20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:NEW WROLD〜Side Story〜 作者:月野 智

第11回   ローレイシアの月<1>
              *
大宇宙に展開する謎の巨大組織、ガーディアンエンジェル。
その拠点基地としての役割を果たす辺境の惑星(ほし)、人工惑星メルバ。
人の手によって改良されたメルバには、その日、静かな宵闇が訪れていた。
カナン・セクションと呼ばれる居住地区にある、ガーディアンエンジェル構成員の独身寮。
高層マンションである寮の一室で、その少女は、ディスプレイに映し出されたトーカサス星系の画像を眺めながら、背後に立ったままでいる軍服姿の少年に言うのだった。
「ローレイシアの月って・・・蒼くて、ほんとに綺麗・・・・・・・この画像、送ってくれて有難う、お礼が言いたかったんだ。ごめんね、帰港したばっかりなのに、呼び出しちゃって」
少女が、デスクの椅子ごと背後を振り返ると、クリーム色のワンピースを纏う細い肩で、ふんわりとしたオレンジ色の髪が音もなく揺れた。
長い睫毛に縁取られた蒼い瞳。
清楚で秀麗な面持ちをもつ桜色の唇が、今、くったくなく少年に微笑みかける。
そのあまりにも無邪気で綺麗な微笑みに、少年は、つい戸惑って、耳元で切りそろえられた銀色の髪を揺らしながら、ハッと視線を逸らしたのだった。
「いや、大丈夫・・・・そんなに疲れたってことはないから。ローレイシアの月、綺麗だったから・・・蒼い衛星なんだ、“イルヴァ”は・・・・」
艶やかなブロンズ色の肌に彩られた、精悍にして優美なその頬が、僅かばかり上気しているのは、この少年が、この少女の甘い微笑みにまだ不慣れなせいだ。
すらりとした長身にブルーシルバーの軍服を纏った少年は、視線を少女の瞳から逸らしたまま、自らの戸惑いを隠すようにさり気無くそっぽを向き、広い胸元で腕を組む。
この少女に、トーカサス星系から惑星ローレイシアの月、衛星イルヴァの画像を送信したのは彼自身だ。
ローレイシアの月は、美しい。
その清楚な輝きは、どこか、この少女の面影を少年に感じさせた。
だからこそ、人工惑星メルバにいるこの少女に、ローレイシアの地表から見たイルヴァの画像を送ったのだ。
「君に似てたから・・・」という言葉は胸の奥にしまいこんで、少年は、ゆっくりと、少女に広い背中を向けたのである。
「じゃあ、もう、戻るね。いつまでも女の子の部屋いると、何か勘違いされるから・・・・」
少女は、何故かひどく可笑しそうに笑いながら、デスクの椅子を立ち上がって、照れくさそうに肩をすくめる少年の腕を掴んだのだった。
「え?別にいいよ、勘違いされても」
「!?」
少年は、綺麗な紅の瞳を驚いたように見開くと、幾度も瞬きしながら肩越しに少女を振り返る。
そんな少年に向かって、限りなく無邪気にあどけなく、少女は言うのだった。
「だって、私、レムリアスのこと好きだもの」
「・・・・・・・・っ!?」
返す言葉を失って、少年は、半ば呆然と少女の秀麗な顔を見つめ据えてしまう。
どうしてこの少女(ひと)は、こうもあどけなく、そんな言葉をさらりと口に出すことが出来るのか・・・・
大体、「好き」にも種類があるではないか・・・
少年が、この少女に抱いているような「恋心」という名の「好き」なのか、単なる友人としての「好き」なのか、まったくもって判断がつかない。
NW−遺伝子という奇跡の遺伝子を持つ、少年の優秀な頭脳を用いても、人の感情だけは計算し尽くすことなど出来ないのだ。
「い、いや・・・・っ、ミウ、そ、それは・・・どういう・・・意味・・・?」
少年は、弱ったように片手を銀色の髪に突っ込むと、その精悍な頬をますます上気させて、しどろもどろになりながらそう言葉を返す。
少年がミウと呼んだその少女は、くすくすと可笑しそうに笑いながら、軽くかかとを上げて、頭一つ分高い位置にある少年の顔を覗きこむと、軽く首を傾げながら答えるのだった。
「好きは好きだよ。意味もなにもないよ、好きは好き!」
この少女、ミウ・リー・フェシムと、まともに顔を合わせてから半年以上。
