* 広域宇宙運送会社ギャラクシアン・バート商会が所有する、武装高速トランスポーター「バート」が、ファイマール星系の工業惑星アーバンに向かって、外洋宇宙を航行している。 鮮やかなブルーの装甲板を持つ流線型の船体に、赤いマーカーランプが点滅していた。 そのブリッジには、いつも賑やかな乗員達の姿はなく、ただ一人、ギャラクシアン・バート商会の代表取締役にして、バートの船長でもあるショーイ・オルニーの姿があるだけだった。 緩やかなカーブを描く見事な赤毛が、繊細な印象を与える白皙の頬に零れ落ちている。 眼鏡を外し、知的な紺色の裸眼で、眼前のモニターを見つめながら、ショーイは、船長席のコンソールを黙々と叩いていた。 ガーディアンエンジェルの戦闘空母セラフィムから、腹違いの弟、トーマ・ワーズロックの奪還が叶わなかった上、かなりの重症を負っていると告げられたのは、つい数時間前のことである。 だが、ショーイは、相変わらずの冷静さを保ったまま、珍しく悔しさを露にしていたレムリアス・ソロモンに、「トーマは、そう簡単に死ぬような奴じゃない」と答えたのだった。 トーマを拘束している、デボン・リヴァイアサンの戦艦「ワダツミ」が、ジルベルタ星系からワープインするまで、バートの通信網には、確かにトーマの生体反応が送信されてきていた。 トーマは、ギャラクシアン・バート商会オリジナルの通信機を携えている。 それを通して、その位置情報と生体反応はつぶさに確認できていた。 ワダツミがワープインしたために、シグナルロストしてしまったが、もしかしたら、微弱な電波を受信できるかもしれないない・・・と、ショーイはこうして、ブリッジに残り探査作業を行っていたのである。 ショーイの弟であるトーマは、実にタフな男だ。 以前も、こうして武装組織に拘束されたことがあったが、その時も、結局はあっけらかんと笑いながらバートに戻ってきた。 きっと、今回もまた、あっけらかんと笑いながら戻ってくるに違いない・・・・ ショーイは、知的な紺色の瞳を細めると、そう自分に言い聞かせながら、小さくため息をついたのである。 バートの通信網は、まだ、トーマの持つ通信機の電波を感知しない。 それを感知できれば、ワダツミが、この広大な宇宙の何処にワープアウトしたのか、その座標軸が判明するはずだ。 しかし、反応がない。 反応がなければ、追い様がない。 ショーイは、コンソールを叩く手を止めて、船長席の背もたれに深く身を委ねると、白いショートローブを纏う肩を竦めたのである。 足を組替えながら、知的な紺色の瞳で天井を仰いだショーイの繊細な顔に、船員達の前では絶対に見せることのない、どこか不安気な表情が広がった。 自分が不安な顔をすれば、船員達はもっと大きな不安に苛まれるだろうことを、ショーイはよく知っている。 トーマは、ショーイにとっても、船員達にとっても非常に重要で大切な存在だ。 トーマがいなければ、ショーイがこうして、実業家として成功することもなかっただろう。 「・・・トーマ・・・どこにいる・・・」 思わずそう呟いたショーイの脳裏に、まだ少年であった頃、『二人いればなんとかなるよな、一人より心強いしな!』そう言って、あっけらかんと笑ったトーマの顔が過ぎっていく。 ショーイは10歳で、そしてトーマは13歳で母親を失った。 お互いが兄弟であることを知ったのは、14歳の頃だ。 当時、頭脳明晰だったショーイは、飛び級でアルキメデス国立大学に進学しており、その卒業を間近に控えていた。 そしてトーマは、旅客シャトルパイロットを目指してアルキメデス航空学校に通っていた。 複雑な家庭環境で育ったため、ショーイは、その頃から人嫌いであり、誰かと関わることを極端に避ける傾向があった。 時折送信されてくる、ガーディアンエンジェルのお節介な戦艦艦長からのメールに返信するぐらいなもので、それ以外に誰かと話すこともあまりなかった。 そんな中、時々、居住するマンションの前ですれ違う、同じ年頃の少年がいた。 顔立ちも体系も全く違う、だが、ショーイと同じ紺色の瞳が、やけに気になっていた。 その少年が、トーマであったのだ。 きっと、トーマも、自分と同じ瞳の色をしたショーイのことが気になっていたのだろう。 ある朝のこと、トーマは、すれ違いざま、ショーイに、突然、こんな声をかけてきたのである。 『おまえ、アルキメデス国大に行ってるんだって?すげーよな!頭良いんだな?なんか尊敬する』 人懐っこい笑顔で、馴れ馴れしく話し掛けてきたトーマを、実に失礼な奴だと思った。 それが、そもそもの事の発端だったのだ。 それから、何故かすれ違うたびに、トーマは相変わらずの口調と笑顔で話し掛けてくるようになった。 しばらくはずっと無視していたが、それでも、トーマは、何故か声をかけてくることをやめなかった。 あの頃から既に、トーマには、人の内面の感情を敏感に察知し、それを自分のことのように受け止める特異な性質があったのだろう。 ショーイの心内に秘められてた孤独や寂しさを、鋭敏に感じ取っていたのかもしれない。 それは、アルキメデス国立大学首席卒業通知が、ショーイの元へ送信された日のことだった。 式典は欠席と返答した時、マンションの部屋に、妙な小包が届いたのである。 その中には、『コングラジュレーション!』と脳天気な言葉が書かれたカードと、そして、いくら天才とはいえ14歳の少年にはとても買うことができない、最新型の高価なノートPCが入っていたのだった。 送り主は、他でもない、あのお節介な戦艦艦長だった。 それを小脇に抱えて、大学の研究室に向かおうとした時、その路上で、同じPCを抱えたトーマに遭遇したのだ。 案の定トーマは、ショーイにこう言ってきた。 『あれ?それ、俺と一緒じゃん!すっげー偶然だな?これさ、親父の友達がくれたんだ。就職内定のお祝いだってさ』 聞いてもいないのに、トーマは勝手にそう説明して、やけに嬉しそうな表情で、ショーイにPCを見せたのである。 その奇妙な偶然に、流石のショーイも眉を潜めた。 そして、生前、母が言っていた言葉を、ふと思い出したのである。 〜 あなたの父親には、あなたの他にもう一人子供がいるのよ・・・・・たいしてあなたと歳も違わない・・・ひどい話だわ・・・
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