* 『艦長!艦長!大変です!またあのガキが・・・っ!!』
救助惑星エルメに進路を取り、螺旋の銀河が巡る無限の宇宙を行く高速戦艦ケルヴィムのブリッジに、アンガス軍曹の上ずった声が響き渡った。 それは、ボートピープルや遭難者を救出した際に使用するゲストルームセクション、R01ブロックから入った緊急艦内通信であった。 謎の巨大組織、ガ―ディアンエンジェルに所属する大型船、高速戦艦ケルヴィム。 重厚な鋼色の船体に青い六芒星を掲げたその船は、アステア級大型艦でありながら、アフターバーナー方式で、実に4700Sノットという速度で戦場を駆け抜ける、正に、宇宙の装甲騎兵であった。 その強靭な船の艦長、レムリアス・ソロモンは、艶やかなブロンズ色の肌に彩られた優美な顔を、いつなく渋い表情で満たすと、銀色の髪を端整な顎の線で揺らしながら、慌てて艦長席を立つのだった。 指揮官職を示すシルバーグレイの軍服の長い裾をふわりと虚空に揺らめかせ、ソロモンは、後方のオート・ドアに俊足で駆け出しながら、ワンセクション低い位置にあるオペレーターセクションに向かって言ったのである。 「エバン!ブリッジを頼む!」 主任オペレーター、エバン・ハッキネンは、艦長席を振り返りながら、「イエッサー」と返答し、そのすらりとした長身の後姿を見やった。 エバンは、茶色の前髪の下でライトブラウンの瞳を細めると、オート・ドアの向こうへと消えていく優美な上官の姿を、なんとも複雑な表情で見送ったのである。 つい先日、ガルファーマ星系近くの外洋宇宙で、ボートピープルを救助してからというもの、もう何回こんなことがあっただろうか。 エバンはへッドセットマイクを片手で直すと、いささかげんなりした様子で大きくため息をつく。 惑星ジル―レへの総攻撃からおよそ半年。 卓越した諜報能力で、ガーディアンエンジェルの本拠地、人工惑星メルバの座標を掴んだジルーレ宇宙軍連合艦隊は、全戦力を上げてメルバを急襲した。 惑星ジル―レは、ガ―ディアンエンジェルの軍事技術と豊富な資金力に目をつけ、あろうことか、ガ―ディアンエンジェルを自らの傘下に置こうとしたのである。 しかし、メルバの要塞ギレアデが誇る長距離レーザー砲『エゼキエル』の前では、地表降下もままならない上、ガーディアンエンジェル艦隊の激しい迎撃をかわし切れずに、ジルーレ軍連合艦隊は撤退を余儀なくされたのである。 だが、その後も惑星ジル―レは、ガ―ディアンエンジェルの再三の警告を無視し、徹底的に敵対する姿勢を崩さなかったため、ガ―ディアンエンジェルの元老院は、惑星ジル―レ総攻撃の決定を下したのである。 降伏勧告にも従わなかったジル―レ行政府は、そのままガーディアンエンジェルの激しい攻撃を受け壊滅することになった。 ジルーレの掴んだメルバの座標は、ガーディアンエンジェルの電子戦技術により、関係機関や同盟惑星の中枢から全て消去され、無政府状態となったジルーレは、焼け爛れた瓦礫と灰に埋もれた死の星となったのである。 しかし。 皮肉なことに、ガーディアンエンジェルの船であるケルヴィムが救助したボートピープルは、あろうことか、その惑星ジル―レから逃げ出した人々だったのである。 女子供しか乗船していない救命シャトルを、このケルヴィムの艦長レムリアス・ソロモンが放っておく訳もなく、救助はしたものの、その中には、一人、とてつもなく厄介な少年がいたのである・・・
* 高速戦艦ケルヴィムの内部、ゲストルームセクション、R01ブロック。 その多目的ルームは、まるで戦場のような有様になっていた。 テーブルや椅子でバリケードを組んだ出入り口。 壁に残る弾丸の痕。 多目的ルーム前の通路には、アンガス軍曹率いる数名の戦闘員が、片手に銃を構えた状態で床に伏せ、苦々しい表情で室内を睨みやっている。 ソロモンがその場に駆け込んでくると、通路脇にちょこんと座り込んでいた愛らしい幼児が、片手に旅客シャトルの玩具を持ったまま、号泣しながらその足元すがり付いてきたのだった。 一見すると、女児にも見えるほど可愛らしい顔立ちをした、三歳ぐらいの幼児である。 