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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第65回   【LASTACT ぬくもりを抱く優しい闇】10
          *
艦長専用オフィスのオート・ドアが開くと、デスクの椅子に腰を下ろしていたレムリアス・ソロモンは、輝くような銀色の髪の下で、その美しい紅の瞳を僅かにもたげた。
冷静だが鋭い表情でモニターを見つめているソロモンに、コントロールブリッジの主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンが、煎れ立てのコーヒーをそっと差し出してくる。
オリヴィアは、紅いルージュが引かれたふくよかな唇で微笑しながら、ブロンドの髪を揺らして小さく首を傾げるのだった。
「今夜は、随分と怖い顔をしてらっしゃいますよ?トーマのことを、気になさっているんですか?」
その言葉に、ソロモンは、シルバーグレイの軍服を纏う広い肩を竦めると、一つ小さくため息をついて、形の良い眉を困ったように眉間に寄せたのである。
その身を深く背もたれに委ね、鋭かった表情をいつもの柔和な微笑に変えてから、ソロモンは、落ち着き払った口調でオリヴィアに聞くのだった。
「そんなに怖い顔をしてたかな?」
「“ハデス(墓場)の番人”の顔をしていましたよ」
オリヴィアは、可笑しそうにそう言って、茶色の瞳でソロモンの優美な顔を見つめすえたのである。
ソロモンは、思わず苦笑した。
「君にまでそう言われるとは思わなかったよ、オリヴィア」
「コーヒー、有難う」と言葉を続けて、その長い指先が、コーヒーカップを持ち上げる。
「いいえ」と答えたオリヴィアが、ふと、その美麗な表情を神妙な表情に満たしながら、冷静な声色で言うのだった。
「それで・・・ハルカが持ち帰ってきたDNAサンプルは、いかがでした?」
端整な唇の角を小さくもたげて、ソロモンもまた、冷静な声色で答えて言う。
「NW−遺伝子因子は陽性だった。今、それを見ていたところだ」
モニターのDNAグラフィックをちらりと見やり、どこか複雑な表情をしながら、ソロモンは静かに言葉を続けた。
「それも、NW―遺伝子完全型。つまり、ハルカと同じテロメア形態と言う事だ。ガブリエラ・ワーズロックは、間違いなく“イヴ”だ」
「・・・・・・そうですか、では、保護を急がないといけませんね」
真剣な顔つきをしたオリヴィアが、トレーを小脇に抱えながら、神妙な眼差しでソロモンの瞳を凝視する。
ソロモンは、長い足を組替えて、その膝に頬杖をつくと、そんなオリヴィアの視線を美しい紅の瞳で受け止めたのだった。
「そうだな・・・・だが、彼女は今や、宇宙で一番の有名人だ。それに、本人がまだ、自分がNW−遺伝子児であること知らない可能性がある。コンタクトは慎重に取らないと・・・まだ、16歳の少女だ。これまで、ガ―ディアンエンジェルと深く関わってきた訳でもない。突然出向いて行って、ガ―ディアンエンジェルに来いといっても、動揺させるだけだろう」
「艦長らしい見解ですね」
オリヴィアは、誇らしそうに微笑(わら)ってから、ゆっくりと言葉を続ける。
「それで、どうなさるおつもりですの?」
「・・・・・・・オリヴィア、君はどう思う?もし君が16歳の多感な少女で、今まで知りえなかった秘密を告げられるとするなら、どういう風に告げられたい?」
「あら、そんなこと私に聞いてどうするおつもりです?」
「女性の感性は、やはり女性にしか判らない。多感な少女であれば尚更だ。だから、参考までにちょっと聞いてみたくてね」
ソロモンは、どこか愉快そうにそう言って、再びコーヒーカップを持ち上げながら、柔和に微笑するのだった。
そんなソロモンの優美な顔を見つめたまま、オリヴィアは、さも可笑しそうに言うのである。
「だったら、私よりもナナミに聞いた方が良いかもしれませんよ?年齢的には、ナナミの方が“イヴ”の年齢に近いですし」
「いや、君の意見が聞きたいんだよ、オリヴィア。君はナナミより物事をよく知っているし、冷静な判断力がある」
「いいんですよ、年の功だって言っても」
オリヴィアは、少々複雑な顔つきをしながら紅いルージュの唇をもたげた。
