* その日、救助惑星エルメの空は、薄青の快晴だった。 雲一つ無い空から、主翼に六芒星を掲げた一機の戦闘機が、着陸体制を取りながら急速に降下してきている。 ダークブラックの機体に、深紅のラインが入ったその戦闘機は、RF−008VC02型宇宙戦闘用爆撃機、通称アイアン・バイパーと呼ばれる機体であった。 私服に白衣を纏うその知的で可憐な少女は、広大な滑走路の上に立って、片手を額にあてがいながら、太陽の光を浴びて煌くバイパーの機体を、細めた視線で仰ぎ見ていた。 上空で大きく旋回したバイパーが緩やかに高度を下げ、轟音と爆風を巻き起こしながら、滑走路の真ん中に垂直着陸してくる。 逆光が眩しくて、コクピットが良く見えない。 バイパーのバーニアが巻き起こす激しい旋風に、少女の茶色の髪が虚空で激しく乱舞した。 乱れる髪を必死で抑えながら、知的で可憐なその少女は、バイパーのパイロットが、コクピットから姿を現す時をひどく緊張した面持ちで待っていた。 轟音を上げていたエンジン音が緩やかにその音量を落していき、辺りに渦を巻いていた激しい風も急速に止み始める。 やがて、広大な滑走路に静けさが戻り、晴天の優しい風がたおやかに吹き抜けた時、逆光の中で、バイパーのキャノピがゆっくりと開いた。 黒に赤のラインが入ったフライトスーツを纏う長身のパイロットが、被っていたヘルメットを脱ぎながら、機敏な物腰でバイパーの主翼の上へと立つ。 逆光の眩しさで青い瞳を細める少女に向かって、そのパイロットは、穏やかに微笑しているようだった。 降注ぐ日の光の中で、たおやかに揺れる銀色の髪。 逆光のために、その顔立ちが良く見えない。 少女は、そのパイロットに向かって大きく叫んだのだった。 「おかえりなさい!レムリアス・ソロモン准将!あの、私、ヒルダ・ノルドハイムといいます!メルバから派遣されてきました!これから、あなたの担当になります!!」 その言葉に、搭乗ウィンチから滑走路に降り立った青年パイロットは、小脇にヘルメットを抱えたまま、少女に向かって歩き出したのである。 輝くような銀色の髪は少年のような短髪。 その前髪から覗いているのは美しい紅の瞳であった。 見た目の年頃は24、5歳に見える。 艶やかなブロンズ色の肌と、端整にして精悍だが、どこか中性的な優美さを併せ持つその顔立ち。 バイパーのパイロットであるその青年は、やけに穏やかに笑いながら、緊張して身体を硬直させた少女の前へと立った。 「話は聞いているよ、ヒルダ・ノルドハイム博士。まさか、こんなに若いとは思っていなかったけどね」 「博士なんて、まだ名ばかりです。ただの学生上りですから」 そう答えて、少女は、実に可愛らしいはにかんだ微笑みで、青年のその優美な顔を見つめ返したのである。 それは、もう、25年も前の事。 ガーディアンエンジェルの優秀な女性科学者ヒルダ・ノルドハイムと、NW−遺伝子を持つ青年、レムリアス・ソロモンの最初の出会いであった。 25年・・・・ 長いようで短い、短いようで長い、そんな年月だった気がする。 それなのに、何故こんな時に、もう、その時が終わろうとしているのに、こんな懐かしい夢を見るのだろう・・・ 長い睫毛を微かに揺らし、ゆっくりと瞼を開いていくと、天井の照明がひどく眩しく感じられた。 その合間で、長い銀色の髪が揺れている。 まだ、ぼんやりとしている視界に映り込んでくる、一人の青年の優美な顔があった。 ブロンズ色の肌。 美しい紅の瞳が、どこか取り乱したように、そして、ひどく哀しそうにこちらを見つめている。 痛いほどに彼女の手を握りながら、その端整な唇で彼女の名前を呼んだ。 「ヒルダ!」と。 メディカルセクションとラボラトリーセクションが併設された、セラフィムのF第三ブロック。 メディカルセクションの処置室で、ヒルダ・ノルドハイム博士は目を覚ました。 目の前には、少女の頃から憧れて止まなかった青年が、柄にもなく冷静さを欠いた表情で、青ざめたヒルダの顔を覗き込んでいる。 