「・・・・・私は、ワダツミから降りることはできないわ。“飾り”にされるのは勿論嫌・・・・でも、まだ、どこかで・・・」 ララがそう言いかけた時だった。 突然、メディカルルームのオート・ドアが開くと、そこから、拳銃を構えた3名の戦闘員が、ものものしい足音を響かせながら駆け込んできたのである。 「!?」 「早く行って、トーマ!」 いくらなんでも、戦闘員の到着が早すぎる・・・ララは、思わずそんな事を思いながら、慌ててトーマの背中を押すのだった。 「ララっ」 トーマは、咄嗟に片手を伸ばしてララの腕を掴もうとするが、先にシャトルに乗り込んだガブリエラが、悲鳴のような声でトーマを呼んだのである。 「お兄さん!!早く!!」 シャトルに搭載された生体感知センサーが、人間の生命反応を感知して、鈍い振動と轟音を上げながらそのエンジンを始動させ、回転数を上げる推進が、狭い脱出デッキの中に激しい旋風を巻き起こし始めた。 吹き荒ぶ旋風の最中で、ガブリエラの美しい髪が、キラキラと輝きながら乱舞する。 「お兄さん!!」 ガブリエラの声に促されたトーマは、ララに伸ばしかけた手を下ろすと、後ろ髪を引かれる思いにとらわれつつも、右足を引き摺りながら、その長身をシャトルへと翻したのだった。 「お兄さん!掴まって!!急いで!!」 開いたままのシャトル搭乗口から、今にも泣きそうな顔つきをしたガブリエラが、必死でその細い右手をさし伸ばしている。 トーマは、搭乗口のステップに片足を乗せ、いつになく厳しい顔つきをしながら、ガブリエラに向かって左手を伸ばした。 その次の瞬間。 「貴様!何をしている!?」 背後で、野太い怒声が響くと同時に、甲高い発砲音が狭いデッキの中に響き渡ったのである。 咄嗟に背後を振り返ろうとするトーマの右肩に、豪速の弾丸が食い込み、旋風の中に深紅の鮮血が弾け飛んだ。 焼け付くような痛みが全身を走り抜け、トーマは、乱舞する髪の下で端整な顔を激痛にしかめながら、それでも、片足で跳ねるようにして、もう一段ステップを上ったのである トーマの左手が、シャトルの搭乗口に手をかかる、ガブリエラの手が、そんなトーマの腕を必死で掴んだ。 「お兄さん!早く!早く乗って!!」 ガブリエラの叫びと共に、脱出デッキに、戦闘達が駆け込んでくる。 同時に、再び甲高い発砲音が響き渡り、豪速で空を薙いだ弾丸が、ガブリエラの手を握り返したトーマの背中から、その脇腹を貫いていった。 「お兄さん!!」 泣き顔になったガブリエラを、知的な紺色の瞳で見つめると、トーマは、何故か、にっこりと微笑んだ。 ガブリエラの脳裏に、五年前、父が自分を送り出した時のことが横切っていく。 あの時の父も、知的な紺色の瞳でガブリエラを見つめながら、こんな風に笑ったはずだ。 そこから、父とは、もう二度と会えなくなった。 「お兄さん!!一緒に行こう!早く!早く乗って!お兄さん!!」 金色の髪が旋風に乱舞すると、その下から覗く大きな蒼い瞳から宝石のような零れ出す。 だがトーマは、そんなガブリエラの華奢な身体を、思い切りシャトルの内部へと突き飛ばしたのである。 「降りろ!降りるんだ!!」という戦闘員の怒声がこだまする中、シャトルの床に尻餅をついたガブリエラを見つめたまま、トーマは、実にあっけらかんとした口調で言うのだった。 「君のもう一人の兄貴が、この近くにいるから。きっと拾ってもらえるさ」 「お兄さん!!」 慌てて起き上がろうとしたガブリエラに、もう一度ニッコリ笑って見せると、トーマは、シャトルの側面にある搭乗口開閉ボタンを叩くように押したのである。 エアの抜けると音と共に、シャトルの搭乗口が一瞬でクローズする。 その向こう側で、特殊ガラスの窓にすがりついたガブリエラが、必死で何かを訴えていた。 「お兄さん!嫌よ!一緒に行くって言ったじゃない!!お兄さん!お兄さん!!」 だが、その声は、もはやトーマの耳には届かなかった。 先程の発砲で、背中から脇腹を撃ち抜かれていたトーマは、一際苦しそうな顔つきをすると、崩れるようにしてステップの上に両膝をつく。 戦闘員が駆け寄ってくると時を同じにして射出ゲートが開き、シャトルの船体が、激しい旋風を巻き起こしながらふわりと浮き上がった。 内部のガブリエラは、大粒の涙を蒼い瞳から零しながら、必死に窓を叩いている。 その窓越しに、血の繋がらない妹を仰ぎ見ると、トーマは、もう一度微笑(わら)ってみせるのだった。 凄まじい旋風と轟音と共にメインバーニアを噴き上げた救難シャトルが、急速発進し、豪速で脱出通路へと飛び込んでいく。 狭いデッキに吹き上がった熱風に、戦闘員達が思わず顔を庇った。 