『おまえ・・・名前は?生年月日は?』 ショーイが、そう聞くと、トーマは、余りにも突拍子のないその質問にきょとんとして、弱冠戸惑い気味にこう答えたのだった。 『トーマ・・・トーマ・クラレンス・ワーズロック。えと、生年月日は・・・SG2567.9.23。なんでそんなこと聞くんだよ?』 その瞬間、ショーイは、思わず吹き出した。 なんだか、やたらと可笑しく思えて仕方なかったのだ。 父は行方不明になったまま、既に母は亡くなっていた。 もう、この世に家族と呼べるものは、誰一人としていないと思っていた。 しかし・・・まさか、すれ違うたびに、懲りもせず話し掛けてきていたこの少年が、家族と呼べる人間の一人だったなんて、皮肉とも言うべき偶然に笑わずにはいられなかったのだ。 あのお節介な艦長は、きっと、ショーイに兄弟がいることを最初から知っていたいたのだろう。 どこまでも無意味に親切な“ハデスの番人”に、ショーイは、ある種の敬意を表したくなった。 訳がわからずきょとんと目を丸くしているトーマに、くすくすと笑いながら、ショーイはこう言ったのである。 『それを送ってきたの、ガ―ディアンエンジェルの戦艦艦長だろ?本当にお節介な人なんだ、ケルヴィムの艦長は・・・っ』 その言葉に、トーマは、驚いたように声を上げた。 『な、何でそれ知ってるんだよ!?』 『僕の名前は、ショーイ・アレクシス・オルニー・・・生年月日はSG2567.4.5。 父親の名前は、ブライアン・フォード・ワーズロック・・・どうやら僕達、兄弟だったみたいだ。五ヶ月と18日、僕の方が生まれが早い、ということは、僕が兄、ということになるね』 『・・・・う、嘘ぉぉぉ――――っ!?』 あの時の素っ頓狂なトーマの顔を、ショーイは、今でもよく覚えている。 そして、その後、トーマは、何故か、あっけらかんと笑ってこう言ったのだった。 『そっか・・・俺、兄弟がいるんだ。お袋は死んじゃったしさ、親父もどこにいるかわからないし、正直、もう自分一人だと思ってたからさ。なんか、すっげー嬉しいわ・・・二人いればなんとかなるよな、一人より心強いしな!』 二人いればなんとかなる、一人より心強い・・・・その言葉は、余りにも楽天的で根拠のない言葉だった。 しかし、やけに暖かな言葉でもあった。 その時、お互いの間に、不思議と憎しみなど湧いてはこなかった。 二人とも、母親を亡くして孤児同然だったからかもしれない。 それからショーイは、ガーディアンエンジェルからの“スカウト”を断り、自ら会社を立ち上げることを計画し、着々とその準備を進めていった。 自分の知識を生かしながら、トーマのパイロット技術も生かせ、尚且つ需要があり利益も見込める職種。 それを見当した結果、選んだ選択肢が、広域宇宙運送業だったのである。 ショーイが起業準備を進めている間、トーマは、内定を受けていた小さな旅客会社でパイロット技術の向上に勤め、『バート』を手に入れた後、そのままギャラクシアン・バート商会の経営者兼操縦士となった。 そんな運びになったのも、“ハデスの番人”が妙な気遣いをしてくれたお陰なのだろうと、今更ながらショーイは思う。 “ハデスの番人”などという強面なニックネームで呼ばれながら、レムリアス・ソロモンは、実にお節介で律儀な男である。 それを愉快に感じながら、今や、アルキメデスの首都プラトンに、本社ビルまで構えるようになった若き実業家は、肘掛に頬杖をつくとため息と共に静かに瞳を閉じたのだった。 初めてお互いの関係を知って以来、いつも傍にあったトーマの姿が、今、此処には無い。 セラフィムの通信サーバに残されていたトーマの映像を、渋るソロモンから無理矢理バートに送信させたのは、ショーイ自身だ。 あの映像は、確かに、不安と心配を助長させるような映像だった。 だからといって、それを目にしたことを後悔するでもない。 