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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第64回   【LASTACT ぬくもりを抱く優しい闇】9
それは、ハルカにも言えることだが、根本的な芯の強さは、ハルカよりもリョータロウの方が、よりソロモンに近いものを持っているのかもしれない。
ハルカにとっては、リョータロウもソロモンも家族と同じだ。
そして、相変わらずそんな二人のことを愛しており、憧れの対象でもある。
ソロモンの言葉がそうであるように、リョータロウの言葉もまた、やけに安心感があり、とても心強いのだ。
だが、ハルカはNW−遺伝子児であり、リョータロウは決してNW−遺伝子を持つ人間ではない。
やがて、愛すべき家族と言えるリョータロウとも、必ず別れなければならない時が来る・・・
何故、自分が完全なNW―遺伝子児として産まれてきたのか、何故、NW−遺伝子という特殊な遺伝子を、ガ―ディアンエンジェルが作り出したのか、それは確かに大きな疑問であるが、それでも、今は、そんなことを考えるよりも、リョータロウの言葉通り、基礎トレーニングでもしていた方が、自分のためになるのかもしれない。
耳元で切りそろえられた艶やかな黒髪の下で、ハルカは、どこか切なそうに、しかし誇らしそうに笑ったのである。
そんなハルカを、実に訝しそうな顔つきで見やりながら、リョータロウは、こんなことを口にするのだった。
「なんだよおまえ?泣いたと思ったら、急に笑いやがって?なんか気持ち悪いぞ・・・」
その言葉に、ハルカの笑顔が、今度は、どこか拗ねたような表情になった。
「なにそれ?気持ち悪いって・・・っ、失礼でしょ?」
「何女みたいなこと言ってんだよ?それじゃなくても女みたいな顔してるんだから、もう少ししゃんとしろよ」
「しゃんとしてるよ!」
「だったら、何かある度にぴーぴー泣くなよ」
「・・・っ!」
痛いところ突かれたハルカが、思わず顔を赤くして、バツが悪そうにリョータロウの顔を仰ぎ見た。
リョータロウは、精悍な唇で底意地悪く笑いながら片手を伸ばすと、その大きな掌で、いつものように、ハルカの頭をくしゃくしゃと撫でまわしたのだった。
「おまえ、ほんっとその性格変わらねーよな?」
「リョータロウだって、意地悪なとこ全然変わってないでしょ?少しはナナミちゃんに優しくしてあげてよ!」
「この話にナナミは関係ねーだろ、何言ってんだおまえ?」
「何か飲むか?」と続けて、リョータロウは、愉快そうに唇をもたげながら、一度胸のポケットにしまったIDカードを再び取り出し、自販機のセンサーにかざしたのだった。
「コーラ」と返答し、ハルカは、大きく深呼吸する。
ツァーデ小隊の隊長であるリョータロウの顔と、兄代わりであるリョータロウの顔はやはりどこか違う・・・・そんなことを思いながら、ハルカは笑って、自販機に背中を凭れさせた。
コーラのカップをハルカに差し出しながら、リョータロウもまた、自販機にその広い背中を凭れかける。
素直にカップを受け取りながら、ハルカは、艶やかなストレートの前髪の隙間で、傍らのリョータロウをちらりと顧みると、ふと、素朴な疑問を口にしたのだった。
「リョータロウ、なんで、こんな時間まで起きてたの?しかも、軍服脱いでないよ?」
「デスクワークに決まってんだろ?これだから、指揮官職なんて嫌だって言ったんだよ」
