* 外洋宇宙を航行していたガーディアンエンジェルの大型戦闘空母、セラフィムのコントロールブリッジに、トランスポーター「バート」から、その一報がもたらされたのは、惑星トライトニアからコーネル第一艦隊が飛び立ってまもなくの事である。 オペレーターセクションを見下ろす艦長席に身を委ねたまま、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンは、落着き払った冷静な眼差しで、通信モニターに映るショーイの端整な顔を見つめすえていた。 『すまないソロモン、申し訳ないと思っているよ、。今回ばかりは、依頼を完璧にこなすことは出来なかったようだ・・・まさか、デボン・リヴァイアサンの連中が、オーダムに戦艦を乗りつけるとは、流石の僕も予想していなかったものでね』 ショーイは、眼鏡の下の知的な瞳をどこか神妙な面持ちで細め、繊細の顎の下でゆっくりと両手を組むと、白いショートローブを纏う肩を小さく竦めた。 ソロモンは、肘掛に頬杖をついたまま、ゆっくりと長い足を組替えると、ブロンズ色の肌に彩られた優美な顔に、困ったのような微笑を浮かべたのである。 「そんな風に謝らないでくれるか?ショーイ?ギャラクシアン・バート商会はよくやってくれてるさ。それに、余計な仕事を押し付けたのはこの俺だからな・・・“イヴ”のことも気に掛かるが、トーマのことも気に掛かる。トライトニアの動向を伺いながら、セラフィムも、ジルベルタ星系に向かうことにするよ」 『本気で言ってるか?ソロモン?ガーディアンエンジェルの船が、ジルベルタ星系に入るとどういう事になるか、判らない訳じゃないだろう?』 形の良い眉を眉間に寄せて、ショーイはそう聞き返す。 そんなショーイに向かって、ソロモンは、端整な唇の角を柔和にもたげると、揺るぎない落着きを保ったまま、徐に口を開くのだった。 「勿論、本気さ。ワダツミが動いたからには、こちらも動かない訳にはいかない。あの船の艦長は優秀だ。放っておけば、また“イヴ”を見失うことになりかねない。 巻き添えを食ったトーマを救出しなければならなしな。バートだけじゃ、手が足りないだろう?」 その言葉に、ショーイは、ふとどこか愉快そうに微笑した。 『そう・・・貴方がそう言うのなら、止めはしないよ。でも、万が一、ライトニア艦隊が出てきて、セラフィムに攻撃を開始しても、AUOLPの承認エンブレムを掲げている以上、バートは、表立ってセラフィムの支援はできない。生憎、今回のバートの積荷は、レベル3の化学薬品だから、52条特記は建前に使えない。 まぁ、うちの船員がワダツミに拉致されているから、ワダツミへの砲撃は可能だけど』 「大丈夫だ。セラフィムは、そう簡単は沈められるほどやわな船じゃない」 ソロモンはそう言って、頬杖を外すと、どこか余裕有り気に微笑(わら)うのである。 『確かにそうだね』と答えて、ショーイもまた、やけに不敵な表情で微笑すると、相変わらずの口調で言葉を続けたのだった。 『ハルカから報告を受けて、さっき調べてみたんだけど、デボン・リヴァイアサンには、かなり凄腕のハッカーがいる。トライトニアのレーダー通信ネットワークを麻痺させて、ヴァルキリーのシステムプログラムにまで侵入できるほどのね。電子戦には気をつけた方がいい・・・恐らく、そのハッカーは、ワダツミの船員だ。この間のタルタロス宙域一件、ガ―ディアンエンジェルの情報を傍受したのは、そのハッカーだと、僕は思うよ』 「わかった、肝に銘じておく。バートも気を付けろよ」 『勿論、こちらは抜かりなく、じゃ、また後で』 「ああ」 そこでバートからの通信は途絶えた。 ソロモンは、シルバーグレイの軍服の肩で一度大きく息を吐くと、組んだ足の上で両手を組みながら、何かを思案するように、ゆっくりと美しい紅色の瞳を閉じたのである。 輝くような銀色の長い髪が、その広い胸元へと音もなく零れ落ちていった。 五年前、ギャラクシアン・バート商会の手腕で拘束したデボン・リヴァイアサンの主催者、マルティン・デボンは、ワダツミがトライトニアから奪還した。 そのワダツミは、“イヴ”を盾にしてトライトニア艦隊を振り切り、ジルベルタ星系を逃れるつもりなのだろう。 あろうことかワダツミには、イヴと一緒にトーマまでもが拘束されている。 優秀な指揮官であろうあの青年、ショウゴ・二カイドウが指揮する戦艦「ワダツミ」から、二人を連れ戻すのは至難の業かもしれない。 それでも、策がない訳では決してない。 ソロモンはゆっくりと瞼を開くと、その美しい紅の瞳を猛禽類の如く鋭利に閃かせ、冷ブリッジに向かって冷静な口調で言うのだった。 「本艦はこれより、ジルベルタ星系に向かう。座標修正6.22。ワープエネルギー充填開始。メインエンジン出力最大。敵の懐に飛び込むことになる、全砲門を開いて攻撃に備える。レイバン部隊、フォーメーション凵iデルタ)で発進準備、全パイロットは機内で待機」 その声に、40名ものオペレーター達が一斉に「イエッサー」と返答した。 主任オペレーター、オリヴィア・グレイマンが落着き払った声で言う。 「レイバン部隊召集通達完了。ワープシステムオールグリーン。エネルギー充填開始します。ワープインまで、残り30秒前」 それに続くように、機関長ビル・マードックが言う。 「エナジーバルブ接続完了。メインエンジン出力最大」 宇宙戦闘空母セラフィムの大型タービンが、低く振動しながら急速に回転数を上げると、巨大なメインバーニアが青い炎を噴き上げ、巨大な船体を支える大推進が、最大値にまでその出力を引き上げる。 落着き払ったオリヴィアの声が、いつものようにカウントを開始した。 「ワープインまで、残り15秒・・・・10、9、8、7、6、5、4、3、2」 「セラフィム、ワープイン」 落着き払ったソロモンの声と共に、セラフィムの巨大な船体が虹色の閃光を上げ、無限の宇宙の彼方へと一瞬にして消えていく。 ガーディアンエンジェルと激しく敵対する惑星国家トライトニアを抱く、ジルベルタ星系に激しい攻防の幕が上ろうとしていた。
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