* その日もまた、セラフィムのブリッジ・オペレーター、ナナミ・トキサカは、無意味に気合をいれて艦内の長い通路を、エレベーターホールに向かって歩いていた。 ブリッジの休憩室で、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンと、主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンの話を、偶然にも耳にしてしまったのは、遂先刻の話である。 その時、ソロモンは、コーヒーカップを片手に壁際に凭れかかり、ひどく愉快そうにこう言っていたのだ。 『好い加減、リョータロウには秘書を雇ってもらわないとな・・・意地っぱりも困ったものさ』 それに対して、ソファに座ってくすくすと笑いながら、オリヴィアはこう言ったのだ。 『でも、マキ中佐のことですからね。このまま、誰も指名しないで、イルヴァに任せてしまうんじゃないですか?』 『そうかもな』 『マキ中佐らしいですね』 『本当に、困ったものだよ』 『マキ中佐が、誰かを指名すれば、その人が秘書になるんですよね?』 『ああ、あくまでも、リョータロウが指名すればの話だが・・・』 まるでインフォメーション・エージェントのように、自販機の傍らで息を潜め、それを聞いていたナナミの心には、溢れんばかりの闘志が漲った。 マキ中佐の秘書・・・ マキ中佐の秘書・・・・っ! マキ中佐の秘書になれば・・・・ 四六時中一緒にいれるじゃなぁぁぁ――――――い!!!? 大体、レイバンパイロットと、ブリッジ・オペレーターじゃ、勤務形態も違うし職務もまったく違うのだ。 片思いを両思いにするためには、顔を合わせる時間が多い方が、絶対的に有利に決まっている! そうだ、絶対、そうだ・・・・! ナナミ、ナナミ・・・・・志願しに行っちゃうぅぅぅぅ――――――っ!!! と、意味不明に気合を入れ、後ろできちんと結った黒髪を犬の尻尾のように揺らしながら、ナナミは、両手の拳を握りしめ意気揚揚と、セラフィムのドックにあるパイロット・ワーク・オフォスへと向かったのだった。 エレベーターからロビーに降り、ナナミは、いつもながらの全力疾走でツァーデ・リーダー・オフィスへと向かって長い通路を走り出す。 パンプスのヒールを勢いよく鳴らし、正に、鬼の形相で猛進するナナミを、ドックから上がってきたばかり整備士たちが、何事とかと言うような面持ちで見送っていた。 だが、そんな好機の目など、恋する乙女のナナミにはまったくもって関係ないのだ。 誰かに先を越される前に、ナナミがその権限をゲットするのだ!! マキ中佐の秘書という、絶好の恋愛成就ポジション!! その輝かしき栄光は、絶対ナナミが! 絶対ナナミが奪取するのだぁぁぁぁ―――――っ!! ナナミは、心の中でそんな雄叫びを上げ、息を切らしてツァーデ・リーダー・オフィスのオート・ドア前に立った。 そして、徐に髪とスカートの裾を整えて、何食わぬ顔でオート・ドアを潜った、その瞬間・・・ 「お仕事お疲れ様です!マキ中佐・・・・・・・・・・っ」と、言いかけたナナミが、視界に飛び込んできた、その余りにも信じがたいその光景に、にわかにフリーズを起してしまったのである。 綺麗な頬をぴくぴくと引き攣らせ、幾度も瞬きを繰り返すナナミの瞳に、サファイアのように輝く綺麗な髪が映し出された。 それは、現在、精鋭部隊ツァーデ小隊の隊長リョータロウ・マキの秘書を勤める、タイプΦヴァルキリー、イルヴァの姿であった。 イルヴァは、デスクの椅子に気だるそうに座るリョータロウの首筋に両手をあてがって、なにやら、神妙な顔つきでその黒曜石の瞳を見つめ据えていたのである。 イルヴァの容姿は清楚で秀麗、飛び切り言っても過言ではないほどの美しさを持っている。 そんなイルヴァが・・・ そんなイルヴァが・・・ すでに、マキ中佐とどうにかなっている!!?と、ナナミは絶句した・・・・が、勿論、とんでもない勘違いだ。 「体温は37.72・・・・少し、熱があるようですよ?メディカル・セクションに行かれた方がいいですね」 「・・・・マジかよ?」 イルヴァの言葉に、リョータロウは、椅子に深くもたれたまま大きくため息をつく。 その次の瞬間だった。 「イルヴァさん、イルヴァさん・・・・・ひ、ひどおおお――――――――――――――――――いっ!!!! ナナミ、ナナミ!!!!イルヴァさんは絶対ノーマークだったのにぃぃぃ――――――――――――――――――――っ!!!!!!」 巨大なセラフィムの船体を揺るがすようなナナミの大絶叫が、ツァーデ・リーダー・オフィスに轟き渡ったのである・・・・
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