その表情に、ソロモンは、殊更困ったように眉根を寄せると、「すまない、俺の言い方が悪かった。そういう意味じゃないんだ、オリヴィア」と素直に謝罪する。
相変わらずのソロモンに、殊更可笑しそうに微笑して見せると、オリヴィアは、片手でブロンドの髪をかきあげながら、「わかってますよ」前置きして、徐に口を開くのだった。
「そうですね・・・・・・いきなり、見ず知らずの人間に言われるよりは、誰か、親しい人間に教えられた方が、事実は事実として、すんなり受け入れられるかもしれません。例えば、家族であるとか、友人であるとか・・・恋人であるとか」
「・・・・・ならば先に、彼女の養父母にこの事実を伝えた方がいいだろうな」
「そうですね。あとは、ハルカと彼女を親しくさせるように仕向ける・・・とか。艦長が、以前ルツにそう仕向けたように」
そう言ってオリヴィアは、ワイン色の制服を纏うならだらかな肩を、ひどく愉快そうに揺らしたのだった。
ますます困ったような顔つきになったソロモンが、歯切れ悪く答えて言う。
「仕向けるだなんて・・・そんな人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺は何もしてはないよ。結果的にそうなっただけの話で・・・」
片手で口元を抑えながら、オリヴィアは、くすくすと笑った。
「あら、そうだったんですか?私はてっきり、上手く仕向けたのかと思っていましたわ」
「あくまでもきっかけを作っただけだよ。後のことは、全部ルツ自身の選択だったんだ。だから、あえて何も言わなかったんだよ」
「知ってますよ。これでも、もう15年、艦長の下で働いていますからね。艦長の見た目の歳、追い越してしまいましたわ」
「君までヒルダのようなことを言わないでくれ。オリヴィア、君も、全然変わってはいないよ」
「それは、誉め言葉として受け取っておきますわ」
「そうしてくれ。実際に誉めているんだから」
広い肩で大きく息を吐きながら、ソロモンは、片手に持ったままでいたコーヒーのカップに、その唇を押し当てたのだった。
その時である。
天井のスピーカーから、艦内通信アラームが鳴ると、そこから、ひどく焦ったような女性の声が響いてきたのだった。
『レムリアス!大至急第二ラボまで・・・っ!ノルドハイム博士が・・・・っ!ノルドハイム博士が・・・・っ!!』
セラフィムの艦長であるソロモンを、ファーストネームで呼ぶ女性は、この艦内にあってたった一人しかない。
それは、ハルカのナニーであるタイプΦヴァルキリー、イルヴァである。
イルヴァは、ここのところずっと、ヒルダ・ノルドハイム博士のラボに入って、その研究の助手を務めていた。
そんな彼女からの艦内通信である。
だが、あまりにも様子がおかしい。
ソロモンは、驚いた様にその両眼を見開くと、手に持ったコーヒーカップをデスクに置き、珍しく慌てた様子で立ち上がる。
イルヴァは、確かに今、「ノルドハイム博士」と言った。
ヒルダに、何かあったのかもしれない・・・そんな漠然とした不安が、その心の縁を掠め通っていく。
「オリヴィア、直ぐに戻る!」と言ったソロモンが、俊足でその場を駆け出した。
銀色の長い髪を広い背中で揺らしながら、その後姿は、オート・ドアの向こう側へと急速に消えていく。
「イエッサー」と返答し、オリヴィアは、心なしか心配そうな顔つきで、そんなソロモンを見送ったのだった。
長い通路に走り出たソロモンの胸に、何故か、重苦しい感情が過ぎっていく。
漠然とした、確定要素のない重い不安。
それは、ブリッジの通路で、ヒルダの背中を見送った時に感じたあの感覚と全く同じものであった。
やはりヒルダは、何かを隠している。
とても嫌な予感がする。
数十年前に感じたそれと寸分も違わない、哀しみの予兆。
大切なものを失う時にだけ感じる、それは悲哀の予感だった。
ミウ・・・・
君の時と同じだよ・・・・
 君も、いなくなったりしないと言った・・・
 ヒルダも、この船を降りないと言った・・・
 全部、あの時と同じだよ・・・
ミウ・・・・
忘れるはずもない遠い記憶の中で、オレンジ色の髪をした美しい少女が、艶やかに微笑んでいた。


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