そう言いかけたソロモンの言葉を遮るように、ヒルダは、実に冷静な声色で言うのだった。 「あなたと違って、私は歳を取るのが早いのよ?25年で三歳しか歳を取らないあなたとは、作りが違うわ・・・多少痩せたぐらいで、そんな顔しないでよ」 ヒルダは小さくため息をつくと、無言のままでこちらを見つめるソロモンの優美な顔を、殊更まじまじと仰ぎ見たのである。 その輝くような銀色の髪の下から覗く綺麗な紅い瞳が、疑念と不安を宿しているのがはっきりと見て取れる。 まったくもって彼らしくないその表情に、ヒルダは、何故か愉快そうに笑うのだった。 「早くブリッジに戻りなさいよ。マキ少佐とフレデリカに、コールをかけなくちゃならないんでしょ?何かアドバイスでもしてやったら?若い頃のヘレン同様、フレデリカも気性が激しい。あなたが、実の息子のように溺愛して育てた若い指揮官は、きっと今頃、渋い顔つきをしてるわ」 ソロモンは、ヒルダの腕を強く掴んだまま切な気に両眼を細めると、その言葉を無視するかのように、それでも、冷静な声色で聞くのだった。 「ヒルダ・・・正直に言ってくれ。この痩せ方は異様だ、どこか体の具合を悪くしてるんじゃないのか?」 「ソロモン・・・痛いわ、手を離して」 困ったように眉を潜めて、ヒルダはそう言った。 ハッと広い肩を揺らし、「すまない」と答えて、ソロモンは、ヒルダの腕から静かに手を離す。 ヒルダは、そんなソロモンにゆっくりと背中を向けて、再び、長い通路を歩き出したのだった。 「そんな情けない顔、乗組員達には見せちゃ駄目よ。みんな不安がるわ。余計な心配してないで、早くブリッジに戻って」 「ヒルダ、待て・・・っ」 「待たないわ。私は特別じゃないんだから、そんなに心配してもらわなくても大丈夫よ。どうせ心配するなら、あなたがライオンの巣に放り込んだ、“もう一人の溺愛する息子”の心配でもすることね」 後ろ手に片手を振りながら、ヒルダはそう言ったきりこちらを振り返ることはない。 次第に遠くなっていくその頼りない背中を、ソロモンは、ただ、黙って見送るしか手立てがなかった。 胸にもたげる不安が、何故か消えない。 ざわめくような嫌な予感が、脳裏を掠めて通る。 だが、きっと彼女は、何を聞いても答える気などないのだろう。 ヒルダとはもう長い付き合いだ。 その性格も、知りすぎるほどによく知っている。 ヒルダは、いつも一歩引いた場所で、良き友人として良き理解者としてソロモンの傍にいた。 そこから離れた事も、近づいた事も一度もなかった。 そんな絶妙な関係は、既に25年にも及んでいる。 救助惑星エルメにある、ガーディアンエンジェルの基地で初めてヒルダに出会った時、彼女はまだ、18歳の可憐な少女だった。 当時の主要戦闘機『バイパー』のコクピットから滑走路に降り立ったソロモンを、ヒルダは、実に可愛らしい、はにかんだ笑顔で出迎えてくれた。 あの笑顔を、ソロモンは、今でもよく覚えている。 当時から才女であったヒルダは、研究者として、“完全でないNW−遺伝子”の老化傾向を観察し、それを分析し、“完全なNW−遺伝子”を作り上げるためのデータを収集する役割を担っていた。 科学者となった今も、“完全でないNW−遺伝子”の老化傾向の観察と分析は、変わらず彼女が担っている、任務の一つである。 そのため、ソロモンの乗船する船には、常に彼女も乗船していた。 25年間ずっと、彼女はソロモンと共にあった。 その時間は、ソロモンが“一人目のイヴ”と過ごした時間よりも遥かに長い時間である。 そんなヒルダが、いずれ“その存在を無くす”ということなど、さして脳裏を掠めたことなどなかった。 それだけ、彼女の存在がとても身近にあったからだ。 だが今、ヒルダが“その存在を無くす”と言う、恐怖ともつかない不安が、何故か、そこはかとなく胸の奥に渦巻いてくる。 遠くなっていくヒルダの背中は、何をも語らない。 彼女は時々、先程のように『私は特別じゃない』と言う時がある、だが、それは全くの勘違いだ。 ソロモンは、黙ったまま、ヒルダを再び呼び止めることも出来ずに、ただ、彼女の背中を見つめるばかりであった。 その時、セラフィムの艦内に、レイバン部隊が帰艦したことを知らせるコールが鳴り響いたのである。
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