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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第57回   【LASTACT ぬくもりを抱く優しい闇】2
              *
ララが、診察室のオート・ドアの前に立つと、その傍らに、やけに渋い顔つきをしたショウゴが歩みよってきた。
戦闘服の袖から見えるショウゴの左手首には、真新しい包帯が巻かれている。
流石に、相当な痛みがあったのだろう。
例え怪我をしても、多少のことなら医師の診察など絶対の受けないショウゴが、大人しく治療に応じたのだから。
だがもし、捕虜であるトーマが、その怪我をしみじみ指摘しなかったら、ショウゴは、意地でも治療を受けなかったかもしれない。
「痩せ我慢・・・・トーマの言ってたことは、どうやら、正しかったみたいね」
開いたオート・ドアから通路に出たララは、ゆっくりとショウゴの長身を顧みて、小さく小首を傾げたのだった。
そんなララの秀麗な顔を、細めた視線でちらりと見やると、ショウゴは、アーミーブーツのかかとを鳴らしながら歩き出す。
「あの男の監視に戦闘員を行かせたら、また怒るんだろうな・・・君は?」
「怒るわ」
メディカルセクションとプライベートセクションを仕切る、ガラス張りのオート・ドアを抜けながら、ララは、菫色の瞳を凛と煌かせて、ショウゴの端整な横顔を、真っ直ぐに見つめすえた。
そんなララの様子に、ショウゴは、鼻先で軽く笑うと、右手で長い前髪をかきあげながら、冷静で落ち着いた口調で言うのだった。
「だったら、捕虜の監視は君の仕事だ。あいつを野放しにすると危険だ・・・食えない男だ、あの男」
「トーマも、あなたと同じことを言ってたわよ。あなたは食えない男だって。
彼とあなた、全然タイプが違うのに・・・言うことが同じだなんてね、なんだか面白い」
輝くようなプラチナブロンドの髪を、しなやかな背で揺らしながら、ララは、綺麗な唇で小さく笑うと、更に言葉を続けたのである。
「彼は洞察力にとても優れてる。その上で豪胆で、人の心を掴むのがとても上手い・・・捕虜としては最悪。でも、タイプは違うけど、もしかしたら、どこかあなたと似てるのかも」
「・・・・・・・」
その言葉に、どこか納得できないような顔つきをしつつも、ショウゴはあえて反論はせずに、戦闘服を纏う広い肩を小さく竦めると、揺れる前髪の下で、凛と強い黒曜石の瞳を細めるのだった。
しばしの間を置いて、ショウゴは徐に口を開く。
「捕虜のことは、どうでもいい・・・・それより、元帥の様態はどうだ?」
「まだ眠ってるわ・・・致死量じゃなくても、毒物を打たれたんだから、回復するには、もう少し時間がかかるかも」
どこか切なそうにそう答え、ララは、聡明な菫色の瞳を悲哀の輝きで満たすと、その視線を通路の床へと向けたのである。
「ねぇ・・・・ショウゴ」
「なんだ?」
「・・・・あなた、本当に・・・元帥を、トライトニアの実権者に戻すつもりなの・・・・?
あなた、本当にそれを望んで・・・・この船を指揮してるの?」
「何故、そんなことを聞くんだ?」
冷静さを失わない鋭い表情で、ショウゴは、胸のポケットから煙草を一本取り出し、それを口にくわえた。
だが、それに火を点けることはない。
ショウゴは、ララが煙草嫌いなことをよく知っている。
それは、元来ヘビースモーカーである彼の、ささやかなララへの気遣いだった。
そんなショウゴを横目で見やり、ララは、その秀麗な顔を、切なさを隠し切れない表情に歪めると、勤めて静かな声で言うのである。
「実際、あなたは、そんな事どうでもいいんじゃないの?ただ・・・元帥に恩を返してるだけ・・・デボン・リヴァイアサンという組織に居場所を求めているだけ・・・・違う?」
「もし、そうだとしても、それは君に関係のないことだ」
相変わらずのショウゴの言葉に、ララは、切なさを隠し切れぬ様子で、呟くようにこう答える。
「・・・・そうね、確かに関係ない」
出会った時から、ショウゴはこうだった。
何か、その心の核心に迫ることを聞くと、必ず、「君には関係ない」と答えるばかりで、本心を告げることなどなかった。
惑星ジルーレの少年将校だったショウゴが、ララの父親であるマルティン・デボンに命を救われたのは、今から、12年前のことだ。
当時、ショウゴは19歳、ララはまだ14歳であった。
ガーディアンエンジェルの高速戦艦ケルヴィムに、ショウゴが搭乗していた戦艦「ワダツミ」が撃沈された折、その爆発から奇跡的に逃れ、宇宙空間を単身で漂っていたところを、偶然、デボン・リヴァイアサンの高速艇に救助されたのだ。
それが、そもそも、ショウゴがデボン・リヴァイアサンに身を置くことになったきっかけとなもである。
当時ララは、惑星アルキメデスで、父の愛人であった母と二人で暮していた。
そこに、父であるマルティン・デボンが、怪我が回復するまではと、ショウゴを連れてきたのである。
あの頃から、ショウゴは、何一つ自分のことを語らない人間だった。
確かに、冷徹で冷淡な人物ではあるが、洞察力に優れ、無駄な言葉を口にすることなく、人の心を掴むことの出来る知的な人物でもある。
思春期を迎えていたララが、そんなショウゴに憧れを抱いたのも、また変え難い事実であった。
