何故そんなことをする必要があるのか、何とも理解し難いが、もし、彼女が本当にそのつもりだとすれば、彼女の気が済むまでそれに付き合う羽目になるのだろう。 まったく、面倒臭ぇな・・・・と、思いつつ、殊のほか反省の色を見せたフレデリカに、どこか安堵したのは確かなことだ。 リョータロウは、精悍な唇を軽くもたげて小さく微笑うと、何も言わずに、黙ってコーヒーに口をつけたのである。 この女は、狂犬ではあるが、馬鹿ではない。 試されるというのなら、それはやはり、彼女が自分を信頼していない証拠なのだ。 尤も、まだ彼女はセラフィム・ツァーデに配属されてきたばかりだ、仕方ないといえば、仕方ないのかもしれない。 そんなことを思って、軽く肩を竦めたリョータロウに、つんと唇を尖らせたフレデリカが不機嫌そうに言うのである。 「やっぱり気に入らないわ、あなたのこと」 「ああそうかよ、別に気に入ってもらおうなんて思ってねーよ。それはこの間も言った」 「そういうところが気に入らないって、そう言ってるのよ。これもこの間言ったわ。 大体、気に入らないって言われて、それでも構わないって言う神経がわからない」 「なんだよそれ?別に、おまえが気に入らないもんは、何したって気に入らないんだろ?それをこっちがどう思ってようと、おまえには関係ない」 リョータロウは、いささか呆れたようにため息をつくと、端整なその顔を渋い顔つきに歪めてしまう。 「そうね、確かに関係ないわ。気に入らないものは気に入らないんだから。それに、どうせあなたも、こっちを気に入らないって思ってるんだろうしね」 不機嫌そうに蛾美な眉を潜めて、コーヒーカップにふくよかな唇をつけながら、相変わらず気強い口調でフレデリカはそう返す。 リョータロウが、そんな彼女へ返した返答はこうだった。 「別に、気に入らないとは思ってない。ただ、厄介だと思ってるだけだ」 「あら、気に入らないのと厄介は同じ意味だと思うけど?」 フレデリカはそう反論する。 やはりコーヒーカップに口を付けながら、眉間にしわを寄せてリョータロウは言う。 「別物だろ。俺は、おまえをまだよく知らない。気に入らないって言うには、材料が足りな過ぎる」 「・・・変な男」と、どこか呆れたようにフレデリカは言う。 「そりゃどーも」と、リョータロウは答える。 「あなたは、なんだか特殊な人種だわ」 「俺には、おまえの方が特殊に見えるけどな」 「特殊な人間に、特殊って言われるのは心外ね」 「その言葉、全部おまえに返すよ」 「失礼だわ。あなたには、女性に対するデリカシーがないの?」 「女と遊んでる暇なんかないからな。そんなもんは学習してない」 「腹の立つ言い方ね」 「どこかだよ?その通りだって認めただけだろ?」 なんだか、会話というより、ミサイルを撃ち合ってるみたいだと、リョータロウは思う。 相手が迎撃体制なら、こちらも迎撃体制。 しかし、お互いにその場を退こうとしないのは、話すことでお互いを理解しようとする試みの表れなのかもしれない。 つまり、リョータロウがフレデリカを理解していないように、フレデリカもまた、リョータロウという人間を理解していなのだ。 お互いに特殊な人種と思い合っているのだから、仕方がないといえば仕方がないのかもしれないが、これはある意味発見だ。 それを自覚できただけでも、ミサイルの撃ち合いのようなこの会話の成果である。 だが、リョータロウ自身が狂犬と称した、この気強い女性を大人しくさせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。 リョータロウはTシャツの肩を軽く竦めて、片手を濡れた髪に突っ込むと、眉間のしわを深くしながら、ふうっと大きく息を吐く。 そんな彼の様子を、ブラックブロンドの前髪からちらりと横目で見やって、フレデリカは言うのだった。 「本当に変な男ね?ため息をつくほど話すのが嫌なら、さっさと退散すれば?」 「別に、嫌じゃないから此処にいるんだろ」 「そうは見えないけど」 「おまえ、パイロットのくせに目が悪いのか?」 「冗談言わないで」 蛾美な眉を僅かに吊り上げて、フレデリカは、リョータロウの顔を顧みる。 リョータロウは、濡れた黒茶色の前髪から覗く凛とした黒曜石の瞳で、そんなフレデリカを振り返った。 無言のまま、次に相手がどう出てくるか探り合うような視線が、互いの顔を見つめすえる。 しばしの間を置いて、先に口を開いたのはフレデリカの方だった。 「馬鹿みたい」と、そう言って、フレデリカは、ブラックブロンドの長い髪をかきあげると、どこか呆れたように小さくため息をついたのである。 キャミソールから覗く滑らかで白い肌の上で、緩く大きなウェーブがかかった髪がふわりと揺れた。 自販機から背中を離し、彼女は、ゆっくりとリョータロウの眼前に立つと、その気強いライトグリーンの瞳で、彼の端整な顔を睨むように見る。 リョータロウは、細い傷の刻まれた眉間を訝しそうに寄せて、そんな彼女の綺麗な顔をまじまじと見つめすえるのだった。 右手にコーヒーカップを握ったままのフレデリカが、徐に、空いている方の左手を上げると、何を思ったか、その人差し指でリョータロウの胸を小突いたのである。 「エンゲージ(交戦宣告)」 リョータロウの広い胸元で、シルバーボールチェーンに繋がった円柱型のトップが、涼しやかな音を上げて緩やかに揺れた。 思わず、きょとんと目を丸くしたリョータロウの視界で、憮然とした表情のフレデリカが自販機ブースを出て行ってしまう。 「・・・・・」 リョータロウは、そんな彼女の後姿を見送ると、眉間に深いしわを寄せ、自らの髪に片手を突っ込みながら三度ため息をつくのだった。 「徹底抗戦かよ・・・」 ツァーデ小隊の若き隊長の苦労は、どうやら、まだまだ続きそうだ。
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