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作品名:NEW WROLD〜Side Story〜 作者:月野 智

第6回   ファイタードック・ブルース<4>
本来なら、まだ、ジュニアハイスクールの学生であり、勉強をし、スポーツをし、友人達とふざけあうような年頃のはずなのに、この少年の凛と強い黒曜石の瞳からは、とてもそんな普通の生活を送ってきたような気配は感じられない。
救命シャトルに乗船していた他の子供たちと、この少年の決定的な違いは、まさにそこだった。
間違いなくこの少年は、普通の子供達とは違う、ある種特別な教育を受けて育ってきた少年だ。
ソロモンは、洗練された仕草でゆっくりと足を組替えると、黒曜石の激しい眼差しを真っ向から受け止めて、静かな口調で言うのだった。
「今更、敵も味方も関係ないだろ?なぁ、リョータロウ・・・もしかしたら、おまえの父親は軍人だったんじゃないのか?」
その瞬間、リョータロウは、あからさまな嫌悪を端整な顔に浮かべ、両手でぎゅっと拳を握ると、爛々と閃く黒曜石の瞳をテーブルの上へと落とし、小さく頷いたのである。
「そうか・・・・」
惑星ジル―レは、この時代にあって非常に封建的な惑星国家だった。
倫理的にも退化しており、特に、軍部に関わる者の多くは、自らの家族すら出世の道具に利用すると聞いたことがある。
恐らく、リョータロウも、軍人である父親の出世の道具として扱われていたのだろう。
だからこそ、こんな幼い身の上で、大人顔負けの戦闘能力を有し、まったくもって子供らしくない言葉を口にするのだろう。
頬にかかった銀色の髪を軽く片手で梳き上げると、ソロモンは、落着き払った冷静な声で、再びリョ―タロウに問い掛けたのだった。
「おまえ、家族はどうした?」
うつむいたまま、リョータロウは答えて言う。
「・・・・・みんな、死んだ」
「・・・・・今回の、戦いでか?」
「父さんと・・・兄さんは・・・・戦艦に乗ってて、墜された・・・・」
その言葉に、ふと、複雑で切ない顔つきになって、ソロモンは、広い肩で小さく息を吐くと「・・・・・そうか」と答え、少しの間をおいて静かに言葉を続ける。
「おまえの、母親は・・・・?」
その質問に、急に無表情になったリョ―タロウが、ゆっくりと顔を上げた。
そして、長い前髪から覗く黒曜石の瞳で、真っ直ぐにソロモンの紅の瞳を見つめすえると、子供らしからぬ実に淡々とした口調で、こう言ったのである。
「自分で頭を撃ち抜いて・・・・・・死んだ。父さんと、俺の目の前で・・・・・道具にされるのは、もう嫌だって言って、父さんの銃で自分の頭を撃った。部屋の中が・・・・血まみれになった。母さんは死んだ・・・・父さんを睨んだまま、死んだ・・・・」
「・・・・・・・・・」
憎悪にも似た輝きを黒曜石の瞳に宿し、瞬きすらしないリョータロウをみつめたまま、ソロモンは、その紅の瞳を細めて押し黙る。
今、この少年は、一体何を思っているのだろうか・・・・
口調は淡々としていたが、その口から語られ出来事は、明らかに壮絶な光景だったはずだ。
目の前で、母親が自らの頭を銃で撃ち抜いて死んだのだ。
それを目撃したリョータロウの衝撃は、計り知れないものがあったはずである。
なにのも関わらず、泣きもせず、何故こうも淡々と、その時の事が語れるのだろうか・・・・
ソロモンを見つめる黒曜石の瞳は、子供とは思えない程鋭く激しい眼差しである。
同時にそれは、心に深い傷を持つ者しか持ちえない、余りにも哀しい眼差しだった。
締め付けられるような痛みが、ソロモンの胸に走る。
余りにも哀し過ぎて、余りにも辛すぎて、泣くことすらできない・・・そう言うことなのかもしれない。
少なくとも、それは、思春期に満ちるか満ちないかの少年が抱えるような悲哀ではないはずだ。
この少年が背負っているものは、余りにも多くて重すぎる。
自らは父親の出世の道具にされ、子供らしい生活もできず、母親は眼前で壮絶な死を遂げ、そして、父も兄も、今回の戦乱の中で死んでいった。
リョータロウは、生まれ育った場所も家族も失い、たった一人で宇宙の狭間に投げ出されたのである、それを考えれば、何故、あれほどまで反抗的で暴力的なのか、それが理解できる気がした。
不意に、ジロりとソロモンを睨みつけたリョータロウが、奥歯を噛締めながら低く鋭く言ったのである。
「ガーディアンエンジェルは敵だ・・・・っ!!みんな殺してやりたいっ!!」
ソロモンは、深い悲哀と激しさを宿すリョータロウの瞳を見つめたまま、徐に口を開くと、落着き払った声色で言うのである。
「ハルカのことも、殺したいと思うか?」
「・・・・・っ」
その言葉にリョータロウは、ハッとした。
長い前髪の隙間でその視線を傍らのハルカに向けると、小さなハルカは、いつの間にか、ソファの上に寝転んで、安心しきった顔ですやすやと眠ってしまっていた。
その小さな手が、何故か、リョ―タロウのシャツの裾を掴んでおり、片手にはあの旅客シャトルの玩具を大事そうに抱えている。
激しさを湛えるリョータロウの瞳が、ふと、切なそうに歪められ、みるみる翳っていく。
ソロモンは、端整な顎の下で両手を組むと、相変わらず落着き払った口調と表情で言葉を続けた。