通路に吸い込まれていくシャトルを見送ったトーマは、とたんに激痛に耐えかねて、ステップの上から床の上へと転がり落ちる。 全身を駆け巡る壮絶な痛みに端整な顔を歪めながら、左手で脇腹の傷を抑えると、その指の合間からどくどくと血の塊が零れ落ちていく。 青いつなぎがみるみる鮮血の赤に染まり、左肩からも生暖かい血がどくどくと流れ出しているのが判った。 ちゃんとショーイに拾ってもらえよ、ガブリエラ・・・・ 苦悶に顔をしかめながらも、トーマの唇が、何故か愉快そうに微笑する。 半ば呆然と脱出シャトル見送った戦闘員の一人が、苦々しく奥歯を噛締めて、床に倒れたトーマの背中を、アーミーブーツの爪先で思い切り蹴り飛ばしたのだった。 「貴様!よくも人質を逃がしたな!?」 低くうめいて身体を丸めたトーマの頭に、冷たい銃口が押し付けられる。 引き金にかかった指に力が込められる。 俺の悪運も、これまでか・・・ トーマが、そう覚悟を決めて、ゆっくりと瞳を閉じた、その次の瞬間。 聡明な菫色の瞳を持つ美しい女神が、鋭い声でそれを制したのである。 「よしなさい!ショウゴは貴方たちに、この人質を殺せと言ったの?どうなの?答えなさい!」 ララは、美貌の顔を厳しく歪めながら、床の上に倒れ伏すトーマの元へと駆け寄ると、鮮血に塗れた体を両腕で抱き起こしながら、戦闘員達の怯んだ顔を睨むように見たのだった。 仮にもララは、デボン・リヴァイアサンの元帥マルティン・デボンの娘である、一介の戦闘員が、そんな人間に逆らえるはずもない。 戦闘員は、しどろもどろになって「いえ・・・」と答えた。 ララは、蛾美な眉を吊り上げて、いつになく激しい口調で言うのである。 「人質の手当てをします。そこで倒れている看護士たちを起して、ドクター・ナガハマを呼んできて。ショウゴには、此処であったことを全部話してもいい、ただし、この人質は殺させない。それは私が許さない。わかったら早く行きなさい!」 「イエスマム!」 戦闘員達は慌てて踵を返すと、アーミーブーツの底を鳴らしてデッキを駆け出していったのである。 ララは、苦々しく眉間を寄せながら、咄嗟に腕の中のトーマを顧みると、その脇腹の弾痕を強く抑えたのである。 「大丈夫!?安心して、直ぐに治療するから!」 「・・・・手、汚れるぜ」 トーマは、荒い息をつきながら、知的な紺色の瞳を力なく細めると、青ざめた唇でそう言った。 焦茶色の前髪が、吹き出した冷たい汗に濡れ、広い額に張り付いている。 否応なしに息があがり、壮絶な痛みが繰り返しその身体を襲う。 トーマは、低くうめいて背中を震わせた。 こんなにやられたのはいつ以来だったか・・・澱みかける思考でそんなことを思いながら、トーマは、こちらを覗き込んでいるララの顔を見上げてみる。 ララは、清楚な美貌にそぐわぬほどの強い表情で、真っ直ぐにトーマを見つめながら、艶やかな唇を静かに開くのだった。 「馬鹿ね、私は看護士なのよ。血で汚れるぐらい、いつものことだわ・・・本当に、とんでもないことをやらかしてくれたわね?」 「そう言う・・・・君も、こんなこと・・・・・・すると、また・・・あの艦長との仲・・・・悪化する・・・・っ」 そこまで言って、トーマは苦痛にうめきながらむせ返った。 段々と指先が冷たくなっていくのが判る。 「喋らないで、大人しくしてるのよ」 なだらかなララの肩から、プラチナブロンドの美しい髪が零れ落ち、蒼白になったトーマの頬を緩やかに撫でた。 そのしなやかな肢体から漂う医薬品の匂いと、ほのかな香水の香り。 まるでお袋みたいだな・・・・・ もう随分と前に亡くなったトーマの母親は、大学病院の看護士だった。 その研究室で、当時妻のあった父と知り合い、そして恋に落ちた・・・・ 因果なものだと、そんなことを思ったトーマの意識が、急速に遠のいていく。 結構楽しく生きてきたから、別に、こんな終り方も悪くない・・・ 人に勘違いされやすくて、それでいてひどく寂しがりなショーイの傍には、今、ルツがいる。 俺がいなくなっても・・・もう、大丈夫だよな・・・ショーイ・・・ そこで、トーマの意識は完全に途切れた。 急に動かなくなったトーマを、ララは、驚いたように軽く揺すったのである。 「トーマ!しっかりしなさい!トーマ!」 慌てて呼吸を確認すると、乱れていて浅いが、まだ確実に息をしている。 「・・・大丈夫よ・・・っ!絶対助けるからっ、諦めないでっ!」 ララは、凛とした表情でトーマの体を両腕に抱き締めると、蛾美な眉を眉間に寄せながら、天井に設置された音声センサーを仰いだのだった。
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