* 宇宙戦闘空母セラフィムのコントロールブリッジ。 そこに搭乗する40名ものオペレーターは、ツァーデ小隊T―1と、そしてT―2の攻防を一部始終傍観した後、ほぼ全員が、唖然として口を半開きにしてしまった。 オペレーターセクションにあって、一番年長であろう機関長ビル・マードックが、白髪混じりの頭を困ったようにかきながら、ワンセクション高い場所にある艦長席を振り返った。 そこには、シルバーグレイの軍服を纏う、実に容姿端麗な青年がゆったりとした物腰で腰を下ろしている。 一見すると、その年頃は二十代の後半、その顔立ちは、精悍にして繊細であり、どこか中性的な耽美さと優美さを併せ持っていた。 輝くような銀色の長い髪と、その前髪から覗く、柔和な中に鋭さを兼ね備えた美しい紅の瞳、そして、艶やかなブロンズ色の肌。 それは、この宇宙戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンの姿であった。 その傍らには、白衣を身に纏った知的な女性が一人、実に愉快そうな顔つきをして立っている。 ブリッジに姿を見せるのは極めて珍しいその女性は、このセラフィムに乗船する女性科学者、ヒルダ・ノルドハイム博士であったのだ。 ビルは、しわの刻まれた瞼の下から艦長席を仰ぎ見たまま、困ったように眉根を寄せ、ソロモンに向かって言うのである。 「艦長、T―2のパイロットは、確か、ルーベント艦長の娘でしたね?」 大きな座席にゆったりと腰を落ち着けていたソロモンが、輝くような銀色の長い髪を揺らしながら、どこか愉快そうな口調で答えるのだった。 「ああ。よく似てるだろう?やることが?」 「ははは・・・本当に、ルーベント艦長の若い頃とそっくりだ」 ビルは、白い髭をたくわえた口元をもたげて苦笑する。 機関長のビル・マードックは、ガーディアンエンジェルの戦艦勤務となって40年のベテラン機関士である。 あと一年程で正規退役を迎える年だが、彼の機関管理の手腕はまったく以前と変わらず、衰えることはない。 長い年月をガーディアンエンジェルの船で過ごしてきたビルは、先程、ツァーデ小隊の若き隊長とドグファイトを繰り広げたフレデリカの母親、戦闘空母エステルの艦長で、“鋼鉄の女王”と渾名されるヘレンマリア・ルーベントのことも良く知っていた。 「血は争えないものですね。昔、ルーベント艦長も、ああやってよく上官に喧嘩を売ってましたからね」 ビルは、さも可笑しそうにそう言った。 その言葉に、ソロモンも、そして、その傍らに立つヒルダも、思わず吹き出してしまう。 そんなビルに答えたのは、ソロモンではなくヒルダである。 「喧嘩を売ったその上官と、結局は結婚することになったんだから、あれはきっと、愛情表現の一種だったのよ」 「そうかもな」 肘掛に頬杖をつきながらソロモンがそう返答し、オペレーターセクションのビルは、実に愉快そう一笑したのである。 その時、主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンが、紅いルージュの引かれた唇をもたげながら、ゆっくりと艦長席を振り返った。 「艦長、どうしますか?このまま、訓練続行の指示を出しますか?」 「いや、引き上げさせれくれ。俺個人としては、実に面白い訓練風景を見させてもらったが・・・セラフィムの艦長としては、立場上、パイロットの命令不従順を、放っておく訳にはいかないからな」 ソロモンは、シルバーグレイの軍服の肩を軽く竦めると、片手で前髪を梳き上げながら、そう答えて言った。 実にソロモンらしいその言葉に、オリヴィアは、可笑しそうに笑いながら「イエッサー」と答え、インカムマイクに向かって、訓練宙域のレイバン部隊に帰艦命令を出したのである。 ソロモンは、傍らで、未だ可笑しそうに笑っているヒルダを、その美しい紅の瞳で仰ぎ見ると、相変わらず柔和に唇をもたげながら、冷静な声で言うのである。 「それでヒルダ、君がイルヴァと『アルヴィルダ』を、一年以上かけて分析した成果は、RV−019に繁栄されていたか?」 