その傍らには、サファイアブルーに輝く髪と瞳を持つ、清楚でたおやかな美貌を備えたヴァルキリー、イルヴァが、ひどく心痛な表情で佇んでおり、ベッドの脇には、点滴の調整をする女性医師、ウルリカ・クレメノフの姿も見受けられた。 イルヴァと共に、ずっと研究室に篭りきりだったヒルダが、凄まじい痛みと多量の吐血でメディカルセクションに運び込まれてきたのは、遂数十分ほど前の事だった。 「ソロモンには連絡しないで」と言いながら、眼前で苦しむヒルダの姿にいたたまれなくなったイルヴァが、意を決してソロモンを呼び寄せたのである。 ヒルダは、ベッドの上に横たわったまま、何故か愉快そう笑った。 そして、言葉を失ったままじっとこちらを見つめているソロモンに、こんなことを言うのだった。 「どうやら・・・バレてしまったみたいね?そんな情けない顔しないでって言ったでしょ?」 「ヒルダ、どうして黙ってたんだっ?どうしてもっと早く言わなかったっ?」 長い銀色の前髪の下で、形の良い眉を眉間に寄せながら、ソロモンは、思い余ったように言葉を続ける。 「頼むヒルダ・・・・っ、今すぐメルバに帰って治療を受けてくれ・・・っ!」 当初の予想通りだったその言葉に、ヒルダは、知的な青い瞳を、殊更愉快気に細めた。 「そう言うと思ったわ・・・だから言わなかったんじゃない。それに、もうどうせ助からないわ・・・そうでしょ?ウルリカ?」 どこか力ないヒルダの視線が、点滴を調整していたウルリカに向く。 ウルリカは、神妙だが冷静な顔つきをしながら、ベッドの上のヒルダを顧みると、静かな口調で答えて言うのだった。 「・・・・・がん細胞が、肺に転移しています・・・・ベルケネスウィルス性がん細胞には、通常の抗がん剤は効果がありません・・・・・今は、それだけしか言えません。ノルドハイム博士」 ベルケネスウィルス性がん細胞。 くしくもそれは、ソロモンの遠い記憶の中で微笑む、あの愛しい少女の命を奪った病の名でもあった。 ベルケネスウィルスは、ベルケネス星団で発見された未知のウィルスの名称であり、例えこのウィルスに感染しても、感染した人間全てが、皆、癌を発祥する訳ではない。 まだ研究途中のウィルスではあるが、このウィルスに感染して癌を発病する人間には、ある決まった遺伝子パターンがあるということだけはよく知られていた。 ヒルダは運悪く、その遺伝子パターンを持った人間であり、そして、本来、細菌にもウィルスにも強いNW−遺伝子児、“一人目のイヴ”もまた、その遺伝子に欠陥あった上、このパターンに当てはまってしまったがために癌を発祥した人間の一人であったのだ。 そのあまりの皮肉に、ソロモンは、ただ、愕然とするばかりである。 ぎりりと奥歯を噛締めて静かに頭を垂れると、意図して低めた声で、ソロモンは言う。 「すまない・・・・イルヴァ、ウルリカ・・・少し外してくれないか?」 ひどく哀し気な表情のまま、イルヴァは「はい」と短く返答して、ゆっくりとオート・ドアへと歩き出す。 ウルリカもまた「イエッサー」と短く答えて、白衣のポケットに手を入れると、イルヴァの傍らに歩み寄りながら、オート・ドアの向こう側へと姿を消していくのだった。 しんと静まり返った処置室の中に、点滴調整のデジタル音だけが響き渡っている。 うつむいたまま、ヒルダの手を握り締めるソロモンを、どこか困ったような表情で顧みながら、ヒルダは、何故か、小さくため息をつくのだった。 「どうしたの?あなたらしくないわよ・・・・?そんな顔しないでって、言ったばかりじゃない?」 「・・・・・・・・・・」 ソロモンは何も答えない。 顔を上げないまま、ただ、じっと押し黙るばかりだった。 本当に、全くもって彼らしくないその態度に、ヒルダは、ますます困ったような顔つきをする。 「あなたがそんな情けない顔してると、船員達が不安がるって、私、そう言ったわよね?通常遺伝子の人間には、必ず死が訪れる・・・それが、少し早くなっただけの話よ、ただ、それだけの事だわ。それに、元から私は、あなたと同じ寿命を生きられない。そんなこと、もうとっくに知っているでしょ?」 「ああ・・・・・・知ってるよ」 搾り出すような声で、ソロモンはそう答える。 ヒルダは、飄々とした口調で言葉を続けた。
|
|