「うわ―――――んっ!!」 幼児は、その小さな体の一体どこからこんな声が出るのか?と言うほどの大声で泣きじゃくり、嗚咽で体を震わせながら、咄嗟に腰を落としたソロモンの首に抱きついたのだった。 艶やかな黒髪の下の大きな黒い瞳からは、後から後から大粒の涙が零れ出している。 「れみぃっ!れみぃ!ちがうのぉ!ちがうのぉぉ・・・・わぁ―――ん!!」 「ハルカ、どうした?大丈夫か?」 ソロモンは、黒髪の幼児、ハルカをその大きな腕に抱え上げると、なんとも渋い顔つきをしながら長身を壁際に凭れかけ、床に伏せているアンガス軍曹に聞くのだった。 「軍曹、今度は一体何があった?」 その言葉とほぼ同時に、多目的ルームに銃声が響き渡り、内部から発射された弾丸がバリケードの机に当って天井に跳ね上がったのである。 屈強な体に戦闘服を纏うアンガスは、片手で銃を構えたまま、太めの眉を眉間に寄せて、苦々しく言うのだった。 「それが、何で暴れ出したかまったく見当もつかないんです。いきなりケビンを殴り倒して、銃を奪取したとか・・・・全く、とんでもないガキですよ、あのガキはっ! ガキじゃなかったら、とっくに射殺してるところですっ!」 その返答に、ソロモンは、困ったように眉間に寄せると、片腕にハルカを抱えながら、片手で自らの額を抑えたのである。 宙を仰いだその端整な顎の線で、輝くような銀色の髪が揺れる。 広い肩で軽くため息をつくと、ソロモンは、美しい紅色の瞳を僅かに細めて、椅子や机が散乱する多目的ルームの中を、壁際からちらりと眺めやった。 多目的ホールを占拠する立て篭もり犯は、戦闘員が、立ち上がって室内に足を踏み入れ様とするたびに、容赦なくこちらに発砲してくる。 辺りに乾いた発砲音が響くごとに、屈強であるはずの戦闘員達は、慌ててバリケードの陰に頭を引っ込めた。 その様子を細めた視線で見やりながら、ソロモンは、さて、どうするか・・・・と思案する。 銃を持っているとはいえ、相手はまだ子どもだ。 閃光弾を投げ込んで急襲するなど、あまり取りたくない方法だ。 ソロモンが、そんなことを思った時だった。 ソロモンの肩で、やっと落ち着きを取り戻したハルカが、大きく嗚咽しながら、必死で何かを訴えかけてきたのである。 「れみぃ!ちがうの、ちがうの、なにもしてないよ!なにもしてないよ!りぉたおうなにもしてないよ、なにもしてないの!」 大分言葉は上手くなってきたが、ハルカの言うことは、どうにも理解し難い。 ソロモンは、ますます困ったような顔つきになって、長い前髪から覗く紅の瞳で、涙に濡れたハルカの瞳を見つめながら、ゆっくりと聞き返すのだった。 「どうしたハルカ?何が違うんだ?なにをしてないって言うんだ?」 「ちがうの!ちがうの!なにもしてないの!りぉたおうなにもしてないの!とってくれたの!これ、とってくれたの!はるかにこれとってくれた!とってくれた!なにもしてないの!」 ハルカは、小さな手に持った旅客シャトルの玩具を必死で振りながら、嗚咽に震える声でそう訴える。 「・・・・・・・」 ソロモンは、しばし沈黙して、ハルカが口にした言葉をしみじみ考えてみた。 ハルカが今持っている玩具は、以前補給で立ち寄った惑星で、看護士のリサがハルカに買い与えたものだ。 模擬推進を搭載している精巧な玩具で、スイッチを入れると、直線飛行しかできないが一端に航行することができる。 だが、変な方向に飛ばすと、高い窓に引っかかったり、照明に激突したり、何とも可愛らしい事故を度々起すという、少し困った玩具でもあるのだった。 もしかしたら、ハルカが飛ばしたこのシャトルがどこかに引っかかり、それを、今、多目的ルームに立て篭もるあの少年が、取ってくれたのかもしれない。 だから、何もしてない・・・・ それは判るが、何故、こんな状況になったのか。 ハルカのつたない言葉だけでは、なんとも真実は図り兼ねる。
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