少年は、この少女のこの天真爛漫な言葉に、もう何度振り回されたことだろう。
少年と同じく、NW−遺伝子を持つこの少女は、この宇宙で唯一、少年と同じ長い寿命を生きることができる人間だ。
NW−遺伝子。
それは、人類にとっては正に奇跡の遺伝子であった。
細胞単位での老化がなく、脳細胞活性率70%以上という、今だかつて人類が持ちえなかった優秀な頭脳をもたらす驚異の遺伝子でもあった。
この広い宇宙に、たった二人しかいないNW−遺伝子児。
それが他ならぬ、この銀髪に紅い瞳の少年と、そしてこの少女、ミウ・リー・フェシムであったのだ。
だが、二人の持っているNW−遺伝子は、決して完全なNW−遺伝子ではない。
ある一定の年齢がくると、その細胞は急速に老化を遅くするが、いずれは老いる運命にある。
それでも、その寿命は、通常遺伝子の人間よりも遥かに長いのだ。
そんな特殊な遺伝子を持つ少年は、思春期の頃、ガーディアンエンジェルの全てを統率する元老院の一人、パウエルから、ある重要な事柄を通達されていた。
『さて、“最初のアダム”、君はもう、幼い子供ではなくなった。これから先、君に守ってもらいたいことを伝える。これは、絶対に破ってはいけない事柄だ。NW−遺伝子は、通常遺伝子と混じっていけない。それは、とても危険なことだからね。NW−遺伝子がどれほど特殊で、そして、どれほど危険な遺伝子か、聡明な君は判っているね?
必ず守って貰わなければないらない事だ。この先、君は、もっと大人になる。やがて、異性を愛するときもくるだろう。通常遺伝子の異性を愛するのはかまわない、しかし、例え、君がどんなにその異性を愛したとしても、通常遺伝子の女性との間には、絶対に子供は設けてはいけない。
そして、婚姻もしてはいけない。君が婚姻できるのは、君と同じNW−遺伝子を持つ異性だけだ・・・・それだけは、必ず守って欲しい』
 あの時、少年は、素直に元老パウエルの言葉に頷いた。
 元来高知能である少年は、自らの持つ遺伝子がどれほど奇跡的な物なのか、そして、その分、どれほど危険であるのか、よく理解していたのだ。
 自分と同じNW−遺伝子を持つこの少女の存在を、少年は、幼い頃から知っていた。
 この少女は、一見、随分と大人びて見えるが、少年より一歳年下の15歳。
そして少年は、この時16歳。
宇宙に展開する友軍戦艦の後方支援を任務とする戦艦「エレアザル」に、ファイターパイロットとして乗船する彼は、救助惑星エルメで生活していた彼女のことを、その存在は知っていても、顔を見たことは殆どなかった。
 半年前、このメルバに、少女が地上オペレーターとして派遣されてくるまでは・・・
基本的に、戦艦「エレアザル」は、友軍艦からの支援要請があるまで、メルバに曳航されている。
そのため、少年は、メルバで過ごす時間が多く、この少女と、顔を合わせている時間も随分と長くなっていた。
 この広い宇宙でたった一人、自分と同じ時間を生きられる無二の少女。
そして、少年の伴侶となることが出来る、唯一の異性。
 それが、このミウ・リー・フェシムであるのだ。
少年は、いつの間にか、この美しく天真爛漫な少女に心を奪われていた。
 だが、当のミウ自身が、自分をどう思っているか、勿論、彼の知るところではない。
 とにかく彼女は天真爛漫でくったくなく、そしてあどけなく、口に出す言葉の意図を読み取るのが実に困難な少女なのだ。
 少年は、形の良い眉を困ったように眉間に寄せ、ため息混じりに言うのである。
「そ、そう・・・・有難う」
「変な答え」と呟いて、ミウは、いささか不満そうに唇を尖らせると、精一杯背伸びをして、少年の鼻先に自らの鼻先を近づけたのだった。
少年はますます戸惑って、困惑した眼差しを宙に泳がせてしまう。
「え?何か、変なこと、言ったかな・・・・?」
「言ったよ!“有難う”ってどう言う意味?」
「えっ?いや・・・・その、そう言ってもらえて、嬉しいって意味・・・・だよ」
「そうじゃなくて!そこは普通、レムリアスも、私が好きかどうか答える所でしょ?」
「・・・・えぇっ!?」
本当に、この少女は、どうして唐突にこんなことを言うのか・・・
