* 反トライトニア政権の過激な武装テロ組織、デボン・リヴァイアサンの戦艦「ワダツミ」は、広大な宇宙の果て、惑星連合AUOLPにすら加盟していない偏狭星系レーベンダスの只中を、ゆっくりとした速度で航行したいた。 船体のかなりの個所を被弾しているワダツミは、これから、レーベンダス星系惑星アトランダへと向かう。 そこに、デボン・リヴァイアサンが秘密裏に所有する戦艦ドックがあるためだ。 戦艦ワダツミのメディカルセクション。 その処置室のベッドには、端整な顔を渋い表情で歪めながら、ギャラクシアン・バート商会の経営者の一人、トーマ・ワーズロックが、未だ全身を薙ぐ痛みに身体を丸めていた。 「くっそっ・・・・痛って〜・・・・っ!まじ、死ぬって、俺・・・・っ」 腕には点滴の管を刺され、衣服を纏わない引き締まった体のあちこちには、真新しい包帯が巻かれており、そこからは、つんと鼻を付く消毒液の匂いが漂い出ている。 毛布にくるまるようにして、大きく息を吐いたトーマは、形の良い眉を眉間に寄せながら、ふと、ベッドの傍らに立つ美しい看護士の顔を、バツの悪そうな表情でまじまじと見上げたのだった。 聡明で清楚な美貌を持つ看護士、ララ・メイミー・デボンは、長いプラチナブロンドの髪を片手で耳にかけながら、ひどく愉快そうに笑ったのである。 「何を言ってるの?あれだけ弾を食らっておいて、ちゃんと生きてるでしょ?あなたは絶対死なないわよ。面白い人ね」 「いや・・・・笑い事じゃないからっ、ほんっとに痛いからっ!一度死んだと思ったのに、ご丁寧に叩き起されて、ソロモン艦長を脅すネタにされるし・・・・っ、マジ、たまんねーから・・・っ、その上この痛さだぜっ?なんとかしてくれよ・・・・ほんとっ」 そんな軽口を叩きながらも、焦茶色の前髪の下で形の良い眉を苦痛に潜め、トーマは、そのあまりに激痛に、ますますその長身を毛布の中で丸めてしまう。 「じっとしてなさいよ、もう少しで鎮痛剤が効いてくるわ。 あなたって、タフっていうか、なんていうか・・・・本当に凄い強運の持ち主よね?当った弾は全部急所を外れてたし・・・私、あなたみたいな人、初めてよ。標本にしたいぐらい」 「ひょ、標本て・・・っ、や、やめてくれる?洒落になんないからさ。俺、一応捕虜の訳だし・・・っつーか、マジ痛いんですけどっ・・・・腹の傷っ」 クッションに広い額を押し付けながら、トーマは、しかめっ面で激痛に唸った。 ララは、ベッドの脇に腰を下ろすと、そっと片手を差し伸ばして、そんなトーマの髪を撫でながら、艶やかな唇で微笑したのである。 「もう余計なこと喋るのよしなさい。変な強がりね?」 「・・・・・・くっ!」 トーマは、いつもの軽口を叩こうと試みるが、繰り返し襲ってくるその激しい痛みで、もはや口など聞けなくなっていた。 知的な紺色の瞳を苦々しく細め、トーマは、傍らに座るララに、まるで助けを求めるような視線を投げかけてしまう。 この痛みさえなければ、美人が隣にいるなど願ってもないことなのに・・・と、そんな妙なことを考えつつ、低くうめいて、殊更背中を丸めてしまう。 うつ伏せになって苦痛に顔をしかめるトーマの広い背中を、しなやかで柔らかなララの手が、そっと優しく撫でている。 素肌に直接触れながら動く、暖かで柔らかなその手の感触。 それは、何故か、やけに懐かしく思える感触でもあった。 プラチナブロンドの髪の下から、聡明で綺麗な菫色の瞳が、まっすぐトーマの瞳を見つめている。 ララは、テロリストの船などには、実に不似合いな美しい女性だ。 その上、とても知的で聡明だ。 彼女は、“飾り”としてこのワダツミに乗っていると言っていた。 確かに、そうなのかも知れない。 だがその根本は、きっと、トーマの盟友によく似た顔のあの食えない艦長に、心底惚れているためなのだろう。 「勿体無い・・・・」 思わず、そんな言葉を口に出して、トーマは、再び激痛に唸った。 