ショウゴは、天涯孤独の身だ。
惑星ジルーレは、ガーディアンエンジェルの総攻撃を受けて壊滅した。
ショウゴには、帰る場所もなく、その帰りを待つ家族もいない。
しかし、彼には優秀な指揮能力と、そして、豊富な戦闘知識がある。
テロリストに身を置くよりは、惑星連合AUOLPの連合艦隊にでも入隊した方が、遥かにその能力を発揮できたずだ。
だが、彼はあえてそれをしなかった。
その理由を訪ねると、彼は一言、「軍は堅苦しい」と答えた。
ララにとって、軍もテロリストも、似たような組織形態だとしか思えないのに、ショウゴは、デボン・リヴァイアサンの構成員であることを選んだのだ。
緻密に物事を計算して勝算を弾き出す彼にとって、デボン・リヴァイアサンという組織は、その性(しょう)に合っていたのかもしれない。
寡黙な少年だったショウゴは、やがて、冷酷で冷淡なデボン・リヴァイサンの幹部となり、組織全体を動かす程の実力者へと昇り詰めた。
だがそれは、結果的に、ララとショウゴの間に、深い溝を産むことになったのである。
ショウゴは、ララが彼に抱く愛情ですら、自分の地位を築くための道具にした。
それにも関わらず、全てを「君には関係ない」で済ませてしまう。
ララには、それが許せなかった。
腹立たしいし、今でも、心底裏切られたと思っている。
それなのに、ララは、そんな彼の元から離れることができないでいるのだ。
ショウゴは、それを知っていて、わざとララをワダツミに乗せている。
「・・・・・・あなたは、ひどい男だわ・・・私の気持ちなんて、結局、どうでもいいのよね・・・」
うつむき加減になったララは、ふと立ち止まり、拳を握り締めながら、搾り出すような声でそう言った。
ララに引かれたように、ショウゴも静かに立ち止まる。
火の点いていない煙草をくわえたまま、視線だけ動かしてそんなララを顧みると、ショウゴは、何故か鼻先で軽く笑った。
「そうかもしれない」
「かもしれないじゃなくて・・・・実際そうなのよっ」
菫色の瞳を哀しそうに潤ませながらも、ララは、凛とした顔つきでそんなショウゴを睨み付ける。
輝くようなプラチナブロンドの髪が、清楚で秀麗な頬を音もなく揺れた。
ショウゴは、口にくわえた煙草を右の指先ではさみながら、相変わらず冷静で物怖じしない表情で、ゆっくりとララに振り返る。
「ワダツミに居たくないなら、別に降りても構わない。君がしたようにすればいい」
そんなことを言いながらも、ショウゴは、決してララがワダツミから降りられない事をよく知っているのだ。
本当にひどい男だと、ララは悔しさでその唇を噛締める。
ショウゴにとって、女の愛情は道具でしかない。
その愛情を道具にされているのは、何もララだけではない。
ワダツミのブリッジオペレーター、リリアン・カーティスもまた、ショウゴを愛しているがために、道具にされている人間の一人だ。
愛情を道具にする・・・それがどれほど卑劣なことか知りながらも、ショウゴはいつも、平然とした顔をしている。
ララは、強く拳を握り締りながら、意図して低めた声で言う。
「殺してやりたい・・・・っ、あなたのこと・・・・っ」
「殺したければ殺せばいい、君なら、それぐらい簡単にできる。俺は君に、何の警戒心も抱いていない。やる気になれば、君はいつだって俺を殺せる」
ショウゴは飄々とそう答え、端整な唇の角を小さく軽くもたげると、通路に煙草を投げ捨て、自由の効く右手でララの腕を掴んだのだった。
「離してよっ!」
ひどく憤慨したように、そして傷ついたように、その菫色の瞳を煌かせたララが、ショウゴの手を振り解こうとしなやかな身体を捩る。
だが、強引に引き寄せられたララの体は、いとも容易く、ショウゴの大きな腕の中に抱きすくめられてしまう。
「やめてっ!どうせ、なんとも思ってないくせに!こうすれば、私が自由になるってそう思ってるんでしょ!?あなた卑怯・・・・っ!?」
必死で胸を押し返すララの唇を、突然、上から降って来たショウゴの唇が強引に奪った。
彼は文字通り、うるさくまくし立てるララの口を塞いでしまったのである。
重なる唇と、甘い毒のようなその舌先。
微熱にうなされるように、頭の中が真っ白になり、じんと体の芯が火照るのがわかる。
ララは、ショウゴのこういう遣り方が本当に嫌いだった。
でも、そんな彼を、未だに愛しいと思う自分はもっと嫌いだった。
ララは、自由の効く左手を大きく振り上げると、その掌で、思い切りショウゴの頬を殴りつける。
誰もいない通路に甲高い音が響き渡り、ショウゴは、驚いた様子もなく、半歩だけララから引き下がった。
だが、戦闘員でもないララの平手を受けたところで、さして痛いと感じる訳でもない。
ショウゴは、揺れる前髪の下で黒曜石の瞳を細め、唇の角で底意地悪く笑った。
そんなショウゴを真っ向から睨み付けると、ララは、片手で唇を抑えながら、くるりと背中を向けて、メディカルセクションへと走り出したのである。
腰まで届く長い髪が、しなやかな背中で弾むように揺れている。
ショウゴは、細めた視線でララの秀麗な後姿を見送ると、何故か、その端整な顔に微かな翳りを落しながらも、そ知らぬ振りをして私室に向かって歩き出したのだった。




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