銀の髪に片手を突っ込んだまま、少年は戸惑いを隠せない眼差しで、まじまじとミウの秀麗な顔を見つめすえてしまう。
そんな彼の紅の瞳を、オレンジ色の前髪から覗く蒼い瞳が、真っ直ぐに捉えている。
その澄んだ瞳に映る自分の顔が、やけに間抜けに見えて、少年は、端整な唇を困ったようにもたげると、軍服の腕を掴むミウの手をそっと解きながら、静かな声で言うのだった。
 「・・・・・・好きだよ」
 その瞬間、ミウの大きな蒼い瞳が、星屑のようにキラキラと輝いた。
不意に、細く白いその腕が、少年に向かってさし伸ばされ、 少年は、ひどく狼狽して半歩後退してしまう。
 だが、そんな彼の当惑などお構いなしに、ミウは、その小柄な体で思い切り軍服の胸に飛び込んできたのだった。
 「・・・・・っ!」
 甘い香りのする柔らかな髪が、ブロンズ色の肌に彩られた優美な頬をふわりと撫でる。
 オレンジ色の髪から覗く澄んだ蒼い瞳が、子猫のような愛らしさで少年の顔を見上げ、その細い両腕はしっかりとその背中を抱き締めていた。
 「ミ、ミウ・・・・・っ!?な、な・・・・・・っ!?」
 ひたすらうろたえる少年を、ひどく無邪気な表情で見つめたまま、ミウは、歓喜した声で言うのだった。
「よかった・・・・嬉しい・・・・!ほんとはね、心配してたんだよ。ちゃんと、レムリアスが帰ってくるかって・・・・・・エレアザルは戦艦だから・・・・・出港するっていうことは、戦闘に出るってことでしょ?
あのね、私ね・・・ずっと一緒にいるね・・・ずっと、レムリアスと一緒にいるね。
絶対いなくなったりしなから・・・・・・だから、レムリアスもいなくならないでね。
私・・・・レムリアスのこと、ほんとに好きなんだもん」
少年は、銀色の前髪の下で、幾度も瞬きを繰り返してしまった。
唐突に、何を言い出すのかと思ったら・・・・・と、少年は、困惑と照れ臭さを隠しきれずに、その視線を再び宙に泳がせる。
流石に、咄嗟に返す言葉が見つからない。
確かに自分も、この少女の事が好きだ・・・それが、愛しさだということも自分自身でよく判っている。
しかし、何の前置きもない、全く突然の彼女の告白に、一体どう返答していいのか判らずに、少年は、思わず押し黙ってしまう。
そんな彼の紅い瞳の中で、ミウは、天使のようにあどけなく、そして甘く微笑するのだった。
それは、とても愛らしい笑顔だった。
必ず守り抜かなければならない、至高の微笑みだった。
少年は、そんな彼女の笑顔に、宙を泳いでいた視線を戻す。
綺麗なオレンジ色の髪の下で、きらきらと輝く蒼い瞳。
それは、遥か遠い宇宙の果てにある、美しい惑星の色と同じ、蒼く澄んだ瞳であった。
「ミウ・・・・・」
少年は、彼女の名を呼んで、いつも以上に穏やかに微笑って見せる。
そんな彼に向かって、ミウは言うのだった。
「私達、エデンには行けないけど・・・・ずっと一緒にいるんだよね?ずっと、ずっと、一緒にいるんだよね?」
「うん・・・・・」
「いなくなったりしないよね?レムリアス?」
「うん」
「よかった・・・・・」
くったくない表情で、ミウはとろけるように微笑う。
その華奢でしなやかな肢体から、ほんのりと漂う花の香り。
少年は、そんなミウの細い腰に、どこか遠慮がちに、おずおずと、両手を回して小さく首を傾げると、もう一度、「ミウ・・・・」と呼びかけたのだった。
ミウは、くすくすと笑って背伸びをすると、そんな彼の鼻先に自分の顔を近づける。
少年の視界の中で、ゆっくりと伏せられていく長い睫毛。
どうしようもないほど照れながら、少年は、綺麗な桜色をしたミウの唇に、まるで、壊れ物にでも触れるように、そっと、自らの唇を重ねたのだった。
柔らかで暖かな唇の感触。
そこには、忘れえぬほどの愛しさと、そして、ひどく心地の良くて、甘く優しいぬくもりがあった。

この少女(ひと)と・・・・
ずっと、生きていくんだ・・・・
ずっと・・・・
この広い宇宙の中で、たった一人・・・
同じ時間を生きられる・・・
この少女(ひと)と・・・・
だから、僕は、君を守るよ・・・・
ミウ・・・・
必ず・・・・


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4669