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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第7回   【ACTT エンゲージ・エチュード】7
リョータロウの広い胸元で、シルバーのボールチェーンが軽く揺れ、その先端に着けられた小さな円柱型のトップが、まるで銀鈴のような音を上げた。
随分とたくましくなった広い背中が、いつものように、ソロモンにこう語るのだった「あんたは甘い」と。
ソロモンは、ふと、その端整な唇をもたげて、そんなリョータロウを敬称で呼び止めた。
「マキ少佐、おまえに言忘れたことがある、少し残ってくれ」
その声に、リョータロウはふと立ち止まり、黒茶色の髪を揺らしながらゆっくりと背後を振り返る。
リョータロウの傍らを歩いていたフレデリカが、訝しそうな顔をするが、それでも、被り振ってさっさとオート・ドアの向こうへ姿を消していってしまった。
眼前で閉まるオート・ドアをちらりと見やり、リョータロウは、思わず、深くため息をつくのである。
そして、体ごとデスクのソロモンを振り返ると、片手で前髪を梳き上げながら、実に面倒臭そうに言うのだった。
「で、なんなんだ?あんたの口から、“言い忘れた”なんて言葉が出ると、今度はどんな厄介事を押し付けられるのかヒヤヒヤするぜ」
上官と部下の関係を解除して、いつもの口調でそんな言葉を口にしたリョータロウに、ソロモンは、端整な唇をもたげて柔和に笑って見せる。
顎の下で組んでいた手をほどくと、大きな椅子の背もたれにゆったりと身を委ねながら、徐にその口を開くのだった。
「まぁ、そう言うなリョータロウ。おまえ、随分、フレデリカに手を焼いているようだな?」
リョータロウは、片手を髪に突っ込んだままの姿勢でデスクの前に歩み寄ると、先程までの冷静さとは打って変わった、実に渋い顔つきをして三度ため息をつくのである。
「ったく・・・あんた、あの女が、ああ言う厄介な女なの、知ってて俺に押し付けたんだろ?よくもそんなこと飄々と言えるよな?」
「押し付けたなんて心外だな。おまえだからこそ、彼女を預けたんだ。あの調子だから、ヘレンマリアも、ほとほと手を焼いていたらしくてな。
あの“鋼鉄の女王”が、『宜しく頼む』と頭を下げてきたぐらいだ。まぁ、中途半端なじゃじゃ馬じゃない事だけは、確かなことだが」
「じゃじゃ馬なんて可愛いもんじゃねーよ・・・っ、見てただろ、今日の戦闘訓練?あれはじゃじゃ馬どころか狂犬だ」
「狂犬はよかったな。少し系統は違うが、子供の頃のおまえによく似てるだろ?
おまえは狂犬じゃなく、猛犬だったが・・・だからこそ、おまえに彼女の監督を任せたんだよ、リョータロウ」
「ふざけるな、あんな女と俺を一緒にするな!」
実に心外そうに眉間を寄せて、リョータロウは、ジロリとソロモンの顔を睨みつける。
ソロモンは、愉快そうに一笑すると、前で腕を組みながら、落着き払った口調で言葉を続けるのだった。
「俺から言えることがあるとすれば、まずは、彼女がどういう人間なのかよく観察することだ。どうして彼女が、あれほどおまえに反発するのか、その本当の理由を知る努力をしてみろ。フレデリカ・ルーベントという女性が一体どんな人間性を持ち、何を考え、何を求めているのか、それを理解してやれば、彼女も自然と、おまえを理解できるようになる」
「そうやってあんたも、“猛犬”を大人しくさせた訳か?なるほど・・・・」
腰に片手をあてがい片手で前髪を梳き上げながら、リョータロウは、なんとも複雑な表情でため息をつく。
ソロモンは、そんなリョータロウを、愉快そうな視線で見やって、何をも答えぬまま唇だけで柔和に笑った。
相変わらずのソロモンを横目で顧みて、リョータロウは、苦々しく眉根を寄せながら、さも面倒臭そうにぼりぼりと頭をかくのだった。
