* セラフィムの艦長室に、ツァーデ小隊の若き隊長と、セラフィムに配属されてきたばかりの女性パイロットが呼び出されたのは、それからまもなくのことであった。 デスクの大きな椅子に腰を下ろし、レムリアス・ソロモンは、実に冷静な顔つきをして、眼前に立つ若いパイロット達を静かに仰ぎ見たのである。 ソロモンの端整で優美な顔を、黒茶色の癖髪から覗く凛とした黒曜石の瞳で見つめすえているのは、精鋭部隊ツァーデ小隊の隊長、リョータロウ・マキであった。 ファイターパイロットらしく引き締まった肢体に、指揮官職を表すシルバーグレイの軍服を纏い、広い胸元にはシルバーのボールチェーンが繋ぐ小さな円柱型のトップが揺れている。 すらりとした長身と黒茶色の癖髪。 その広い額から眉間を抜け右目の下にまで及ぶ細く鋭い斜めの傷痕が、均整の取れた精悍な顔立ちを、殊更、威圧的なものに見せていた。 リョータロウは、ひどく冷静な顔つきのまま、静かに口を開くのだった。 「申し訳ありませんでした。今回の件は、全て、自分の監督責任です」 リョータロウが、いつもとは全く違うやけに改まった口調なのは、ある種のケジメである。 今、ソロモンに呼び出されているのは、レムリアス・ソロモンと親しいリョータロウ・マキ個人ではなく、ツァーデ小隊隊長マキ少佐だ、その辺りの自覚を、リョータロウはきちんと持ち合わせている。 「そうだな。部下が従わない理由の一つには、上官に対する不審と不満というのがある。そう言う意味では、おまえはまだ、ルーベント大尉の信用に値するだけの器がないのかもしれない」 ソロモンは、極めて冷静にそう答えて言った。 その言葉を、リョータロウは、表情も変えずに静かに受け止める。 そんなリョータロウの傍らには、ブルーシルバーの軍服をしなやかな肢体に纏う女性の姿があった。 気強さと気丈さを物語る凛としたライトグリーンの瞳。 どこか妖艶な雰囲気を醸し出す綺麗な顔立ちと、グラマラスな胸元。 スレンダーな腰のラインからすらりと伸びた長い足。 それは、宇宙戦闘空母エステルから、セラフィムに配属されてきたばかりの女性パイロット、フレデリカ・ルーベントであった。 フレデリカは、ライトグリーンの瞳で、傍らに立つリョータロウの端整な横顔をちらりと見やる。 今回、こうして、ソロモンに二人が呼び出されているのは、他でもない、フレデリカが上官であるリョータロウの命令に従わず、本来の訓練予定を無視して、隊長機であるT―1に攻撃を仕掛けたという事に端を発しているのだ。 だが、リョータロウは、一切言い訳もせずに「自分の監督責任」だと言ってソロモンに謝罪した。 フレデリカからすれば、それは、やけに奇妙に思える光景でもあった。 フレデリカは、母であるヘレンマリアから、ソロモンとリョータロウの関係を、まるで「親子か兄弟のようだ」と聞かされたことがある。 それは、リョータロウが、まだ幼い少年であった頃から、ずっとソロモンの指揮する船に乗船し、ソロモンの保護下で育ってきたからに他ならない。 それにも関わらず、リョータロウは、その関係に甘えることもなく、自分の責任を認めたのである。 今回の一件は、全てフレデリカ自身の意地とプライドによって取られた行動である。 そんなことぐらい、自ら判らない訳でもないし、一方的にリョータロウに仕掛けたのは自分であることも自覚していた。 フレデリカは、ますます怪訝そうに蛾美な眉を潜めてしまう。 そんな彼女のグラマラスな胸元で、きちんと編み込んだブラックブロンドの長い髪束が、音もなく緩やかに揺れた。 リョータロウはフレデリカを振り返らない、ただ、無言でソロモンの美しい紅の瞳を見つめるばかりだ。 ソロモンもまた、いつものように柔和には笑わない。 冷静な顔つきで、そんなリョータロウの強い眼差しを受け止めるばかりである。 親しい関係にあると、そこには必ず甘えが出る。 だが、今、この両者の間にはそれが感じられない。 そこには、上官と部下の関係が存在するだけである。 それは、フレデリカにとって、実に意外なことでもあった。 つい最近まで、実の母親の船に乗船していたフレデリカは、やはりこんな風に、時折母に叱責を受けていたが、だが、その度に、自分の言い分を言いたいだけ言って、さっさと艦長室を後にしていたものだ。 だが、リョータロウはそれをしない。 本当の肉親ではないという事もあるだろうが、きっと、それだけでは済まない関係性がソロモンとの間にあるからなのだろう。 なんだか悔しい・・・と、フレデリカは思う。 苦々しく眉間を寄せるフレデリカに、ふと、ソロモンの視線が向く。 フレデリカは背筋を伸ばし、それでも、気強い眼差しでソロモンの優美な顔を見つめすえたのだった。 ソロモンは、デスクの上に両肘をつくと、組んだ手に端整な顎を乗せながら、静かな口調で言うのである。 「ルーベント大尉、何故君が、マキ少佐の命令を無視してあんな行動を取ったのか、此処では聞かない。だが、一つ覚えておいてくれ。実戦で上官の命令に従わず、勝手な行動を取ることは、自分の命を危険に晒すだけではなく、他の隊員たちの命も危険に晒すことになる。それぐらい、リニウス・ツァーデにいた君なら、よく判っているはずだ。 君はセラフィムに配属されてまだ日が浅い。セラフィム・ツァーデの任務にもまだ不慣れだろう、したがって、処分はしない。だが、今後二度とこういうことがないよう、誓約書には署名してもらう」 「・・・・・・イエッサー」 フレデリカは軽く両眼を細めて、いささか不満そうに蛾美な眉を眉間に寄せた。 そんな彼女の気強い顔をちらりと見やって、ソロモンは、落着き払った表情のまま、再び、リョータロウの顔を仰ぎ見たのだった。 冷静な声色でソロモンは言う。 「今回のことは、厳重に受け止める。先程も言った通り、部下が上官に従わない理由には、上官の力量不足というのがある。監督責任はすべておまえに既存する。したがってマキ少佐には、これより、24時間の謹慎処分を架す。部下を素直に従わせるにはどうすればいいか、部屋へ帰ってよく考えろ」 「イエッサー」 リョータロウは、不満そうな顔一つせず、冷静な口調でそう返答した。 だが、その処分勧告に驚いたのは、事の発端を作ったフレデリカの方だった。 訓練中も実戦中も、全ての交信記録は母艦に送信されているはずだ、それを見れば、本当の非がどちらにあるのか、頭脳明晰なソロモンがわからないはずもない。 だが、ソロモンが処分したのは、フレデリカではなくリョータロウの方だ。 そこに一体どんな考えがあるのか、フレデリカには伺い知れない。 フレデリカは、ますます怪訝そうに眉を潜めて、ソロモンの冷静な顔と、それに劣らぬ冷静さを保つリョータロウの顔を交互に見やってしまう。 そんな彼女の困惑に気付きながらも、ソロモンは、冷静な口調で言うのだった。 「もう戻っていいぞ、訓練、ご苦労だった」 その言葉に、リョータロウとフレデリカは改まって敬礼すると、ほぼ同時に「イエッサー」と答え、ゆっくりとデスクに背中を向けたのである。
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