ひどく不満そうな口調でそう言って、冷めかけてしまったコーヒーに唇をつけると、リョータロウは、横目でハルカを振り返る。
余りにもリョータロウらしいその言い方に、ハルカは、可笑しそうに笑った。
「指揮官が嫌だって・・・戦艦指揮官プログラムは受講してるんでしょ?」
「してるよ・・・。やってらんねー・・・まだまだカリキュラム残ってるし。ソロモンの野郎、俺を殺す気だよ」
「レムルは、リョータロウなら、多少無理させても大丈夫だって思ってるんだよ」
「多少どころじゃねーだろ?こっちはこっちで大変だってのに・・・・何が戦艦指揮官だよ。狂犬を大人しくさせるだけだって苦労してるのに」
眉間のしわを殊更深くしたリョータロウが、思わずそんな事を口にする。
ハルカは、きょとんと目を丸くして、素っ頓狂な表情で聞き返すのだった。
「きょ、狂犬?狂犬て・・・・なに?」
広い肩で大きくため息つくと、リョータロウは、コーヒーを含みながら答えて言う。
「フレデリカのことだよ」
「・・・・・な、なるほど・・・・狂犬か・・・そうか」
思わず苦笑しつつも、思い切り納得して天井を仰ぐと、ハルカは、今日の命令不従順は凄かった・・・と、妙なことに感心してしまうのだった。
リョータロウと、ツァーデ小隊に配属されたばかりの女性パイロット、フレデリカ・ルーベントの間で交わされた戦闘中の会話は、ツァーデ小隊全員が通信回線を通して聞いていた。
セラフィムに帰艦した隊員達が、その更衣室で、ひどくリョータロウを気の毒がっていたのもまた事実だった。
フレデリカは、戦闘空母エステルの艦長ヘレンマリア・ルーベントの一人娘であり、その気の強さと言動の奔放さは、ツァーデ小隊のみならず、別小隊のパイロット達の間でも、瞬く間に噂となった程である。
そんな彼女を諌(いさ)めなければならないリョータロウの苦労が、なんとなくだが、ハルカには理解できた。
リョータロウは、もう一度深く息を吐くと、なんとも複雑な表情で天井を仰ぐ。
「まぁ、あいつに怪我させたのは俺の責任だからな・・・・悪態ばっかつく訳にいかないけど」
「でも、あれは仕方ないじゃない?だって、リョータロウが撃たなかったら、ルーベント大尉は間違いなく撃墜されてたよ」
ハルカは、綺麗な眉を潜めながらそう言うと、実に気の毒そうな視線で、リョータロウの端整な横顔を、まじまじと見つめすえたのである。
リョータロウは、癖のかかった長い前髪の合間で、凛と強い黒曜石の瞳を幾分かの自責で細めながら、静かにこう答えるのだった。
「いや・・・あいつを止められなかったのは、俺のせいだ。部下を諌めるのは上官の仕事だ、でも、それが出来なかったってことは、やっぱ、俺の力不足なんだろ」
「そうかなぁ・・・?」と怪訝そうに呟いて、ハルカは言葉を続ける。
「なんで、ルーベント大尉は、あんなことしたんだろう?なんか、わざと無理してるって言うか、変に突っ張ってるって言うか・・・リョータロウを試してるっていうか・・・
リョータロウに、気にしてもらいたいんじゃないの?」
「なんだよそれ?訳わかんねーよ」
なんとも納得いかない顔つきで、リョータロウは、体ごとハルカを振り返った。
ハルカは、うーんと唸りながら何かを思案すると、カップに口をつけながら言うのである。
「ルーベント大尉って、『アルキメデスの蜂起』の時に、リョータロウとプラトン攻防に参加してたんだよね?その時から、もうリョータロウのこと気になってたんじゃなの?
