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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第63回   【LASTACT ぬくもりを抱く優しい闇】8
            *
バートでそんな妙な騒ぎが起こっていた頃、バートとは別の外洋宇宙を航行するガーディアンエンジェルの戦闘空母セラフィムでは、一際落ち込んだ様子のハルカ・アダミアンが、セラフィムのD第一ブロックに設置された自販機ブースで、大きな窓から星の海を見つめていた。
セラフィムのD第一ブロックは、長い航海を艦内で過ごす乗組員達のプライベートセクション(専用居住空間)である。
既に就寝時間を迎えているD第一ブロックは、やけにひっそりと静まり返り、今、起きているのは、当直の船員達とハルカぐらいなものなのであろう。
窓辺に映った、片頬に大きな絆創膏を貼った自らの顔をちらりと見やって、ハルカは、大きくため息をつくと、Tシャツの肩を竦めながら、端整な唇を噛締めたのだった。
僕のせいだ・・・僕が、ガブリエラを守りきれなかったから・・・
トーマは・・・
この広大な宇宙の色に似た澄んだ黒い瞳が、ひどい自責を宿して潤んでいく。
艶やかな黒髪の下で、少女のように繊細なその顔が、一際悔しそうに歪められた。
戦艦ワダツミに拘束されたギャラクシアン・バート商会の若き専務の行方は、まだ判明していない。
聞くところによると、かなりの重症を負っているという。
全部、僕のせいだ・・・
僕が、こんなだから・・・
僕が、もっとしっかりしてれば、トーマだって、無謀なことなんかしなかったはずだ・・・・
自らの不甲斐なさに苛立ちを覚えつつ、それでも、自身だけではどうしようも出来ないこの現状の悔しさに、心の縁が激しく痛んだ。
ハルカは、窓際に掛けた両腕に、艶やかな象牙色の頬を埋め、思わず泣き出しそうになりながらも、それを堪えるようにぎりりと奥歯を噛締めた。
今の自分が、出来ることは一体なんなのだろう。
いくら『完全なNW−遺伝子』を持つ身だといっても、経験不足だけは、どうしても補うことは出来ない。
レイバンパイロットとしての操縦技術も、戦闘員としての能力もそうだ。
トーマは、ハルカに向かって「大らかで優しい」と言っていたが、その実、単に勇気が無いだけなのだと、ハルカ自身は思うのである。
その勇気の無さが、今回の事態を招いたのだとしたら、もはや自分は、レイバン部隊の隊員には相応しくないのかもしれないと、そう考えたくもなる。
ハルカは、まだ、16歳の少年だ。
子供でもないが、かといって大人でもない。
大人として生きるには、まだまだ人生経験が足りない。
NW−遺伝子児であるが故、その頭脳は科学者並みではあるが、だからといって、それだけで何でもこなせるという訳でもない。
戦闘は経験値だと、トーマも、そして、上官であり兄代わりであるリョータロウもそう言っていた。
ハルカには、圧倒的にその経験値が足りないのだ。
前向きに考えれば、それは年と共に培われていく、だが、この時点でそれが欲しいと願っても、早々手に入るものでもない。
トーマは、無事なのだろうか・・・・
ガブリエラは、無事にトライトニアに戻ったのだろうか・・・・
デボン・リヴァイアサンがコンサート会場を襲撃して来た時、きちんとガブリエラを守っていたならば、トーマが、ワダツミに拘束されることもなかっただろう・・・
繰り返し浮かんでくる後悔に、黒い瞳に浮かんだ涙が零れそうになる。
その時だった、不意に、そんなハルカの耳に、もう聞きなれた青年の声が飛び込んできたのである。
「何やってんだこんなところで?まだ起きてたのか?」
ハルカは、びくりと肩を震わせて、零れそうになった涙を慌てて拭うと、焦ったように背後を振り返ったのである。
その視界に飛び込んできたのは、シルバーグレイの軍服を着崩した、長身の青年の姿であった。
黒茶色の癖毛と、その長い前髪から覗く、凛と強い黒曜石の瞳。
シャープな印象を与える切れ長の目元と、端整で精悍な顔立ち。
広い額から右目の下まで刻まれた細い傷跡が、その精悍さを殊更威圧的に見せている。
怪訝そうな顔つきでそこに立っていたのは、ハルカが慕って止まない、リョータロウ・マキだったのである。
「リョータロウ・・・・」
ひどく情けない表情と声色で自分の名を呼んだハルカに、リョータロウは、端整な唇をさも愉快気にもたげると、自販機にIDカードをかざしながら、可笑しそうに言うのである。
「なんだおまえ?またそんな顔して?落ち込んでるのか?」
「・・・・・・っ」
ハルカは、再び黒い瞳を涙で潤ませて、それを堪えるように唇を噛締めると、思わず押し黙った。
そんなハルカを横目で見やり、熱いコーヒーの入ったカップを取り出しながら、リョータロウはからかうような口調で言葉を続ける。
