* 広大な宇宙の闇に、連なる星々の瞬き。 その美しさに見惚れる時間はない。 宇宙戦闘用高性能ステルス爆撃機レイバンRV―019の操縦桿を握り、ハルカ・アダミアンは、キャノピ越しに遠く見える、デボン・リヴァイアサン所属の戦艦『ワダツミ』を、凛とした眼差しで見つめ据えていた。 レイバンの熱源感知レーダーが、惑星トライトニアの軌道上を航行する艦隊を表示している。 全部で36隻、全て、ケンタウロス級駆逐艦であるが、速度を低速に保ちながら、砲門を開くこともなく、ただ、じっと、こちらの動向を伺っている様子であった。 先刻、ワダツミから送信されたあの犯行声明を、ハルカもしっかりと見聞きしていた。 恐らく、あの脅し文句のために、トライトニア艦隊はワダツミに手出しが出来ないのであろう。 確かに腹立たしい犯行声明であったが、ある意味、ハルカにとっては好都合なのかもしれない。 戦艦ワダツミは、速度2700Sノットという高速でジルベルタ星系第六惑星フェンリルと、第七惑星ダイモンの合間を横切っていく。 両惑星の軌道抜けたら、そこは、もうワープイン可能領域だ。 此処でワープインされてしまったら、ワープアウト座標を割り出さない限り、追う事は不可能となる。 ヘルメットシールドの下で、形の良い眉を眉間に寄せると、ハルカは、意を決した様子でブーストコントローラーを強く踏みしめたのだった。 このまま、ワダツミをワープインさせる訳にはいかない。 トライトニア艦隊も手をこまねいている、だとしたら・・・ 「足止めしないと、まずよね」 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、ハルカは、レイバンを加速させ、ワダツミとの距離をみるみる詰めていく。 レイバンは、文字通りのステルス機である。 そのため、レーダーにも熱源感知レーダーにも機影は映らない。 ワダツミが、レイバンの存在を把握するには、その機体を目視するしかないのである。 両翼に青い六芒星を掲げたレイバンのダークブラックの機体が、銀色の閃光を引きながらワダツミの船尾へと近づいていく。 「キリア、火器ロック解除。レーダー誘導ミサイル発射準備」 『イエッサー、RDY GUN』 ナビゲーションシステム“キリア”は、すぐさまそう返答した。 眼前のモニターには、ミサイル発射準備が整ったことを知らせるカーソルが点滅する。 ミサイルの発射ボタンに手をかけながら、ハルカは、操縦桿を緩やかに倒し、大きく旋回しながらワダツミのブリッジへと近づいていくのだった。
* 25名のオペレーターを抱えたワダツミのコントロールブリッジは、水を打ったような静けさに包まれている。 そんな中、艦長席に腰を落ち着けているショウゴ・二カイドウの傍らには、何故か、人質として拘束されたトーマ・ワーズロックの姿があった。 その右の上腕と右太腿には真新しい包帯が巻かれているが、ずっとこうやって立たされているせいか、既に赤く血が滲んでいる。 反抗声明の引き合いに出されたガブリエラは、あまりのショックと恐怖で、再び意識を失ってしまい、先程、ワダツミのメディカルセクションに運び込まれたばかりだった。 宇宙の歌姫は繊細な芸術家だ。 テロリストに拉致され、悲惨な殺戮を見せ付けられた上、挙句の果てには“盾”にされてしまったのだ、たった16歳の純粋で繊細な少女は、そのストレスに耐え切れなかったのだろう。 そんな妹に思いを馳せながら、トーマは、傷口の痛みに端整な顔をゆがめつつ、ひどく訝し気な視線で、先程から、ずっと黙ったまま、宇宙の大海原を見つめているショウゴの横顔を見やったのである。 「それで、何で、俺が此処に立たされてる訳?お陰で血が止まんないですけど?これって新手の拷問?」 相変わらずの口調でそう言ったトーマちらりと見やり、ショウゴは、鼻先で愉快そうに笑いながら、長い前髪の隙間から覗く黒曜石の瞳を細めるのだった。 「そうだな、血の気が多い奴の血は、抜いておくことに越したことはない」 恐らくこの言葉は真意じゃない・・・と、トーマは、ますます訝しそうに眉根を寄せる。 この青年は食えない男だ。 トーマが、ギャラクシアン・バート商会の人間だということを知っているからには、もしかすると、バートがワダツミを追撃してきた場合を想定して、先程、声明でガブリエラにしたように、トーマの脳天に銃でも押し付けて、バートの動きを止めようとで思っているのかもしれない。 この男ならそれぐらいやりそうだと、トーマは思う。 だが、ギャラクシアン・バート商会が、そんな脅しに乗るとは限らないことも、トーマは良く知っていた。 なんと言っても、バートの船長は、腹違いの兄ショーイ・オルニーだ。 