ライバル心ていうか・・・なんて言うか・・・それが捻くれちゃったっていうか・・・」
 「捻くれたライバル心ね・・・・」
 ハルカの言うことは一理あるかもしれない・・・と、リョータロウは、形の良い眉を潜めながら、冷めたコーヒーを口に含む。
 ハルカは、そんなリョータロウの顔を見つめたまま、更に言うのだった。
「同等に見てもらいたいんじゃないかな?認めて欲しいっていうか・・・」
「同等?同等もくそもあるかよ・・・・・これでも、俺は一応上官なんだぞ、それなりにやんなきゃなんねーだろ?」
「・・・それもそうだけど・・・きっと、それが気に入らないんだよ」
「もしそうだとしたら、俺が隊長職を下りるまで、あいつはあのまんまってことだな・・・」
やけにげんなりした様子で、リョータロウは、三度大きくため息をつく。
そんなリョータロウの表情に、ハルカは、殊更気の毒そうに、しかし、どこか可笑しそうに笑ったのである。
「でもきっと、何か方法はあるよ。リョータロウは女心に疎いから、まずそこから直してみたら?」
「なに言ってんだよ?関係あるかよそんなことっ」
「そうかな?でも、ルーベント大尉は女性だよ?その辺も少し認めてあげたら?同じパイロットでも、やっぱり、女性と男性は何か違うと思うよ」
「なんだよおまえ?やたらと語るじゃんか?」
「だって、レムルがそう言ってたんだもん」
「受け売りかよっ?」
「え?でも、レムルの言うことは大抵当ってるよ?リョータロウも、それはよく知ってるでしょ?」
「・・・・・・・・」
確かに、ソロモンの言動は、その的を外すことなど無い・・・少なくとも、リョータロウが知る限り、ソロモンは一度も、大きな指摘違いをしたことなど皆無だった。
リョータロウは、なんとも複雑な顔つきをしながら、再び天井を仰ぐのである。
もしフレデリカが、ハルカの言葉通り、捻くれたライバル心からリョータロウに同等を求め、そして、女性として扱われることまで望んでいるのだとしたら、あまりにも複雑怪奇なその要求を、一体どう処理しろというのか。
それを考えるだけで、ひどい頭痛がしてくる。
すっかり面倒臭くなったリョータロウは、急に疲れた顔つきをすると、ぼりぼりと頭を掻きながら、首に下げたペンダントを揺らしてハルカに背を向けたのだった。
「考えてられるかよ、まったく面倒臭ぇ・・・・・・もう寝る」
「あ、待ってリョータロウ!僕も部屋に戻る!」
ハルカは、自販機ブースを出て行くリョータロウを慌てて追いかけると、その傍らに追いついた。
早足で歩くリョータロウの胸元で、シルバーのペンダントトップが、銀鈴の如き涼やかな音を立てている。
ハルカは、緩やかに揺れる円柱型のトップを、ちらりと横目で見やると、少女のようなその顔を、感慨深げな表情に満たしたのだった。
五年前から、ずっとリョータロウが身に着けている『星の欠片』は、今も、その暖かなぬくもりの中で、リョータロウを見つめているのだろう。
『星の欠片』の主が、一体どんな女性であったのか、ハルカも詳しくは知らない。
リョータロウは、あまりその話をしたがらないため、しみじみ聞くこともなかった。
だが、その『星の欠片』の主が、リョータロウにとって、特別な存在であったことだけはよく知っている
そして、その人を失ったがために、リョータロウが、自分を慕う異性をあえて遠ざけていることも。
変なところまで、レムルに似てるんだから、リョータロウは・・・そう言ったら、きっとリョータロウはまた否定するのだろう。
渋い顔つきをしながら自らの額に片手をあてがうリョータロウを、まじまじと見やったまま、ハルカは、少しだけ困ったように眉根を寄せて、ついついこんなことを口にするのである。
「ねぇ、リョータロウ。とりあえずさ、ナナミちゃんだけには優しくしてあげようよ。ナナミちゃん、いつも一所懸命なんだからさ」
「またナナミの話かよ?おまえ、ほんとナナミびいきだよな?」
額にあてがった指の隙間から、すっかり呆れ返った様子でハルカを顧みると、リョータロウは何故か大きくため息をつく。
「だって、ナナミちゃんは僕の親友だよ?」
「ゲーム仲間の間違いだろ?あいつ、ゲームだけはおまえと対等に渡り合えるからな」
「ゲームだけって・・・っ、ひどいよリョータロウ!ナナミちゃん、すっごく優秀なオペレーターじゃない?ほんっとに認めてあげないんだから!ナナミちゃんが可哀想だよ!」
「狂犬女の相手をしなきゃならない俺の方が、よっぽど可哀想だよ」
「それはリョータロウの仕事でしょっ?ナナミちゃん、いつも必死なんだかさぁ!」
「俺だって必死だよ!」
D第一ブロックの長い通路に、ハルカとリョータロウのいつもの会話が響いていく。
修復作業の進むセラフィムの銀色の船体は、赤いマーカーランプを点滅させながら、星のしじまを横切っていった。


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