その言葉に、ヒルダは、片手で軽く眼鏡を押し上げると、ふと、満足そうに微笑して、無造作に後ろで結った長い茶色の髪を解きながら、どこか愉快そうに答えるのだった。 「ええ。マキ少佐とヘレンの娘が、面白いものを見せてくれたお陰で、私の研究成果が無駄じゃなかったってこと、かなり実感できたわ」 現在、ツァーデ小隊に配備されているレイバンの最新鋭機RV−019VFc(シータ)は、このヒルダ・ノルドハイム博士の発案によって開発された機体である。 セラフィムの搭乗員の中には、トライトニアの誇る戦闘用セクサノイド、タイプΦヴァルキリー、イルヴァがいる。 イルヴァと、そして、彼女が搭乗するアーマード・バトラー『アルヴィルダ』を事細かに研究し分析したデータが、全て、RV―019に繁栄されているのだ。 ヒルダは、落着き払った声で言葉を続けた。 「RV―019も完成したし、私がやるべき仕事は、残すところ、ソドムシンク砲の改良だけね」 それは、実に何気ない言葉であった。 だが、ソロモンは、その言葉の端に僅かな違和感を覚える。 肘掛に頬杖をついたまま、形の良い眉を怪訝そうに潜めると、長い前髪の下から、真っ直ぐにヒルダの横顔を凝視して、ソロモンは、徐に口を開いたのである。 「・・・まるで、ソドムシンク砲の改良が、最後の仕事だというような言い方だな?ヒルダ?」 ヒルダは、白衣の肩を小さく揺らした。 眼鏡越しに覗く知的な青い瞳で、ゆっくりとソロモンの優美な顔を顧みると、別段いつもと変わらぬ様子で軽く微笑するのだった。 「あら、そうだったかしら?きっと気のせいだわ。だって私、この船を降りる気なんかないもの」 冷静な声色でそう返答して、ヒルダはソロモンに背中を向けながら、言葉を続けた。 「研究成果も見させてもらったし、ラボに戻るわ。イルヴァに仕事押し付けてきちゃったから、もう戻らなくちゃ」 ヒルダは、両手を白衣のポケットに突っ込むと、艦長席のオート・ドアにその姿を消していく。 そんな彼女の態度と言動が、何故か無償に気になったソロモンは、優美な顔を訝しそうにゆがめたまま、ゆっくりと席を立ち、ヒルダの背中を追ってオート・ドアの向こう側へ足を進めたのである。 オート・ドアを抜けると、セラフィムの長い通路には、F第三セクションへと向かうヒルダの後姿があった。 白衣の背中で緩やかに揺れる、大きなカーブを描く長い茶色の髪。 何故か、その後姿に、遠い記憶の中にある愛しい少女の後姿が重なった。 それは、とても華奢な背中だった。 どこか頼りない背中でもあった。 それを見つめすえたソロモンの胸に、奇妙な不安が過ぎっていく。 何が彼にそう思わせるか、今は知る由もない。 だが、まだ少年であった頃、永遠の別れに際する寸前、あの少女の背中も、確か、こんな風にひどく頼りなく見えていた。 「ヒルダ」と、ソロモンは彼女の名前を呼んだ。 ヒルダは、ふと、足を止め、怪訝そうに眉根を寄せながら、静かに背後を振り返る。 いつの間にかそこに立っていたソロモンの長身を仰ぎ見て、ヒルダは、困ったように小さく笑うと、こんなことを言うのである。 「あら、どうしたの?そんな顔して?今にも泣きそうな顔よ?あなたらしくないわね」 今、自分がどんな表情をしているのか皆目見当もつかないが、ヒルダがそう言うくらいだ、とてつもなく情けない顔をしているのだろう。 ソロモンはそんな事を思いつつ、差し伸ばした両手でヒルダの腕を掴んだ。 その瞬間、ヒルダの腕の細さに驚愕を覚えて、ソロモンは、美しい紅の瞳を大きく見開いてしまったのである。 「・・・・・っ」 ヒルダは、元からふくよかなタイプの女性ではない。 どちらかと言えば細身で、お世辞にもグラマラスといった体系の持ち主ではなかった。 だが、この腕の細さは明らかに異様だ。 以前よりも更に細くなり、今にも折れそうな程である。 「ヒルダ・・・この腕・・・どこか、体の具合が・・・」
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