トーマは、血の繋がった唯一の家族であり、最良のパートナーだ、そんなトーマが置かれた状況を正確に把握するのもまた、兄としての勤めのはずだ。 銃弾を受け、全身を鮮血に染めながら、トーマは、ソロモンに向かって「撃て」と言っていた。 実にトーマらしい言葉だ。 端整で繊細なショーイの顔に、不安と憂いが入り混じる複雑な翳りが落ちた時だった。 静まり返るブリッジに、オート・ドアが開く音が響き、そこから、誰かが中へと足を踏み入れてきたのである。 ショーイは、その人物を振り返らない。 振り返らなくても、足音だけで、それが誰だかすぐに判る。 その人物は、何の遠慮もなく船長席の傍らに立つと、長い黒髪をさり気無く片手でかき上げながら、頬杖をつくショーイの顔を、上からそっと覗き込んだのだった。 「・・・・もう寝たら?バートは輸送船なのに、いつスクランブルが鳴るか判らない船なんだから。少しは休んでおかないとね」 ゆっくりと瞼を開いたショーイの瞳を、長い睫毛に縁取られた黒い瞳が、真っ直ぐに見つめている。 どこか困ったように微笑する裸唇と、艶やかな褐色の肌に彩られた綺麗な顔立ち。 私服姿でそこにいたのは、戦闘空母セラフィムのブリッジオペレーターから、バートの通信士となったルツ・エーラだったのである。 ショーイは、細めた視線でルツの綺麗な顔を見つめ返しながら、「そうだね」と答えた。 ショーイが、心なしか疲れたような顔をしているのは、決してルツの気のせいではないだろう。 ルツは、そんなショーイの内心を察している。 きっと、ショーイは、トーマのことが気になって仕方ないのだ・・・ 自ら望んだ事とはいえ、あんな映像を見たからには、心配にならないはずもない。 本来は、豪胆で命知らずなバートの船員たちも、そしてルツ自身も、全身を血に染めたトーマの姿を目の当たりにして、一瞬言葉を失った。 そんな中にあって、ショーイは、冷静で落ち着き払った表情を保ったままだった。 それはきっと、人一倍驚愕したことを隠すためのカモフラージュだったに違いないと、ルツは思う。 ショーイの内心を思いやると、ひどく胸が痛む。 「ショーイ・・・」と呼びかけて、ルツは、静かに身体を前傾させ、鮮やかな赤毛がたゆたうショーイの頬に、自らの綺麗な頬を寄せたのだった。 たおやかに微笑しながら、ルツは言う。 「ソロモン艦長も、ワダツミを見つけ出してくれるって言ってたし・・・・・トーマは、きっと、直ぐに帰ってくるわよ・・・」 「今日は、僕が平気な顔してるって・・・怒らないんだね?」 ショーイはそう言うと、そっと右手を伸ばし、しなやかなルツの体をその腕の中に抱き寄せたのである。 「怒らないわよ・・・・だって、平気な顔してないじゃない?ソロモン艦長も、珍しく怒った顔してたけど、あなたは、珍しく弱気な顔してる」 ルツはそう答え、ショーイの首に両腕を回しながら、鮮やかな赤毛の隙間から覗く知的な紺色の瞳を、黒い瞳で真っ直ぐに凝視した。 形の良い眉を眉間に寄せ、困ったように笑ったショーイが、そんなルツの頬を、左の指先で柔らかく撫でる。 「・・・・・・・そう、かな?」 「そうよ」 軽く小首を傾げながらそう答え、ルツは、もう一度たおやかに微笑すると、静かに言葉を続けた。 「五年前・・・あなたが大怪我してセラフィムに運ばれて来た時、トーマ、言ってたわ。あなたは寂しがりだから、誰かついててやらないと泣き出すって・・・・」 「随分と大げさな言い方だね・・・・?いくらなんでも、それはありえないよ・・・」 ショーイは、知的な唇の角を可笑しそうにもたげて、小さく笑った。 「そうなの?トーマが心配で、一人で寝れないのかと思ってた・・・・・一緒に、寝てあがようかと思ったのに」 「嬉しいお気遣い、感謝するよ」
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