* 装甲シャッターの上がった窓辺には、レーベンダス星系の惑星と暗黒の闇が広がっている。 宇宙の偏狭地であるこのレーベンダスには、惑星連合AUOLPの巡視艦が訪れることもない。 そこは、テロリストのアジトとしては、まさに最適といえる場所であった。 戦艦ワダツミの艦長ショウゴ・二カイドウは、明かりも点けない私室の窓辺で、ただ、無限の闇を見つめていた。 無造作に上着を脱ぎ捨てて、ベッドの上に放り上げると、サイドテーブルの煙草を取り、その一本を口にくわえて火を点ける。 紫煙をくぐらしたショウゴの脳裏に、先程、ララに投げつけられた言葉の断片が諸刃のように過ぎっていく。 『・・・・あなた、本当に・・・元帥を、トライトニアの実権者に戻すつもりなの・・・・? あなた、本当にそれを望んで・・・・この船を指揮してるの? 実際、あなたは、そんな事どうでもいいんじゃないの?ただ・・・元帥に恩を返してるだけ・・・デボン・リヴァイアサンという組織に居場所を求めているだけ・・・・違う?』 ショウゴは、思わず鼻先で笑った。 確かにそうだ。 全て、ララの言う通りなのだ。 この組織の主旨や目的など、本当はどうでもいい。 ただ、生きていくための手段として、此処にこうしているだけの話だ。 生きていくためには、何でもする。 それがテロリストの手先であろうと、此処にしか居場所がないのであれば、どんな手を使っても此処でのし上がっていくしなかないのだ。 母星である惑星ジルーレにいた時も、そうであったように。 右手の指先に煙草を挟み、ゆっくりと煙を吐き出しながら、ショウゴは、思わず、自虐的に笑う。 今、自分のしていることは、正に、実父の投影である。 あれだけ嫌悪していたのにも関わらず、ジルーレで実父がしていたことと、なんら変わらないことを、今、まさしく自分もしている。 これが笑わずにいられるものか。 灰皿に煙草の灰を落としながら、黒曜石の瞳を細め。ショウゴは、煙と共に大きく息を吐き出した。 そして、ふと、思う。 自分は、本当に生きたいのか・・・と。 生きたいと願いながらも、その実、単に死に場所を求めているだけなのではないだろうかと。 生きたいと思いながらも、死に場所を求める。 その奇妙な矛盾に気付いて、ショウゴは、殊更自虐的に笑うしかない。 今も昔も、ショウゴには、本当に守りたいものなど何も無い。 自分しか頼るものがなく、常に信じるものは自分だけだった。 だからこそ、微かに差し込んだ光ですら、自分で闇に閉じ込めてしまったのだ。 余計なものは不要だ。 余計なものは重荷になるだけだ。 だとしたら、余計なものなど何もいらない。 そう、それが、心のどこかで愛そうとしていた女性、ララであったとしても・・・ くわえ煙草から立ち昇る紫煙が、窓辺に浮かぶ惑星の影をぼんやりと煙らせていく。 片手で腰のホルスターを外し、それをデスクに放り投げて、肺に吸い込んだ煙を吐き出した時、不意に、背後で、部屋のオート・ドアが開く音がした。 僅かばかり怪訝そうに眉根を寄せて、ショウゴは、くわえ煙草のままゆっくりと背後を振り返る。 するとそこに、ライトブラウンの髪を持つ戦闘服姿の少女が、うつむき加減で立っていたのだった。 長い前髪から覗く黒曜石の瞳を細め、ショウゴは、無言のままその少女を凝視する。 立ち昇る煙の向こう側で、軽く目元を擦って、その少女、リリアン・カーティスは、静かに顔を上げると、勤めてニッコリと笑ったのである。 「ショウゴ、手、大丈夫?はい、これ、痛くて眠れないと困るかなって・・・思って」 少し遠慮がちにショウゴの元へと歩み寄りながら、リリアンは、右手に握っていたタブレットケースをその眼前に差し出した。 ショウゴは、そんなリリアンの可愛らしい顔をちらりと見やって、相変わらず冷静で冷淡な声色で言うのである。 「おまえ・・・・知ってたのか?」 「うん・・・・だって、ヴァルキリーと格闘してた時、嫌な音したじゃん?」 リリアンはそう答え、そばかすの目立つ日焼けした顔をほころばせると、タブレットケースをデスクの上に置き、ショウゴの左手首に巻かれた包帯を見やりながら言葉を続けた。 「一応、処置はしてもらったんだね?ショウゴが包帯巻いてるなんて、珍しいよね」 ショウゴは、煙草を灰皿でもみ消すと、鼻先で軽く笑っただけで何も答えず、窓の向こうにその視線を向けてしまう。 リリアンは、黒いTシャツを着たショウゴの広い背中を見つめたまま、どこか切なそうにうつむいて、ゆっくりと背を向けたのだった。 「有難うぐらい言ってよ、せっかく持ってきてあげたのに・・・・・・・帰るね」 いつもなら、こんなことぐらいではヘコたれないリリアンだったが、先程のショウゴとララのやり取りを一部始終見聞きしてしまったせいか、食い下がる気力すら無くしていた。 リリアンは、まだ18歳の少女だ。 子供でもないが、男女間の複雑な感情をすんなり理解できるほどの大人でもない。 リリアンがショウゴに出会ったのは五年前の事だ。 それ以前のララとショウゴの間に、何があったかなんて知る由もない。 だが、ショウゴの中で、ララが特別であることぐらいは判っている。 所詮リリアンは、ショウゴの気まぐれで拾われたのだ。 