「そんなに小さくても、ハルカはガーディアンエンジェルの子供だ。おまえが、ガ―ディアンエンジェルを憎む気持ちは良くわかる。ガーディアンエンジェルはおまえの星を破壊して、おまえの家族や仲間を奪った。だが、それを弁解するつもりもないし、謝るつもりもない。おまえは優秀な戦闘員だ、やる気になれば、今すぐ此処で、そのガ―ディアンエンジェルの人間である俺のことも、ハルカのことも殺すことができる。おまえには、それだけの能力があるんだからな」
「・・・・・・・・」
リョータロウは、無言のまま、ハルカに向けていた視線をソロモンへと戻した。
睨むような眼差しが、ソロモンの紅の瞳を見つめすえる。
ソロモンは、軍服の下ホルスターから銃を抜いて、それをテーブルの上に置くと、揺るぎない真っ直ぐな眼差しで、そんなリョータロウを凝視した。
そして、静かな口調で言うのである。
「撃ちたければ、それで俺を撃て。俺はガーディアンエンジェルの人間だ、ましてや、最前線でジルーレを攻撃した張本人だ。おまえにとっては、仇なはずだろう?」
テーブルの上の銃を目にした瞬間、リョータロウの両眼が鋭利に発光した。
驚くほど機敏な仕草で素早く銃を取り上げ、それを両手で構えると、銃口をソロモンの額へと向ける。
だが、ソロモンは全く動じない。
ただじっと、そんなリョータロウを見つめるばかりである。
リョータロウは、手馴れた様子でセフティロックを外した。
今、目の前にいるこの銀髪に紅い瞳を持つ青年は、リョータロウの兄、父の上官の養子となっていた二皆堂 省吾が所属する如月隊を、全滅させた青年だ。
最後に兄の姿を見たのは、ジルーレ宇宙軍の戦艦ドックでのことだ。
七つ歳の離れた兄省吾は、あの時、リョータロウを振り返ることなく、ただ一言、「陵太郎・・・生きるためなら、なんでもしろ」とそう言い残して、宇宙へ旅立って行った。
それから、兄は二度と帰ってこなかった。
“ハデスの番人”は仇だ。
絶対に許さない。
だが、そんな思いが胸に過ぎるのに関わらず、何故か、リョータロウは、引き金を引くことができなかった。
銃には慣れているはずなのに、それを持つ手が小刻みに震えてくる。
“ハデスの番人”は恐ろしい男だと聞いていた。
すぐに殺されると思っていた。
それなのに、自分を殺さないばかりか、あれだけ反抗し、暴力でこの船の乗組員を傷つけた自分を叱責することもない。
ジルーレでは、少しでも大人に逆らうと、独房に入れられ監視員から容赦のない暴行を受けるのが常だった。
それにも関わらず、“ハデスの番人”と称されるこの青年は、一切そんな真似はしなかった。
叱責することもなく、独房に入れることもなく、ただ、こうやって、自分の話を黙って聞き、それに頷きながら時折冷静な声で諌めるだけだ。
大人は皆身勝手で、都合の悪いことはすべて怒声で片付ける連中のはずだ。
こちらの言い分を聞きもせず、一方的に怒り狂うだけの岩のような連中のはずだ。
それなのに、この青年は何故それをしないのか・・・・
この青年は、大人のくせに、他の大人とは何かが違う・・・
少なくとも、自分の話をまともに聞いてくれる。
本来は、敵であるにも関わらず、味方の大人よりもずっとまともな人間に思える。
銃を構えたままのリョータロウの視界で、“ハデスの番人”は、何故か、穏やかに微笑すると、静かな声でこう言った。
「どうした?撃たないのか?」
「・・・・・・・・・」
悔しそうに奥歯を噛締めて、リョータロウは、ゆっくりと銃をおろすと、それをテーブルの上に置いて、うつむいたまま思わず押し黙る。
そんなリョータロウに向かって、ソロモンは言うのだった。
「リョータロウ・・・おまえは優しい少年(おとこ)だ。俺の見ている限り、おまえは、自分より弱い立場の人間に手を上げることはない。おまえに殴られるのは、みんな大人の男連中ばかりだ。おまえは、ちゃんと自分の力を弁えている、とても賢い子供だ。
その能力(ちから)を、むやみやたらに振り回すんじゃなく、自分が守りたいと決めたものを、守る時にだけ使ってみろ。おまえなら、きっとそれが出来る。
エルメに到着すれば、何かしら、おまえに出来ることが見つけられるはずだ。必要ならば、自分が欲しい専門知識を身に付けることもできる。将来の職も自由に選択できる。
おまえはもう、軍人である必要もない。だが、このまま軍人を続けたければ、それなりの知識も技術も取得できる。だから、おまえの自由に生きろ。おまえにはその権利がある」
そう言って、ひどく穏やかに微笑するソロモンを、リョ―タロウは、僅かに顔を上げて真っ直ぐに見つめすえた。
自由に生きる、権利がある。
それは、ひどく漠然としていて、それでいて、何故か不思議な安堵感のある言葉であった。
これまで、周りにいた大人の口からは聞いたこともない言葉だった。
この船が、救助惑星エルメに到着すれば、自分は自由に生き方を選択できる・・・・
誰に強制される訳でもなく、自分の意志で・・・・
リョータロウは、黙ったまま、ソロモンの持つ、揺るぎない真っ直ぐな紅の眼差しを見つめるばかりであった。


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