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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第8回   【ACTT エンゲージ・エチュード】8
             *
セラフィムのD第一ブロックは、長い航海を艦内で過ごす乗組員達のプライベートセクション(専用居住空間)である。
それは、謹慎処分を受けたリョータロウが、自室でシャワーを浴び、濡れた髪に私服姿のまま、飲み物を買うため、何気なく、部屋の並びにある自販機ブースへと赴いた時だった。
そこに足を踏み入れると、流れ行く色とりどりの銀河を広い窓から眺める、一人の女性の後姿があったのである。
相手も、キャミソールに大きめのカーゴパンツという私服姿。
白くしなやかな背中に流れるブラックブロンドの長い髪と、形よく引き締まったスレンダーな腰のライン。
その背中にリョータロウは見覚えがあった。
それは紛れも無く、今日、命令違反を起してリョータロウを謹慎処分へと追いやった、フレデリカ・ルーベントに相違なかったのである。
思わず足を止め、リョータロウは、そんな彼女の後姿を、濡れた前髪の下から覗く黒曜石の瞳でまじまじと見つめすえたのだった。
黒いTシャツの胸元で、シルバーのペンダントトップが軽く揺れ、銀鈴のような涼しい音を上げる。
そこにリョータロウの存在があることに、まだ気付いていない様子のフレデリカは、広い窓或に頬杖を付きながら、何かを考え込むように、ただ、じっと宇宙の闇を見つめたままだった。
リョータロウは、Tシャツの広い肩を僅かに竦めると、自販機のセンサーにIDカードをかざしてコーヒーのボタンを押し、振り返ることのないフレデリカを呼んだのだった。
「おい。フレデリカ、なにをしてるんだ?こんな所で?」
聞き覚えのあるその声に、突然ファーストネームを呼ばれて、フレデリカは、キャミソールの肩をぴくりと揺らすと、僅かばかり驚いた顔つきでゆっくりとこちらを振り返る。
リョータロウは、コーヒーのカップを自販機から取り出しながら、そんな彼女を横目で顧みた。
フレデリカは、長い睫毛に縁取られたライトグリーンの瞳を、二、三度瞬きさせると、小さくため息をつきながら、長い髪を片手で梳き上げたのである。
「別に・・・私が何をしてようと、あなたには関係ないわ」
「それもそうだな」
相変わらずのフレデリカの言いように、リョータロウもまた、小さくため息をつくと、そっけなくそう答えて、片手に持ったコーヒーカップに唇をつけたのだった。
ゆっくりとフレデリカに背中を向け、リョータロウが、自販機ブースを出ようとした時、その背中を、不意にフレデリカが呼び止める。
「ちょっと待って」
「?」
リョータロウは、怪訝そうに眉間を寄せて、広い肩越しにフレデリカを振り返った。
濡れた前髪の下で、凛と強い黒曜石の瞳が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるフレデリカの姿を訝し気に眺めやっている。
フレデリカは、そんなリョータロウ傍らに立つと、やはり自販機にIDカードをかざしながら、相変わらずの口調で言葉を続けたのだった。
「ねぇ・・・あなただけ謹慎処分を食らったのに、なんとも思わないの?」
「仕方ないだろ。これでもおまえの上官なんだから」
その返答に、フレデリカは、僅かに眉の角を吊り上げるとコーヒーのボタンを押しながら、リョータロウの端整な顔をちらりと仰ぎ見る。
熱いコーヒーを取り出しながら、何故か、再び小さくため息をつくと、フレデリカは言うのである。
「歳下のくせに、生意気な口の効き方」
「歳は関係ねーだろ・・・そんなとこまで突っかかってくるなよ。こっちだって、好きで歳下な訳じゃないし、好きで隊長なんかやってる訳でもないんだからよ」
細い傷の刻まれた眉間にしわを寄せ、渋い顔つきをしながらそう返答すると、リョータロウは、自販機に広い背中を凭れかけて、再び、コーヒーのカップに唇をつける。
それに倣うように、フレデリカもまた、自販機に凭れかかると、そんなリョータロウを振り返るでもなく、ライトグリーンの瞳を天井に向けながら、いつになく落ち着いた口調で言葉を続けるのだった。
「どうして艦長に、理不尽な処分だって反論しなかったの?」
「はぁ?なに言ってんだおまえ?別に、理不尽だなんて思ってねーし。ソロモンの言ってることは、ある意味正当だし、反論する必要もないだろ」
「・・・・正当?あなた、本当に自分が悪いと思ってるの?」
「思ってなきゃ、大人しく処分なんか受けないだろ」
極めて自然体で紡がれたその言葉に、フレデリカは、殊更驚いたような顔つきになって、リョータロウの端整な横顔をまじまじと見つめすえてしまう。
「一体、なんなのあなた?あの状況は、あなたが処分されるような状況じゃなかったわ」
「なに言ってんだおまえ?俺は、おまえが吹っかけてきた喧嘩を買ったんだ、状況もなにもあるかよ・・・それとも、少しは俺に悪いとでも思ってるのか?」
「・・・・・・」
思わず押し黙ったフレデリカの顔は、当らずとも遠からずといった表情をしていた。
自分で喧嘩を売っておきながら、処分されたのがリョータロウだけだったことに、流石の彼女も、罪悪感でも覚えているのだろうか。
そもそも、ソロモンがリョータロウだけに処分を架したのは、フレデリカの頑なな心に、自身がしたことの重要性を訴えかけるためだ。
先に喧嘩を売った方は処分されず、喧嘩を買った方が処分されてしまう。
まっとうな良心がある人間なら、少なからず心は痛むはずだ、ましてや、自分に非があると自覚していればしているほど。
ソロモンの思惑は功を奏している、と思いつつ、そんな彼女の様子にリョータロウは、何故か奇妙なものを感じるのだった。
この女は、最初から自分の身勝手を知っていて、あえて喧嘩を売ってきたのかもしれない・・・
ふと、脳裏を過ぎったのは、フレデリカがリョータロウに反発するのは、もしかすると、その器を彼女が測っているせいなのではないだろうか、という事である。
つまり、リョータロウは、彼女に試されているということだ。


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