「・・・わかったよっ、努力すりゃいいんだろ?努力すりゃ?でもな、俺は、あんたみたいな口の効き方はできないからな。どうなっても知らないぞ!」
「大丈夫だ。おまえなら、きっとやってのけるさ」
やけに確信を持ってそう答えたソロモンに、リョータロウは、げんなりと肩を落すと、眉間のしわを更に深くしながら答えて言うのである。
「どういう自信だよそれ?訳わかんねぇ・・・」
「理性さえ保っていれば、なんの問題もない。今日だって、結局はおまえの冷静な判断が、彼女に力の差を思い知らせた訳だしな」
「何が冷静な判断だよ。俺は、あの女の交戦宣告を受けて立ったんだぞ?」
「受けて立つしかなかったんだろ?交戦を拒否したところで、彼女は黙らない、ましてや、わざと撃たれるような真似をすれば、彼女の神経を余計に逆撫でするだけだ・・・・あの時、おまえはそう判断した、違うか?」
リョータロウは、広い肩をすくめながらもう一度深くため息をつくと、長い前髪から覗く凛とした黒曜石の瞳で、いけ好かぬ上官の優美な顔をまじまじと見やったのである。
「・・・・またそうやって、何でも知ったような口ききやがって・・・」
そんな事を口にしたリョータロウを、ソロモンは、穏やかな眼差しで真っ直ぐに見つめると、長い足を組替えながら静かに答えて言うのである。
「そんなことはないさ。ただ、そう思っただけだ。今からおまえは自室謹慎だ、ゆっくり休め。ナナミから聞いたぞ、おまえ、倒れたんだって?」
あのおしゃべりが・・・と、思わず渋い顔つきをするリョータロウの脳裏に、ブリッジオペレーター、ナナミ・トキサカの顔が横切っていく。
「倒れてなんかねぇよ、急に眠くなっただけだ。いいさ、大人しく謹慎しててやるよ」
ぶっきらぼうにそう答えて、リョータロウはゆっくりとソロモンに背中を向ける。
ソロモンは、愉快そうに口元をもたげながらも、そんなリョータロウの背中に何気ない口調で言うのだった。
「リョータロウ、インフォメーション(諜報部)から、『ワダツミ』の艦長に関する報告書が上ってきてる・・・まだ一部だがな、見るか?」
リョータロウは、オート・ドアに歩きながら振り返らずに即答する。
「いや、見る必要はない。『ワダツミ』の艦長は・・・・・・兄貴だ」
「そうか」
さして驚きもせず、ソロモンは冷静な声でそう答えると、後ろ手に軽く片手を上げオート・ドアの向こうに消えていくリョータロウを静かに見送ったのである。
おまえも、苦労が絶えないな・・・と、そんな事を思って、ソロモンは、端整な唇で小さく微笑したのだった。
先程ヒルダは、リョータロウのことを、ソロモンが“実の息子のように溺愛している”と称していたが、確かに、それはさして間違ってはいないのかもしれない。
子供の頃のリョータロウには、流石のソロモンも本当に手を焼いた。
だが、そんな彼が、今こうして、優秀で潔い指揮官として自らの片腕になっていることを、ひどく嬉しく、頼もしく思うのは事実だった。
ヒルダが、“もう一人の溺愛する息子”と言っていたハルカ・アダミアンは、今、言葉通りのライオンの巣、惑星トライトニアの只中で任務遂行に当っているはずだ。
心配にならない訳ではないが、少なくとも、ハルカの傍には、軍隊にも勝ると劣らない鋭敏な手腕を持つ連中がいる。
無事に戻ってくるという確信が、そこにはある。
だからこそ、今、一番気になるのは・・・・これまでのソロモンの人生を、傍らで静かに見守り、その道筋を知り尽くし、そしてよく理解しているヒルダ・ノルドハイムのことだった。
ソロモンは、銀色の長い前髪から覗く紅の瞳を、窓の向こうに広がる星屑の海に向ける。
肘掛に頬杖を付きながら、緩やかに流れる銀河の風景を静かに眺めるその瞳に、深い哀しみにも似た翳りが落ちていった。


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