* 「マキ少佐っ!お仕事、お疲れ様です!!」と、ツァーデ・リーダー・オフィスのオート・ドアを潜ったナナミだったが、そこに、ツァーデ小隊隊長リョータロウ・マキの姿は無く、その代わり、驚くべきものを発見したのである。 デスクの上には、空いていない三つのランチボックスが並んでおり、それぞれのボックスにはこんなメモが貼られていたのだった。 『T―1の整備は完了でーす(ハート)。いつでも発進できますけど、出撃の度に泣きそうになって帰りを待ってます。無理しないでくださいね。 マリア』 次のメモはこう。 『前回の任務お疲れ様でした!少佐の腕には毎回惚れ惚れ(ダブルハート)。一度、操縦技術の指導をお願いします! ネリー』 そして最後のボックスにはこう書かれている。 『ハードなスケジュール、いつもお疲れ様です。食事ぐらいゆっくりと摂れるといいですね。今度は、私が何か作ってもってきますね。 ケイティ』 ナナミは、握りしめた拳をぷるぷると震わせてしまった。 背中から憤怒の炎が立ち昇るが如く、可愛らしい顔を険しく歪め、敵ランチボックスを真っ向から睨みつける。 完全に先を越された・・・・ ナナミ、不覚・・・ 遅れを取った・・・・・ でも、ナナミは負けない!! そう。 片思い歴の短い輩はこうやって物資を置き去りにするのだ。 だが、片思い歴の長いナナミは、手渡しするまで・・・・絶対に、絶対に諦めないのだ!! 再び気合を入れなおし、ナナミは、猛然とツァーデ・リーダー・オフィスを飛び出した。 ナナミの調査情報によると、デスクワークが一段落した時、リョータロウは、コーヒーを買うために、パイロット更衣室近くにある休憩室に向かう。 もしかしたら、そこで一人コーヒーを飲んでるかもしれない。 ナナミ、第二次迎撃体制完了。 犬の尻尾のような髪束を揺らし、パンプスのかかと鳴らしながら、ナナミは、パイロット・ワーク・オフィスの通路をひた走り、レイバン発進デッキ近くの休憩室へと向かっていく。 通路を歩いていた整備士やパイロット達が、旋風を巻き上げて走り抜けていくナナミを、何事かと言うような顔つきで眺めやるが、やはり、ナナミはそんなことなど全くもって気にも止めない。 目指すは・・・・! 卓越した操縦技術を持ち、クールなのにどこか熱血漢で、子供に優しくて、すらりとした長身で、セラフィム一の出世株で、精鋭部隊ツァーデ小隊の隊長であるマキ少佐の元である。 初めて会った時、あの凛とした黒曜石の瞳にすっかり見惚れ、そこから、ずっと片思いをし続けてきたのだ。 ライバルが多かろうが何だろうが、そんなの全然関係ないのだ。 ライバルなんて・・・ ライバルなんて・・・・ 全部ナナミが蹴散らしてやるうぅぅぅぅ―――――――っ!! ナナミは、心中でそんな奇妙な雄叫びを上げながら、休憩室の入り口に設置されたガラスのオート・ドアの一歩手前へと立った。 すると、ガラス越しに見えるソファの上に、膝を組んだ長い足が見える。 自販機の陰になって顔は見えないが、ソファに横になった姿勢。 スラックスの色は、指揮官職を示すシルバーグレイ。 『きゃぁぁぁぁ――――――っ!ターゲット発見―――――・・・・っ!!』 声にならない歓喜の叫びを上げて、ナナミは、慌てて乱れた髪を整え、制服の襟とタイトミニスカートの裾を直した。 そして、意気揚揚と、オート・ドアの前に立ったのである。 ゆっくりと、ガラスのドアがスライドする。 その時だった、ソファの方から、聞き覚えのある低い声が響いてきて、ナナミは、ハッと足を止めたのだった。 「・・・・・なんでおまえが此処にいるんだよ?飯はどうした飯は?休憩時間だぞ?」 いやん、マキ少佐の声だ〜(ハート)。 もしかして、ナナミに気付いてくれたの!?と、そんな事を思い、にんまりと笑いながら、ソファの上に横になるリョータロウに声を掛けようとした。 その時である。 「あら、そう言うあなたは、一体此処で何してるのよ?」 ナナミより早く、リョータロウの声にそう答えたのは、明かに女性の声だった。 な、な、なんですとおぉぉぉぉ―――――――っ!? ナナミは、綺麗な眉をぴくぴくと痙攣させて、意味もなくさっと自販機の陰に隠れると、苦々しい顔つきをしながら、まるで、インフォメーション(諜報部)のエージェントのように、ソファ・ブースをこっそり覗きこんだのである。 すると、リョータロウは、さも気だるそうな顔つきでソファに仰向けになりながら、片手で黒茶色の髪をかきあげていた。 そんなリョータロウの頭の先には、なんと、「史上最強のライバル」・・・と勝手にナナミが思い込んでいる、フレデリカ・ルーベントの姿があったのである。 フレデリカは、気強そうなライトグリーンの瞳で、横になっているリョータロウの端整な顔を覗きこみながら、なんとも不機嫌そうな表情をしている。 ブルーシルバーの軍服に包まれた、形良くグラマラスなその胸元、長く形の良い足と、スレンダーにくびれた腰のライン。 長いブラック・ブロンドの髪に、どこか妖艶な雰囲気をかもし出す綺麗な顔立ち。 ナナミ最強のライバル・・・・ツァーデ小隊ルーベント大尉。 スレンダーなスタイルも、胸の大きさも、そして顔立ちも、数段あちらの方が上。 