* 戦艦ワダツミのメディカルセクションではトーマ・ワーズロックが、目覚めたばかりのガブリエラ・ワーズロックを負傷した右腕に抱え、点滴用のポールを片手ににんまりを笑っていた。 辺りには、見張り役であった屈強な男性看護士達が、体のあちこちに青痣を作った状態で倒れ伏している。 ただ一人、トーマの手当てに当っていたララ・メイミー・デボンだけは、美貌の顔をきょとんとさせながら、まじまじとそんなトーマを仰ぎ見ていたのだった。 ララが、替えの点滴を取りに行き、帰ってきた時には既にこの状態であった。 一体何が起こったのか、この惨状を見れば一目瞭然である。 しかし、利き腕と利き足に銃弾を受けていながら、ここまでのことをやってのけるトーマの手腕に、ララは唖然とし、ひたすら言葉を失うばかりであった。 「お、お兄さん・・・大丈夫なの?怪我してるんでしょ?こんなことして、傷が開くわ」 トーマの腕の中で、失われた惑星の色に似た澄んだ蒼い瞳を盛んに瞬きさせながら、宇宙の歌姫アンジェリカことガブリエラが、さも心配そうにその顔を覗きこんでいる。 そんなガブリエラを顧みて、トーマは、あっけらかんと笑うのだった。 「大丈夫だって、お兄さんはタフなんだから。こんなことしょっちゅうだし、心配しなくていいって」 相変わらずの口調でそう答えると、ガブリエラに支えられながら、トーマは、右足を引き摺った状態で、メディカルセクションの端にある負傷者専用脱出ポットへと歩き出したのである。 ワダツミは、ケンタウロス級の大型戦艦だ、その船内の数箇所には、大抵、脱出ポットが装備されているものである。 特に、メディカルセクションには、怪我人や病人が収容されてる場合があるため、万が一の時に早急に離艦できるよう、独立した脱出ポットを完備している事はほぼ常識だ。 トーマは、端からそれを知っていて、わざと撃たれたと言っても過言ではない。 綺麗な菫(すみれ)色の瞳を見開いたまま、ララは、そんなトーマの背中に思わずこんなことを言うのである。 「待ちなさい!私を縛り上げないと、ブリッジに通報するかもしれないわよ!」 ララのその言葉に、トーマは、広い肩越しにゆっくりと振り返ると、端整な唇の端を愉快そうにほころばせて言うのだった。 「別に、通報しても構わないぜ。ガブリエラだけ逃げられればそれでいいんだからさ。それに、俺、女を縛り上げる妙な趣味はないから」 トーマの手が、脱出ポットのオート・ドアコンソールにかかった。 「嫌よ!私一人で逃げるなんて嫌!お兄さんも一緒じゃなくちゃ嫌よ!」 そんなトーマの胸に、瞳に一杯の涙を溜めたガブリエラがぎゅっと抱きついてくる。 トーマは、左手に握っていた点滴ポールを床に放り投げると、柔らかで美しいガブリエラの髪をそっと撫でながら、そこか可笑しそうに言うのである。 「大丈夫だって、何にもなければ一緒にいくから」 その時、呆然としていたララが、腰まで届く長いプラチナブロンドの髪を揺らしながら、慌てた様子で駆け出すと、トーマと、そしてガブリエラの元へと駆け寄ってきたのだった。 「ちょっと待って!」 焦茶色の前髪の下で、紺色の瞳だけを動かしてちらりとララを顧みると、トーマは、素早くオート・ドアのコンソールを叩く。 だが、小さな液晶パネルには、パスワードエラーの表示が出た。 「やっぱりパス付きかぁ・・・」 「当たり前だわ・・・あなた、敵である私の前で、よく堂々とこんな真似ができるわね?」 聡明で清楚な美貌を持つ顔を、さも呆れ返ったような表情で満たしながら、ララは、傍らのトーマをまじまじと見上げると、その細い腰に両手をあてがった。 トーマは、端整なその顔に相変わらず人懐っこい笑を浮かべて、何の気なしに答えて言うのである。 「だってほら、君は戦闘員じゃないだろ?それに、根っからのテロリストって感じでもないし、ここの艦長には憤慨してるみたいだし、あんまり危険はないって感じ?」 「・・・・・なんて人なのあなた?あなたって、ある意味ショウゴより性質(たち)の悪い男だわ」 ため息混じりにそんなことを言うと、ララは、その白く細い指先を伸ばして、何故か、オート・ドアのコンソールにパスワードを打ち込んだのだった。 その仕草に、トーマとガブリエラが、思わずきょとんと目を丸くして、お互いの視線を合せてしまう。 ガブリエラは、どこか心配そうに綺麗な眉を寄せると、美しい看護士ララに聞くのだった。 「あの・・・こんな事をして、あなたは大丈夫なんですか?叱られたりしませんか?」 「平気よ。ショウゴは、何があっても私だけは絶対に殺さない。それに、利用できるものはなんでも利用するっていうショウゴの遣り方は、正直、好きじゃない・・・」 ふと、切なそうに細められたララの瞳の中で、ゆっくりと脱出ポットのオート・ドアが開いた。 決して大きくはないデッキに、人体を感知して明かりが点灯し、その淡い光の中に、一機の小型シャトルが、大気圏航行用の両翼を畳んだ状態でひっそりと佇んでいたのだった。 オートマニューバ式のその救難シャトルは、大人が十人乗れるか乗れないかの極めて小型のものだ。 その船体は、何処となく鯨に似た形状をしている。 船体の側面に設置されたガルウィング式の搭乗口が、ゆっくりと開いていく。 「早く行きなさい。緊急時じゃないから、戦闘員が飛んでくるかもしれない。シャトルの中には宇宙服があるから、乗ったら直ぐに着替えて。オートマニューバで、一番近い惑星国家に向かうはずよ。艦から射出されたらオートで救難信号が出るわ、仲間の船に拾ってもらえる可能性もある」 ララはそう言って、艶やかな唇で小さく微笑んだのである。 トーマは、小さく肩を竦めると、清楚で聡明なララの顔を、心なしか寂しそうに見つめすえたのだった。 「あのさ、俺に脅されて、仕方なく此処を開けたって言っていいから」 トーマは、ガブリエラの華奢な背中を軽く叩いて、シャトルに向かうように促した。 「お兄さん」 ガブリエラは、秀麗な顔を不安そうにしかめて、そんなトーマの顔をまじまじと仰ぎ見る。 そんなガブリエラに向かってニッコリと笑いながら、トーマは言う。 「ガブリエラ、シャトルまで走れ。直ぐに行くから。俺、こんな足じゃん?先に行って待っててくれるか?」 「絶対に来る?」 「行くよ、可愛い妹を、また一人にする訳にはいかないしな」 片目を閉じながらそう答えたトーマに、ガブリエラは、やっと安堵を覚えたのか、こくんと小さく頷くと、華奢な肩で金色の髪を弾ませながら、小走りでシャトルへと走り出したのだった。 そんなガブリエラを横目で見やると、トーマは、その端整な顔を、ふと、実に神妙な面持ちに引き締めると、ゆっくりとララに向き直ったのである。 ララは、綺麗な菫色の瞳で、焦茶色の前髪から覗く知的な紺色の瞳を、真っ直ぐに見つめすえた。 トーマは、いつになく落ち着いた声色で静かに言う。 「もしよかったら・・・・・・君も来るか?“飾り”にされるのが、嫌なんだろう?」 その言葉に、小さく首を傾げると、ララは、どこか困ったように、しかし、ひどく切なそうに微笑(わら)うのである。
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