* 大きな窓から星の海を見渡せるケルヴィムのラウンジは、シンと静まり返っていた。 広いフロアの窓際に置かれたソファには、惑星ジルーレの少年兵リョータロウ・マキが、うつむいたまま腰を下ろしている。 その隣では、無邪気にサンドイッチを頬張るハルカの姿があり、向かい合うソファには、ケルヴィムの艦長レムリアス・ソロモンが、長い足を組んだ姿勢で、背もたれに深く身を沈めていた。 膝の上で軽く両手を組みながら、ソロモンは、どこか愉快そうな視線で、もぐもぐと口を動かすハルカを見つめている。 リョータロウは、テーブルに置かれたサンドイッチに手をつけることもなく、先程から、じっと黙ったままだった。 そんなリョータロウに気付いたハルカが、にっこりと笑って、自分が手にしていたサンドイッチを差出し、無邪気にこう言ったのである。 「りぉたおうもたべな」 そのつたない言葉に、リョータロウは、前髪の隙間から覗く黒曜石の瞳をハルカに向けると、かすかに唇をもたげると不器用に笑うのだった。 「・・・・・それ、おまえのだろ?おまえが食えよ、俺はいい」 大人びた口調でそう言ったリョータロウに、ソロモンは、柔和に微笑しながら聞くのである。 「リョータロウ、おまえ、小さな子供は好きか?」 リョータロウは、長い前髪の隙間から、視線だけでソロモンを見やると、しばしの間を置いて、いつになく素直に頷いた。 「そうか」と答えて、ソロモンは、穏やかな口調で言葉を続ける。 「今日は、悪かったな・・・・ケビンが何か勘違いをしていたようだ。俺からも謝るよ、すまなかった」 その言葉に、リョータロウは、ぴくりとシャツの肩を揺らすと、そこで初めて、うつむき加減だった顔を上げ、僅かばかり驚いたような表情で、ソロモンの優美な顔を凝視したのだった。 子供らしいあどけなさを残す切れ長の目が、盛んに瞬きを繰り返す。 ソロモンは、組んだ膝に片肘をついて頬杖をつくと、もう一度、やけに柔和に微笑って見せるのだった。 あの後ソロモンは、一体どんな状況で今回の事態が起こったのか、リョータロウに銃を奪われた戦闘員、ケビン・ホレントに詳しくその時の状況を聞いてみた。 すると、ケビンは、渋い顔つきをしながらこう言ったのである。 「あのガキ、猛犬みたいなガキだから、ハルカに何かしたんじゃないかと思って・・・・」 ケビンが多目的ルームの前を通りかかった時、中からハルカの泣き声が聞こえてきて、慌ててオート・ドアを潜ると、壁際に置かれた机の下にハルカが座りこんでいたのだという。 机の上には、何故か一台の椅子が置いてあり、泣きじゃくるハルカの傍らにはリョータロウがいた。 それでケビンは、「おまえ!ハルカに何をしたんだ!?」と言って、リョータロウの肩を掴んだのだという。 すると、リョータロウは途端に、ケビンに掴みかかってきたという話だった。 だが、当のハルカは、つたない言葉でソロモンに言っていた。 リョータロウはシャトルの玩具を取ってくれただけだけと、遊んでくれていただけだと。 ハルカは、よく泣く子供だ。 ちょっとしたことで大声を上げて泣きじゃくる、とんでもない泣き虫である。 ソロモンはそれをよく知っている。 きっと、照明か空調ダクトにシャトルを引っ掛けてしまい、それが気に入らなくて泣いていたのだろう。 ケビンはそれを、リョータロウが、ハルカに何かしたと勘違いし、状況も聞かぬまま叱責したのだ。 恐らくリョータロウは、それが癪に障ったのだろう。 ケルヴィムに救助された時から、リョータロウは、船員達に対しても、ソロモンに対しても反抗的だった。 今日は珍しく大人しいが、先日も、何気なく声を掛けた機関士を殴り倒すという騒ぎを起し、それをソロモンが諌めたばかりだ。 だが、仮にもリョータロウは、惑星ジル―レの少年兵である。 幼いながらも、確かに軍人には変わりない。 ガーディアンエンジェルは、リョータロウの母星を壊滅させ、軍も政府も消滅させた、いわば仇である、反抗的な態度を取るのも、ある意味、当然と言えば当然なのかもしれない。 そんなリョータロウは、眼前に座るソロモンを、驚いたような顔つきでひたすら見つめ続けている。 ソロモンは、軽く首を傾げながら、静かな口調で聞くのだった。 「どうした?そんな顔をして?俺は、なにか、おかしいことでも言ったか?」 「なんで、大人が謝るんだ?なんで、怒らないんだ?あんたは、いつも怒らない、なんで怒らないんだ?」 黒曜石の瞳を大きく見開いたリョータロウが、その身を乗り出すようにして、ソロモンにそう聞き返す。 ソロモンは、唇だけでもう一度微笑してみせると、こう返答するのだった。 「おまえが暴れるのには、何か訳があるんだろう?この前も、その前も、おまえなりの理由があったじゃないか?それに、悪いと思えば、大人だって謝る。ケビンが勘違いしなければ、おまえだってあんなことはしなかった、そうだろう?」 「・・・・・・・・・」 その言葉に、リョータロウは再び押し黙ってうつむくと、しばしの間を置いて、ぽつりと呟いたのである。 「・・・あんた、なんか変だ」 「どうしてだ?」とソロモンは聞き返す。 黒茶色の長い前髪の下から、ちらりとソロモンを見やると、リョータロウは、大人びた口調で答えて言う。 「あんた・・・・“ハデスの番人”なんだろ?この船は、如月(きさらぎ)隊を全滅させた船だ。それも・・・・この船たった一隻で。“ハデスの番人”が、どうして怒りもしないし、俺を殺そうとしないんだっ?」 如月隊とは、惑星ジル―レの軌道上を警護していた艦隊の名称である。 ジルーレ宇宙軍連合艦隊の精鋭部隊であり、ケンタウロス級戦艦15隻からなる強靭な艦隊であった。 確かにケルヴィムは、ジルーレ総攻撃の折、その精鋭部隊を全滅させた経緯がある。 ソロモンは思わず苦笑した。 「俺は一度も“ハデスの番人”なんて名乗ったことはないよ。それに、まだ子供のおまえを殺す理由なんてどこにもない」 「じゃあ、俺が大人だったら殺してたのか?」と、形の良い眉を吊り上げてリョータロウが聞く。 ソロモンは、端整な唇を僅かにもたげて首を横に振り、「そんなことはしないさ」と返答した。 「どうして!?」 「言っただろう、殺す理由なんてどこにもないって?おまえは捕虜じゃない、ましてやおまえは、ケルヴィムが保護したボートピープルの一人だ。どうして殺さなきゃいけない?」 長い前髪の下で、黒曜石の瞳を鋭利に閃かせ、リョータロウは、声を荒げて言うのである。 「これでも俺は軍人だ!ガーディアンエンジェルは敵だ!ジルーレの軍人は、ガ―ディアンエンジェルにとっても敵だろ!?」 この歳で自分を軍人と言い切るなんて、随分と徹底した軍事教育を受けていたんだな・・・と、ソロモンは思う。
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