* 高速戦艦ケルヴィムが、救助惑星エルメに到着したのは、そんな出来事から数日後であった。 惑星エルメは、その全てをガーディアンエンジェルが管理、管轄し、母星を追われたボートピープルを一時的に保護するための星である。 エルメには大都市は存在しない。 ボートピープルのために用意された宿舎とショッピングモール、職業訓練のための教育施設と、そして、広大な農場と工業地帯が広がる、実に簡素な星であった。 この星は、宇宙を航行するガーディアンエンジェルの船の補給地でもあり、ガーディアンエンジェルが統括する軍事基地、エルメ・ベース(基地)から飛び立つ船も、宇宙から降りてくる船も多かった。 エルメ・ベースは、航行中の戦艦や母艦から要請があれば、援軍の戦艦や戦闘機部をスクランブル発進させる艦隊基地でもある。 その日、惑星エルメの空は快晴だった。 頭上には、雲ひとつない水色の空が広がっていた。 エルメ基地の大型戦艦ドックに、ケルヴィムの重厚な船体が曳航されると、ゆっくりと開いた搭乗ゲートにタラップが渡される。 数名の基地職員に先導され、惑星ジル―レからのボートピ―プルが、基地の内部へと歩いていく。 だが、その列に加わることなく、ただ一人、ケルヴィムの搭乗ゲートで立ち尽くす、一人の少年の姿があった。 ブリッジオペレーター達と共に、救助した人々の見送りに出ていたソロモンは、僅かばかり怪訝そうな顔つきをして、ゆっくりとその少年、リョータロウ・マキの傍らに歩み寄ったのである。 輝くような銀色の髪を端整な顎の線で揺らしながら、ソロモンは、いつものように穏やかな口調でリョータロウに聞くのだった。 「どうした?行かないのか?リョータロウ?」 リョータロウは、うつむき加減だった顔を上げ、長い前髪から覗く凛と強い黒曜石の瞳で、静かにソロモンの紅の瞳を仰ぎ見る。 しばしの間を置いて、ぎゅっと唇を噛締めたリョータロウは、僅かに震えた声でこう言った。 「・・・・救命シャトルに、乗るつもりなんてなかった・・・・・だけど、じい(老兵)さん達が、無理矢理、俺をシャトルに乗せたんだ・・・・・・・生きろって、そう言われた・・・・」 「そうか・・・・じゃあ、その思いを無駄にしてはいけないな。生きて、自分の道を歩け。おまえは、まだ子供だ、だから、不安かもしれない。それでも、おまえは、生きていくしかない。おまえは、命を託されたんだ」 ソロモンのその言葉を、心の奥で受け止めながら、「あんたは・・・・・」と言いかけて言葉を止め、リョータロウは、再びうつむいた。 握り締めた拳と、少し大きめのシャツを着た肩が小刻みに震えている。 ソロモンは、小さく首を傾げて、唇だけで柔和に微笑した。 「なんだ?」 絞り出すような声で、リョータロウは言葉を続ける。 「あんたは・・・・俺には、自由があるって、そう言ったよな・・・・?」 「ああ、言った」とソロモンは答える。 「だったら・・・・」 うつむいたまま、先程以上にその拳を強く握り締めて、リョータロウは次の言葉を、震えながら掠れる声で低く紡ぎだしたのだった。 「だったら・・・・俺を・・・あんたの船に乗せてくれ・・・・・この船に、乗せてくれ・・・・」 「・・・・・・・」 予想もしなかったその言葉に、ソロモンは、驚いたようにその紅の瞳を瞬きさせる。 うつむいたまま、何かを堪えるように肩を震わすリョ―タロウを見つめすえ、思わずこう聞き返したのだった。 「本気で・・・言ってるのか?」 震えた声で、リョータロウは答える。 「本気だよ・・・・・あんたは・・・守りたいと決めたものを守る時にだけ、能力(ちから)を使えって、そう言った・・・・でも、守りたいものがなにかなんて、俺には、全然わからない・・・ だけど・・・・あんたの言うことは、少しだけ、信じてみる気になった・・・・あんたは、他の大人より少しはマシな大人だ・・・・・・」 そこで一旦言葉を切り、唇を噛締めながら、意を決してリョータロウは小さく叫んだ。 「だからっ・・・・だからっ!!あんたの船に乗りたい・・・っ!!あんたの船に乗せてくれ!!」 そんな言葉を口にしながらも、リョータロウは顔を上げない。 泣きたいのを必死で堪えているのか、両手に握った拳も、大きめのシャツを着たその肩も、ますます激しく震え出すばかりである。 本当に子供らしくない、強情で素直じゃない少年だと、ソロモンは、少しだけ愉快に思う。 端整な唇で穏やかに微笑すると、まるで小さな子供を宥めるように、ソロモンは、その大きな両腕でリョータロウの肩を自らの胸元に抱き寄せたのだった。 「・・・・・泣いてみるか?リョータロウ?我慢する必要なんかない」 兄のような、父のような、そんな感覚のする大きくて暖かな腕が、抱えきれないほど沢山のものを背負ったリョータロウの体を、ぎゅっと強く抱き締める。 リョータロウは、抵抗することなど出来なかった。 その腕は、優しい腕だった、とても寛大な腕だった、そのぬくもりが、頑なな心をみるみる溶かしてしまい、振り払うことさえ出来なかった。 敵であるはずのガーディアンエンジジェルに、不本意にも救助され、その中で、ずっと緊張してばかりだった。 いつ殺されるのかと、ずっとそればかり考えていた。 それなのに・・・・ どうしてこの青年は、自分を殺さないばかりか、こんな風に抱き締めてくれるのか・・・ 「あんたは・・・・やっぱり変だ」 そう言ったリョータロウの瞳からは、既に大粒の涙が溢れ出し、幾筋も幾筋も頬から爪先へと滴り落ちていた。 うつむいた顔を上げないまま、拳を握り締め、声を殺して、リョ―タロウは泣いた。 激しく震えるその身体を抱き締めたまま、ソロモンは、この少年は、本当に素直じゃない少年だとしみじみ思う。 子供らしく、声を上げて泣けばいい。 それだけの物を、この幼い背中にずっと背負っていたのだ。 泣くことさえ我慢し、まるで大人であるかのように振舞ってきたのだ。 声を上げて泣いたところで、誰もそれを止めはしないし、咎めもしない。 それにも関わらず、この少年は声も上げない。 とてつもなく強情な少年だ。 しかし・・・・ 「おまえは・・・きっと強い大人になる。守るものを見つけたら、必ず守りきることができる、そんな強い大人になる・・・・俺が保証するよ」 開いている戦艦ドックのゲートから、水色に輝くエルメの空から暖かな風が吹き込んで、ソロモンの銀色の髪と、リョータロウの黒茶色の髪を浚って通り抜けていった。 「乗船は・・・・・許可する。だが、正式な乗組員になるためには、おまえがしなければならない事が山ほどある。それでもいいのか?」 「全部やってやる・・・・・・っ」 ソロモンの問いかけに、震える声でリョ―タロウはそう答えた。 惑星エルメの空の下、ドックに差し込む日の光が高速戦艦ケルヴィムの船体を鈍く煌かせていた。 後に、特殊装甲型高速戦闘母艦ケルヴィム・ソードの指揮官となるリョータロウ・マキと、不完全なNW−遺伝子を持ち、“ハデスの番人”と呼ばれるほどの手腕を誇る青年レムリアス・ソロモン。 これがその深い絆の始まりであった。
【NEW WORLD 〜Side Story〜 ファイタードック・ブルース END】
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