例えトーマを盾に脅されたところで、「お好きにどうぞ」と言いながら、平気で主砲を撃ってくるだろう。 その時には、冷静だが、やたらと気障な雰囲気を醸し出すこのショウゴ・二カイドウが、一体どんな顔をするのかと、考えるだけで愉快になる。 トーマは、緊張感もなくぷっと笑いを吹き出した。 そんなトーマの様子を、ショウゴの凛とした眼差しが顧みる。 「馬鹿が本当に馬鹿にでもなったか?何が可笑しくて笑ってるんだ・・・おまえ?」 冷静で沈着な声でそう聞いてきたショウゴに、トーマは、あっけらかんとした顔つきで、さも平然と答える。 「別に・・・ただ、ギャラクシアン・バート商会は馬鹿の集まりだって思ったら、なんか可笑しくなちゃって」 「馬鹿の集まりか・・・確かに、おまえの乗っていた船は、馬鹿の寄せ集めかもな。 AUOLP規約を盾に、交戦宙域を突破した事が過去45回、レベル3以上の危険貨物を運んだのは、ここ一年で14回・・・・・・馬鹿しかできない仕事だ」 「うっは、そんなことまで調べてたんだ?俺等ってやっぱ有名じゃん」 「元帥の身柄を、アルキメデスから引き摺りだした民間企業だ・・・・・・嫌でも調べるしかないだろう?馬鹿は始末が悪いからな」 ショウゴは、皮肉っぽくそう言って、端整な唇を愉快そうに歪めると、左の手首をさり気無く右手で抑えるのだった。 だが、トーマは、その仕草を見逃さない。 焦茶色の前髪の下で視線だけを動かし、ショウゴの二の腕をちらりと見やると、戦闘服の袖から覗く左手首が紫色に変色し、腫れているのが確認できた。 ヴァルキリーと格闘した時に、怪我でもしたのだろう。 この腫れ方だ、相当な痛みがあるはずだろうが、ショウゴは、それを微塵も顔には出さない。 艦長の怪我に気付いている部下が、このブリッジの中に、果たしてどこのぐらいいるのだろうか・・・ こいつ、おかしいんじゃねーの?と、心中でそんな悪態をつきながら、トーマは、小さくため息をつくと広い肩を竦めつつ、左手の長い人差し指で、ショウゴの左手首を指したのだった。 「あんた、痩せ我慢すんの好きなタイプ?それ、かなり痛くない?」 「・・・・・・・」 ショウゴは、鋭利に細めた視線で、あっけらかんそう言ったトーマをちらりと見やり、精悍な唇を鋭利にもたげると、何の返答も口にはせず、実に皮肉っぽく微笑うのである。 このトーマ・ワーズロックと言う青年が、ただの馬鹿ではないことを確信して、ショウゴは、何故かうすら可笑しく思った。 いつも身近にいる部下ですら、ショウゴの怪我に全く気付いていないのに、この青年はあっさりとそれに気付いたのだから。 その時、艦長席の背後でオート・ドアが開き、そこから、医療用具ケースを抱えた一人の女性が、静かに、ブリッジへと足を踏み入れてきたのである。 トーマは、片足で体を支えながら、ふと背後を振り返る。 すると、そこに立っていたのは、腰まで届く長く美しいプラチナブロンドの髪と、聡明な輝きを宿す菫(スミレ)色の瞳を持つ、女神と見紛うほど美麗な女性であったのだ。 知的で清楚な印象を与える整った鼻筋と、微かな憂いを含むどこか悩ましげな目元。 菫色の瞳を縁取るのは、大きくカーブした長い睫毛である。 綺麗な微笑みを刻む艶やかな唇。 ライトブルーの看護服を、しなやかで細いその身に纏い、育ちの良さそうな雰囲気を持つ彼女は、先刻、トーマの傷の手当てをしてくれた看護士に違いない。 テロリストの船に乗っていることが、さも不思議でならない程の美貌を持ち、トーマが思わず見惚れた女性でもあった。 この美貌を忘れる筈もない。 「?」 何故、彼女がこんな所に姿を見せたのか、トーマは、訳がわからず小首を傾げてしまった。 先程彼女は、自らの名前をララと名乗っていた。 ララは、腰まである長い髪を揺らしながら、ゆっくりとトーマの傍らに歩み寄ると、抱えていた医療用具ケースを、静かに床に置いたのである。 片手で、秀麗な頬にかかるプラチナブロンドの髪をかき上げながら、ララは、床に座り込むようにして新しい包帯と消毒液の用意しながら、落着き払った声で言うのだった。 「やっぱり、思った通りだわ。傷が開いてきてる。そのままだと化膿するわ。本当は、抗生剤の点滴を打っておいた方がいいんだけど・・・・とりあえず、包帯を替えましょう。座って」 「・・・・・・・」 トーマは、ララのその言葉にきょとんと目を丸くすると、何を思ったか、艦長席に腰を下ろしたまま振り返ることもなく、無言で眼前を見据えていたショウゴの肩を、何の遠慮もなく掴むのだった。
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