く、く、くぅぅ――――・・・・っ ナナミは、テイクアウトボックスを片手に、プルプルと拳を震わせて、思わず、自分の胸に目をやった。 ・・・・・・・・・。 哀しいぐらい、負けている。 その上、あちらは見事なヴィーナスラインだが、こちらは、見事なずん胴。 思わず意気消沈したナナミの耳に、再びリョータロウの声が響いてきたのだった。 「眠いんだよ。大体、やる事が多すぎなんだよ、指揮官職は。だから、こんな職はご免だって言ったんだ・・・・っ」 「あなたでも愚痴を言う時があるのね?デリカシーもないくせに、そういうところは一人前な訳?」 嫌味な口調でフレデリカはそう言った。 「デリカシーもくそもあるかよ」と、リョータロウは不機嫌そうにそう返答。 「相変わらず生意気な言い方」と、フレデリカは蛾美な眉を吊り上げる。 「悪かったな」 「悪いと思うなら、デリカシーぐらい持ちなさいよ。ほんとに失礼な男」 「どうせ俺は失礼だよ」 そう言ったリョータロウの気だる気な黒曜石の瞳と、それを上から覗くフレデリカの気強いライトグリーンの瞳が、真っ向からぶつかり合った。 会話そのものは、正にミサイルの撃ち合いのような内容なのに、何故が、互いの顔を見つめあうその光景は・・・・・なんだか、やけに色っぽい。 ナナミは憤怒に燃えた。 き――――――――っ! やはり、フレデリカは最強のライバル!! もはや黙っている訳にはいかない!! 拳を握りしめたナナミが、咄嗟に自販機の陰から飛び出した。 「マキ少佐―――――――――――っ!!」 突然響いてきたナナミの凄まじい叫び声に、びくりと広い肩を震わすと、リョ―タロウは、驚いたようにソファの上から半身を起した。 そして、黒茶色の長い前髪の下で、訝しそうに凛とした眉を寄せ、黒曜石の瞳でまじまじと自販機脇のナナミを見つめやる。 「な、なんだよ・・・っ、おまえ、いつからそこにいたんだよ?」 思わずそんな事を呟いたリョータロウの傍らで、フレデリカが、珍しくきょとんとした顔つきでナナミを振り返った。 ナナミは、顔を真っ赤にして綺麗な眉を吊り上げ、抱えていたテイクアウトボックスを眼前に掲げると、無意味に大きな声で言うのである。 「あの!!差し入れ持ってきました――――――っ!!ランチまだなんですよね――――っ!?よかったら食べてくださいぃぃ――――――っ!!」 「・・・・・・・」 リョータロウとフレデリカが、二、三度瞬きして、そんなナナミをひたすら見つめすえてしまう。 双方が双方、「そんなこと、叫んで言うことじゃない・・・・」と思っていたのは言うまでもない。 リョータロウは、広い肩で小さく息を吐くと、ゆっくりとソファを立ち上がり、相変わらず顔を真っ赤にしているナナミの元へ、その足を進めたのだった。 そして、精悍な唇だけで小さく微笑して、ナナミに片手を差し出しながら、こう言ったのだった。 「じゃ、もらっとく。カフェテラス行くの面倒臭かったから、助かるよ」 刹那、ナナミは、大きなへーゼルの瞳を歓喜に潤ませてしまった。 ナナミ、感無量――――――――っ!! 大きなへーゼルの瞳が見つめる先に、リョータロウの長身が立っている。 癖のかかった長い前髪の隙間から覗く、凛と強い黒曜石の瞳が、真っ直ぐにナナミを捉えている。 広い額から眉間を抜け、右目の下にまで及ぶ細い傷跡。 それが、殊更彼の顔を精悍で凛々しく見せていた。 ああ・・・ナナミ、もう駄目ぇぇえ〜〜〜っ 気を許すと、唇が閉まり無く半開きになってしまうため、ナナミは、必死で顔を引き締めて、飛び切りの笑顔でリョータロウの手にテイクアウトボックスを渡そうとした。 「は、はい!どうぞ!!」 その次の瞬間だった。 セラフィムの船内に、けたたましいスクランブル警報が響き渡り、休憩室のスピーカーから、ブリッジの主任オペレーター、オリヴォア・グレイマンの声がこう告げたのである。 『所属不明戦艦20隻、12時の方向より急速接近中。ツァーデ小隊、アレフ小隊はフォーメーション凵iデルタ)で発進準備。繰り返します、所属不明戦艦20隻、12時の方向より急速接近中。ツァーデ小隊、アレフ小隊はフォーメーションデルタで発進準備』 リョ―タロウの黒曜石の瞳が、鋭利に発光した。 その傍らに、フレデリカが駆け寄ってくる。 「マキ少佐!」 「悪いナナミ、また後でな!」 うっそおぉぉおぉぉ―――――っ!!? その余りの出来事に、今にも泣き出しそうになったナナミの前から、リョータロウとフレデリカが俊足で駆け出していく。 セラフィムの船内に無情に鳴響くスクランブル警報。 ぷるぷると肩を震わせたナナミが、両手の拳を握り締め、涙目だったへーゼルの瞳を修羅の瞳へと豹変させた。 「こんな時に・・・・こんな時にスクランブルですってえぇぇぇ―――――――っ!!? ナナミの恋路を邪魔するあほな艦隊なんてぇぇぇ―――――――っ!! 絶対全滅撃沈させてやるぅぅぅぅぅぅううううう――――――――っ!!」 全身から怒りのオーラを迸らせ、意味もなくそう叫んだナナミが、ブリッジに向かって走り出す。 ナナミ・トキサカ。 花も恥らう21歳。 乙女なナナミの華麗な恋路は、なかなか報われることはない・・・・・
【NEW WORLD 〜Side Story〜 乙女なナナミの華麗な恋路 END】
|
|