ララは、不思議そうに小首を傾げると、相変わらずその髪と背を撫でてやりながら、思わず聞き返すのである。 「どうしたの?何か言った?」 広い額をクッションに押し付けたまま、あまりの痛みに言葉を出すことも出来ず、トーマは、ひたすら体を捩るしか手立てがない。 こんなに痛い思いをしたのは、ギャラクシアン・バート商会を立ち上げて以来、初めての事だ。 それもこれも、この船の食えない艦長のせいだ。 まったく、リョーと似たような顔しやがって、冗談じゃねーぞ本当にっ、あの冷徹気障野郎っ・・・と、トーマは、心中で思い切り悪態を吐く。 だが次の瞬間、処置室のオート・ドアが開き、そこから、やけに威厳のある黒髪の青年が一人、両手をカーゴパンツのポケットに入れたまま、ゆっくりと室内に足を踏み入れてきたのだった。 長身に纏われた灰色の戦闘服。 癖のかかった前髪から覗く、凛と鋭利な黒曜石の瞳。 切れ長の目元と、均整の取れた精悍な鼻筋。 それは他でもない、トーマが心中で散々悪態を吐いていた人物・・・この戦艦ワダツミの艦長、ショウゴ・二カイドウだったのである。 うっは、お出ましだよ・・・トーマは、思わず苦笑してしまった。 火の点いていない煙草を唇にくわえたまま、ショウゴは、顔を上げたララの向かいに立った。 冷静で鋭利な顔つきのまま、ショウゴは、くわえ煙草の唇を軽くもたげて、ポケットの中からゆっくと両手を出すと、ベストの下のホルスターから、無言で銃を抜いたのである。 ララは、咄嗟にベッドから立ち上がると、聡明な美貌を持つその顔を厳しい表情で満たし、綺麗な眉を眉間に寄せながら、トーマを庇うように身を盾にしたのである。 鋭い声で彼女は言う。 「ショウゴ、大人しく治療する気になったのかしら?それとも・・・・単にトーマを殺しにきただけ?」 トーマは、ベッドにうつ伏せになったまま、知的な紺色の瞳を鋭く細め、苦痛で顔をしかめながらも、ショウゴの顔を睨むように仰ぐ。 怪我を負ったこの体では、早々簡単に逃げることもできない。 さて、どうする・・・・と、トーマがそんな事を思い巡らせた時だった。 眼前で盾となったララが、銃を握ったショウゴの腕を右手で掴み、左手で、その唇から煙草を奪い取ったのである。 「此処はメディカルセクションよ・・・・・っ、煙草も銃も、禁止の筈だわっ」 長い前髪の隙間で黒曜石の瞳を動かすと、ショウゴは、怖い顔つきでこちらを睨むララを顧みて、軽く鼻先で笑うのだった。 「余計な真似をした奴を見ると、撃ちたくなる。これは職業病だ」 鋭利で冷淡なショウゴの眼差しは、とても冗談を言っているとは思えない。 ララが此処にいなかったら、止めに入らなかったら、ショウゴは、間違いなく、トーマを撃っていた。 それを知っているララは、殊更強くショウゴの腕を握りしめると、凛々しい声色でこう言うのだった。 「あなたは、人質は丁寧に扱えと私に言ったわ。それなのに、あなた自身は、その人質を平気で殺すの?看護士であるこの私の目の前で?」 「・・・・・・」 「あなたにとって、この人は、人質の役割をもう終えたかもしれない。だけど、私にとっては、まだ患者なの。私、最初から、ワダツミになんか乗りたくなかったわ!ずっと病院で働いていたかった!それなのに、私を無理矢理この船に乗せたのはあなたよ?また、私から大切な仕事を奪うつもりなの?ショウゴ、もう、好い加減にして・・・・っ!」 その美貌にそぐわぬほどの激しい剣幕でそうまくし立て、ララは、ぎゅっとショウゴの腕を握り締める。 強くも切ない輝きを宿すララの瞳を、ショウゴは、無言のまま、その黒曜石の瞳で真っ直ぐに見つめすえた。 そして、相変わらず冷静で冷淡な顔つきで、その鋭い視線を、ベッドの上のトーマに向けたのである。 「・・・・トーマ、おまえ、とことんまで運の良い奴だな?