「今日は、イルヴァに泣き付かなったみたいだな?まぁ・・・・それだけでも成長だ。一端のツァーデ小隊隊員が、いつまでもマザコンじゃ困るからな」
リョータロウがそう言うやいなや、爪先で床を蹴ったハルカが、全力疾走でリョータロウの胸に抱き付いてきたのである。
「リョ・・・リョータロウ――――・・・・っ!」
リョータロウは、慌てふためいた様子で片手を上げ、掴んでいたコーヒーカップを庇うが、流石に、その手の甲に中身が飛び散って思わず声を上げてしまう。
「熱っちぃ・・・っ!?おいっ!いきなりなんだよっ!?」
リョータロウの形の良い眉が眉間に寄り、訳がわからないと言った顔つきをしながら、自分の胸にすがりついてきたハルカをまじまじと見やる。
そんなリョータロウの軍服を両手で掴んだまま、ハルカは、にわかにぽろぽろと大粒の涙を零し始めると、顔を真っ赤に上気させて叫ぶように言うのだった。
「リョータロウ!ぼ、僕!僕、本当にレイバンパイロットやってていいの!?ツァーデ小隊でいいの!?トーマは!トーマは僕のせいで・・・っ!僕のせいで拘束されたんだよ!?僕がっ、僕がガブリエラを守れなかったせいで・・・っ!僕に、誰かを守る資格なんてあるの!?トーマ、大怪我してるんだよね!?僕がちゃんと警護を果たしてたら、こんなことにはならなかったんだよね!?」
堰を切ったように一気にそうまくし立てたハルカに、リョータロウは、コーヒーカップを持った手を下ろしながら、なにやら呆れ返った様子でため息をついた。
「何言ってんだよおまえ?おまえは、メルバで正式にパイロットの資格を受けて、ソロモンにツァーデ小隊入隊を承認された上でレイバンに乗ってるんだろう?いいも悪いもあるかよ・・・・」
「そうじゃなくて!僕は!僕は・・・っ!!」
顔を上げたハルカが、涙の雫を飛び散らせながら、リョータロウの言葉に反論しようとした、しかし、リョータロウが口を開く方が速かった。
「おまえはレイバン部隊のパイロットだ。その上、俺の部下だ。俺はおまえを、ツァーデ小隊の隊員だって認めてる」
その言葉に、ハルカは、綺麗な頬に幾筋もの涙を零したまま、ぴくりとTシャツの肩を揺らしたのである。
リョータロウは、落ち着き払った冷静な声で言葉を続ける。
「確かに、おまえは、警護任務を果たせなかった。だけどそれは、“おまえ自身”のせいじゃなくて、“おまえの経験が足りなかった”せいだ。トーマの件もそうだ。おまえは戦闘経験が浅い、でも、トーマは違う。トーマは民間人だ、だが、軍人並みの戦闘経験がある。
だから、勝算を見込んで“イヴ”を追ったんだ。わかるか?あいつが拘束されたのは、おまえのせいじゃない。トーマは、そうなることを覚悟した上で、ワダツミに乗り込んだんだ」
 「・・・・・・・」
「おまえが責任を感じる必要はない。きっとトーマも、拘束されたのはおまえのせいだなんて思っちゃいない。それに、トーマが、そう簡単に殺されるような奴じゃないこと、おまえだって知ってるだろ?仮にも宇宙一物騒な運送会社の取締役だぞ?
余計なこと考えてるぐらいなら、基礎トレーニングでもしてろ・・・っつーか、ガキや女じゃあるまいし、そう泣くなよ。おまえ、一体幾つになったんだ?」
リョータロウは、嗚咽するハルカを見つめたまま、言葉とは裏腹な、やけに柔和な表情で微笑したのだった。
その言葉に、ハルカは、慌てて頬を伝う涙を片手で拭うと、未だに潤む澄んだ黒い瞳で、リョータロウの凛と強い黒曜石の瞳を、真っ直ぐに見つめ返したのである。
わだかまる思いを口に出したせいか、ふと、落ち着きを取り戻したハルカが、少々バツの悪そうな顔つきをしながら、それでも、どこか安堵したように唇をもたげた。
「リョータロウにそう言われると・・・・ちょっと安心する・・・リョータロウ、なんだか、最近、ますますレムルに似てきたね?」
「はぁ?馬鹿言うなよ・・・っ」
リョータロウは、形の良い眉を軽く眉間に寄せて、僅かばかり不満そうな表情をすると、片手でぼりぼりと頭を掻きながら言葉を続けた。
「俺はあんなに気障ったらしくねーよ」
「そうかな?十分気障だと思うけど」
ハルカは、悔しさの泣き顔を、いつものくったくない笑顔に変えて、何故か誇らしそうにそう返答した。
「ふざけるなよおまえ・・・・っ、俺の何処が気障だって?」
「え?だって、リョータロウの言う事、レムルの言う事にそっくりじゃない?レムルに似てるってことは、それって、やっぱり気障なんだよ」
「似てねーよ!」
ますます不満にそうに眉間のしわを深くしたリョータロウを、ハルカは、尚も涙を拭いながら可笑しそうな視線で顧みる。
リョータロウは、12歳の頃から、ずっとソロモンの指揮する船の中で育ってきた。
ある意味ソロモンは、リョータロウにとっての兄代わり・・・いや、父代わりも同じであった。
多かれ少なかれ、その影響を受けていてもおかしくはない。


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