の形を見るとかなり角ばっている。 “相当長いこと使ってるな。”雄太は主婦の涙ぐましい努力を感じた。 さすがにこれだけは突っ込めない。
「可愛いな。何歳と何歳?」雄太が愛に聞いた。
「桜が19で楓(かえで)が17。」愛が答えた。
「雄太。来年なったら桜は大人やで。」智美が八重歯を見せながら言う。
「そやなぁ。」冗談ぽく雄太は相づちを打った。
「ほんまや。雄太が結婚してくれたら雄太の財産もらえるわ。」愛が喜びながら言った。
“そこは親が止めるとこやろ。”と思いつつ、「愛が母親ならいいかも。」と雄太は続けた。
“ふつうの人間なら全部冗談で終わりやけど、この2人はほんまに金欲しそうやからこわいわ。” 話しが盛り上がる一方で、雄太は愛の真意が知りたくなっている。
「ミラノ風ドリアの方は?」店員が食事を運んできた。 「ミックスグリルお待ちどうさま。」
「値段の割に美味しいなぁ。今の時代にあってるなぁ。」 そんな大人の話題もからめながら、昔話しに花が咲いた。
食事も食べ終わり、雄太と愛は電話番号とメアドを交換する。 「その携帯、赤外線ついてんのか?」雄太は優しく聞いた。
「うん。赤外線ついた最初の機種。そやからこんなにボロボロ。」愛は屈託なく答えた。 “母親はたくましいな。”雄太は愛の見かけとは異なる強さを感じた。
「そろそろ帰ろうか。」一番家の遠い智美が言った。
時計の針を見ると夜の9時を回っていた。 「そやね。」3人が答えた。
雄太はレシートを手に取った。「女の子はええわ。」 同窓会というのは何故か気分が若くなる。雄太が“女の子”と言ったのも自然の流れだった。
「やったー。」46歳の中3の女の子は想像以上に喜んだ。 それを見て小谷も笑っていた。
「おごってくれたし、皆を送るわ。」智美が店の前でいった。
「家遠いからいいで。」雄太が言った。 本当は“愛を送りたいからいいで。”だったが、 “不倫”という言葉が頭をよぎりそう言う表現になった。
「送るよ。最初に小谷君と雄太を家まで。その次に愛を駅まで。」 智美は雄太の心を読んでいるかのように言った。
「有難う!さすが智美、男前。」小谷が言った。
「全然嬉しないねんけど。」智美は笑いながらいった。
3人は智美のワンボックスに乗り込んだ後、それぞれの思いを巡らせている。
愛:“私、雄太のこと好きになってしもた。中3の時から結構好きやったけど、 今のほうが本気やわ。”“でも結婚してるし、離婚するんやったら慰謝料かかるし。” “雄太と一緒に暮らすのやったら、やっぱり娘に結婚してもらう? いや、そんな娘を道具にするようなことできへんわ。”
雄太:“愛は本気なんやろか。愛と一緒になるんやったら、娘と結婚? 不倫はあかんからな。 香奈より年下の娘を愛せるんやろか?”“でも幸せになるんやったら、愛もその娘も愛さなあかん。”
愛の娘は雄太のことすらまだ知らないのに、2人はそんな事を考えていた。 そして、2人ともそれぞれの葛藤と闘っていた。
小谷:“智美は相変わらずいいやつやなあ。ミックスグリルも結構うまかった。”
「小谷君、着いたで。」智美がいうと、「みんな有難うな。」と小谷は手を振って行った。
「オレここで降りるわ。家近いから。」雄太もそう言ってクルマを降りた。
「今日は有難う。」智美と愛に手を振った。 智美は手を振って答えたが、愛は振らなかった。
“手を振るともう会えないかも。”愛はそう思った。
「じゃ愛いくよ。」智美は愛に声を掛けクルマを発進させた。
「私、なんかわからんようなってきた。」愛がポツリいった。
智美は何も答えなかった。 愛を最寄りの駅で降ろした後、愛は電車で智美はクルマでそれぞれの道を帰って行った。
そして、喜びと戸惑いを運んできた5月2日が終わろうとしていた。
|
|