おまえを生かしておけば、このワダツミは、何があっても沈まないかもしれない」 そう言ったショウゴの唇が、どこか皮肉っぽく、しかし、どこか愉快そうに小さく微笑(わら)った。 そんなショウゴを仰ぎ見ながら、トーマは、僅かばかり安堵したようにため息をつくと、警戒したような視線で、ショウゴの動きを伺ってみる。 この男は食えない。 その気になれば、口で言っている事とは全く逆の事を平気でするだろう。 トーマの視線が、ショウゴの右手に握られた銃を見やった。 ゆっくりと、気付かれないように、更に視線を動かして、他の武器の無有を確かめてみる。 しかし、そんなトーマの視線が止まったのは、何故か、ショウゴの左手首であった。 ショウゴは、左手の手首に怪我を負っていた。 全くなんの処置もしていないのか、先刻見た時より、明らかに大きく腫れ上がっている。 こいつ、一体どんな神経してんだよ・・・かなり痛てーだろそれ? 自分の痛みにかまけながらも、思わずそんなことを思って、トーマは、形の良い眉を眉間に寄せると、憮然としたショウゴに向かって、幾分掠れた声で言うのだった。 「あんた、その手首・・・・・・それ、相当痛いよな?何も感じない訳?どんだけ太い神経してんだよっ?痩せ我慢?」 そこまで言ったトーマの体に、またしても凄まじい激痛に襲ってきて、思わず、唸りながらその身を捩ってしまう。 「痛っ・・・てぇ・・・・・っ」 トーマの指摘に、ハッと肩を揺らしたララが、咄嗟にショウゴの左手を掴んだ。 「・・・っ!」 直接患部を触られたためか、流石のショウゴも、その激痛に眉をしかめ、僅かにその長身を前傾させてしまう。 ララは、驚いたように菫色の瞳を見開くと、腫れあがったショウゴの左手首を眺めてから、怒り心頭した顔つきでこう言うのだった。 「ひどい腫れ方してる・・・っ、でも、これは自業自得よショウゴっ!銃を戻して、早くこっちに来て!その怪我、ドクター・ナガハマの管轄だわ!」 その言葉に、ショウゴは、極めて渋い顔つきをする。 だが、ララは、物怖じすることなく、蛾美な眉を厳しく吊り上げると、ショウゴの右腕を強引に引っ張りながら、診察室へと足を向けたのだった。 ララの細い背中で、腰まで届く長いプラチナブロンドの髪が揺れている。 秀麗なその後姿を眺めながら、トーマは、紺色の瞳をどこか愉快そうに細めて、唇だけで微笑した。 どんなにひどい扱い受けても、好きなもんは好きって訳ね・・・ やっぱ女は判んねーな・・・ そんな事を思った時、あれだけひどかった痛みが、急に緩和されてきたのだった。 どうやら、今頃になってやっと鎮痛剤が効いてきたようだ。 だが、この怪我が治らないうちは、この船からは逃げるに逃げられないだろう。 体の自由が効かないのだから、流石のトーマにも、全くもってどうしようもない状況だ。 一つ大きくため息をつくと、トーマは、ふと、何かを思い出したように、傍らの椅子に無造作に放り投げられている、先刻まで自らが身に纏っていた血まみれのつなぎを顧みたのである。 通信機が破壊されていなければ、そこに搭載された発信機から、バートに自分の位置情報を送信することができる。 あの美人と離れるのは、少々残念な気もするが、だからと言って、いつまでもワダツミのご厄介になっている訳にはいかない。 トーマは、疼く傷に顔をしかめながら手を伸ばし、つなぎのポケットをまさぐって通信機を握ると、それを取り出して小さなディスプレイを覗き込んだ。 スイッチを押すと、正常に画面が表示されてくる。 思わず、してやったりと口元を歪めながら、トーマは、素早くタッチパネルと叩き、バートに向けて自分の位置情報を送信したのだった。 「ギャラクシアン・バート商会を舐めるなよ・・・」 思わずそう呟いて、トーマは、にんまりと笑ったのである。
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