ルツは、ショーイを励まそうとしてる・・・それは、言動と行動から明白なことだった。 前任の通信士ジャック・マクウェルがバートを降りて地上勤務になった時、セラフィムのブリッジオペレーターだったルツに、『バートに来ないか?』と声を掛けたのはトーマだった。 トーマがいなければ、今、此処にこうして、ルツがいることもなかっただろう。 切なそうに紺色の瞳を細めたショーイが、ルツの綺麗な唇に軽く唇を重ねて、ついばむように接吻(くちづけ)する。 眠れそうにないのは、確かに事実だった。 トーマが、バートにいない。 たったそれだけだ。 だが、それはショーイにとって、極めて重大な、憂うべき事柄だった。 そんなショーイの思いを、ルツは敏感に察知している。 「トーマは無事よ。兄さん思いのトーマが、あなたを置いて死ぬ訳ないわ・・・・すぐに帰ってくるわよ。脳天気に笑いながらね」 ルツは、そう言って三度微笑すると、ショーイの紺色の瞳を見つめてから、その広い額に接吻(くちづけ)するのだった。 両腕でルツの体を抱き締めると、ショーイは、そのなだらかな肩越しから、憂うる眼差しを点けっ放しのモニターに向ける。 すると。 そこに映し出されていた探索グラフィックに、全く不意に、微かな電波受信反応が表示されたのだった。 「・・・・・・」 その瞬間、ショーイの唇が小さく笑った。 「ルツ・・・君は幸運の女神だ」 「え・・・っ?な、なによ急にっ?」 余りにも突拍子もないその言葉に、ルツは、怪訝そうに蛾美な眉を眉間に寄せる。 ショーイは、咄嗟に船長席を立ち上がると、そんなルツの体を片腕に抱えるようにしながら、片手で素早くコンソールパを叩いたのだった。 ルツは、訳がわからずきょとんと目を丸くすると、ショーイの首に抱き付いたまま、ゆっくりとモニターを振り返る。 そして、そこに表示された位置情報を目にして、ハッとその肩を揺らしたのだった。 「ショーイ・・・・これ!この座標軸って・・・っ、もしかしてっ」 「トーマの通信機がある場所・・・つまり、トーマの居所、という事になるかな」 知的な唇をニヤリともたげて、ショーイはルツを顧みる。 ルツは、歓喜したように、その表情を明るくした。 「トーマは、無事なのね!?」 「生体反応はグリーン。恐らく、無事だろう。ワダツミの乗員に通信機を破壊されない限り、バートなら、この電波を追っていける。とりあえず、無事ならそれでいいんだ・・・・トーマが無事なら、それで」 どこか安堵したようなショーイの声が、静まり返ったブリッジに響き渡った、その次の瞬間だった。 「うわぁ!」っという悲鳴と共に、いつの間にやら手動モードに切り替えられていたオート・ドアが突然開き、そこから、大の男4名が、派手な音を立てながらばたばたとブリッジの床に転がってきたのである。 ルツは、驚いたように背後を振り返り、そして、ショーイは、さも愉快そうな表情をしながら、いつもの通りの冷静な口調でこう言ったのだった。 「おやおや・・・・全員そろって覗きとはね。そんなにトーマを心配してくれたのかな?それとも・・・・・・なにか他に、不純な動機でもあったのかな?」 文字通りそこに転がり込んできたのは、他でもない、バートに乗船する船員達であったのだ。 「いや!違うっす船長!!そんなことないっす!!マジ、トーマさんのことが気になっただけっす!!」 いち早く床の上から飛び起きながら、誤魔化すような愛想笑いで整備士のフウ・ジンタオがそう言った。 「嘘つけよ!おまえが最初に覗いてたんだろうが!?ぜってー不純動機だろう!?」と、そんなことを叫びながら、本来は機関士であるフランク・コーエンが、やたらと機敏な仕草で床の上から跳ね起きた。 「痛って〜・・・っ、ク、クラス、どいてくれる?」と、実に情けない声でそう言って、同僚達の下敷きになっていた操縦士兼整備士、タイキ・ヨコミゾが、倒れ伏したまま悲痛な顔つきをする。 「わ、悪りぃタイキ・・・いや、フウの奴が押したからさっ」と、バツが悪そうにそう言ったのは、機関士のクラス・オーベリだった。 綺麗な頬を赤く上気させ、咄嗟にショーイから離れたルツが、長い黒髪の下で蛾美な眉を吊り上げる。 「あ、あなた達・・・・っ、一体そこで何してたのよ!?」 「ち、違うっす姐(あね)さんっ!フランクが悪いんすフランクが!ちゅー覗き見しようって言ったのフランクっす!!俺じゃないっす!!」 慌ててそんなことを口走りながら、引きつった顔でフウが後退りした。 「うわ!きったね!俺かよ!?俺のせいにすんのかよ!?先に言い出したのおまえじゃねーかよ!?」と、ムキになってフランクが反論。 その言いように、ルツの綺麗な顔が鬼気迫る形相に歪められた。 「あなた達・・・・悪趣味なのにも程があるわ・・・・っ!!もう!!好い加減にしてよね!!ほんっとにいやらしいんだから――――っ!!」 怒り心頭したルツが、履いていたブーツを凄まじいほど俊敏さで脱ぎ捨てると、フウとフランク目掛け、思い切りそれを投げつけたのだった。 「暴力反対――――っ!!」 そう叫んだフウとフランクの額に、ブーツのヒールが直撃する。 その惨劇を目の当たりにしたタイキとクラスが、慌ててほふく後退し始めた。 しかし、ジロリとそれを睨んだルツの手が、今度は、船長席のコンソールに置いていあったドリンクポットを掴み上げる。 豪速で投げつけられたドリンクポットが、見事なほどの正確さでクラスの頭を直撃し、鈍い音を上げて跳ねたそれが、傍らのタイキの頭にまで到達する。 二人は、「ぎゃぁっ」という悲鳴を上げて、床の上でうずくまった。 「ほんとに!油断も隙もあったもんじゃないわ!!」 ルツは、両手を細い腰にあてがいながら、さも恐ろし気な顔つきをして、揃いも揃って頭を抱えた船員達をぐるりと見回したのである。 それを横目で見ていたショーイが、小刻みに肩を震わせながら、必死で笑いを押し殺した。 高飛車な冷静さを誇るバートの船長が、船員達の前で笑うことなどそうそうあるものではない。 だが、ルツがバートに来てから、こうやって笑う回数が増えたのもまた事実である。 鮮やかなブルーの装甲板を煌かせながら、武装高速トランスポーター『バート』が、色とりどりの星々が瞬く外洋宇宙の横切っていく。 バートが、ファイマール星系の工業惑星アーバンに到着し、とある音楽プロデューサーから、新たな積荷の依頼を受けるのは、この時より、三日の後のことであった。
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