彼が自分だけを真っ直ぐに見つめてくれることなど、何があっても決してないのだろう。 不必要だと思えば、ショウゴはいつだって自分を捨てる。 ショウゴはそう言う人間だ。 そのため、リリアンは、時々、強い不安に駆られる時がある。 ショウゴに見切られてしまえば、もう、心を寄せる場所も、帰る場所もなくなってしまうからだ。 リリアンは、そんな不安を振り払うように、悔しそうに、そして哀しそうに可愛らしい顔をしかめると、溢れそうになる涙を堪えながら、オート・ドアへと歩き出した。 だが、その時、窓辺を見つめていたショウゴが、不意に彼女の名を呼んだのである。 「リリアン」 リリアンは、慌てて目を擦ると、そんなショウゴに振り返った。 「なに?」 不思議そうに小首を傾げたリリアンの腕を、突然ショウゴの右手が掴む。 強引な力に引き寄せられたその小柄な体が、ショウゴの大きな腕の中に抱きすくめられた。 驚いたようにへーゼルの瞳を見開いたリリアンの視界で、ショウゴの端整な唇が、何故か意味深に微笑う。 リリアンは、思わずその頬を紅く上気させ、さも動揺したように、盛んに睫毛を揺らしてしまった。 「な、なに?どうしたのっ?ショウゴっ?」 ショウゴにとってリリアンは、所詮道具の一つでしかない。 だが、この少女は、ある意味、ショウゴ自身の投影のような少女でもある。 初めて出会った時、リリアンは、ショウゴに向かって「生きるためなら何でもする」とそう言い切った。 そうやって、自分が持てるもの全てを引き換えにしない限り、苦境を生き抜くことが出来ないことを、リリアンは、たった13歳にして知っていたのである。 リリアンは、憐れな少女だ。 だが、憐れであるが故にその心根にある強さを気に入って、ショウゴは彼女を、このワダツミに乗せたのだ。 同類相憐れむ。 まさに、その言葉通りだと、ショウゴは再び自虐的に笑って、戸惑うリリアンの瞳を真っ直ぐに見つめすえたのである。 リリアンは、恐る恐るといった様子で、そんなショウゴの端整な顔をへーゼルの瞳でまじまじと顧みた。 「ショウゴ・・・・っ」 ショウゴは何も言わず、その唇をリリアンの細い首筋に押し当てながら、右手で彼女が纏う戦闘服のボタンを外していった。 「っ!?」 突然のその仕草に、びくりと華奢な肩を震わせると、リリアンは、驚いたように、戸惑ったように両眼を見開いて、綺麗な頬を上気させながら、思わず全身を硬直させてしまう。 リリアンの腕から滑り落ちた上着が、微かな音を立てて床の上に落ちた。 可愛らしい顔を上気させたまま、僅かばかり怯えた顔つきで、リリアンは、ショウゴの広い背中に恐る恐る両腕を回した。 どうせ、こうやって女を抱くことも、ショウゴは何とも思ってはいないのだ。 確かに、完璧に任務を遂行できたら「抱いてやる」と言っていたが、リリアンは、あの民間機のオペレーターに完勝など出来なかった。 だから、これは、いつもと変わらぬショウゴの気まぐれなのだ。 男性の体を素肌で感じることなど、リリアンにとって、実はこれが初めてだった。 だから、例え相手がショウゴであっても、流石に怖い。 恥ずかしさと恐怖で、否応なしに体が強張る。 その恐怖心を知っていながらも、ショウゴは彼女の体を求めることに遠慮などしない。 この青年はそういう男だ。 こうしてリリアンを抱くことも、ショウゴにとっては、手駒として上手に彼女を動かすための手段でしかない。 それを、リリアンはよく知っている。 だが、それでもいいのだ。 ショウゴが、自分を傍に置いてさえくれれば、例え道具にされようと、さして愛情もないのに抱かれようと、それでもいいのだ。 その手で、その指先で、その唇で身体に触れてくれる。 そこに愛情がないとしても、ただ、それだけで満足だ。 大きく見開いたへーゼルの瞳が涙で潤んだ。 揺れる黒い前髪の下で細められた、どこか冷たい光を宿す黒曜石の瞳が、上気したリリアンの顔を真っ直ぐに見つめている。 その視線に触発されるように、甘い苦痛に悲鳴を上げる少女の顔が、次第に、女の顔へと変化していった。 涙で潤むリリアンの瞳が、今、自分だけを見つめている黒曜石の瞳を、おずおずと直視する。 この人に、死ねと言われたら、自分は喜んで死ぬ。 こうしてぬくもりを分けてくれるのなら、何を引き換えにしてもいい、例え、自らの命を引き換えにしてもいい・・・ この人のためなら、死んでもかまわない・・・・ リリアンは、甘美な苦痛に震える声で「ショウゴ」と呼ぶ。 だが、ショウゴは何も答えない。 ただ、その唇でリリアンの唇を塞ぎ、甘い毒にも似た舌先で、ますますその思考を停止させてしまうばかりだった。 無限の闇に横たわる静寂の中に、戦艦ワダツミの巨大な機影が吸い込まれていく。 だが、この時、惑星トライトニアの要請を受け、惑星連合AUOLPの警察機構ハーレン・シュテンブルグが、惑星アンブロスの総本部から巡視艦ヴォルフ・シュバルツを発進させ、過激なテロ組織デボン・リヴァイアサンが所有する、司令戦艦ワダツミの行方を追い始めていたのだった。
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