そうきたか・・・・・と、思いつつ、勤めて冷静な口調でリョータロウは言う。 「T―1よりT―2。これは実戦訓練だ、他の小隊も参加してる。私的なことを持ち込むな。訓練は他小隊機と続行。戻れ、ルーベント大尉。これは命令だ」 『また逃げるつもり?』 「逃げるとか逃げないとか、そんな問題じゃないだろ?おまえ、ほんとに好い加減にしろよ」 不愉快そうに眉間を寄せながら、リョータロウが、思わずそんなことを口にした時、不意に、レーダーレンジからT―2の機影が姿を消したのである。 同時に、ナビゲーションシステム・キリアの無機質な声が、リョータロウにこう伝えてくる。 『ツァーデ小隊T―2、演習コードに移行。T―1は、T―2を敵機と認識』 「あの女・・・っ」 リョータロウは、苦々しく眉間にしわを寄せ、ブーストコントローラーを踏み込んだ。 識別コードを演習コードに移行したということは、つまり、T―2、フレデリカ機はステルスモードに移行して、こちらに攻撃を仕掛けてくるということだ。 凛と強い黒曜石の瞳を鋭利に歪め、有視界でT―2を確認しようと、リョータロウは、キャノピ越しに暗黒の宇宙空間を見回した。 その次の瞬間。 T―1のコクピット内に、敵機接近を知らせるけたたましいアラームが鳴り響いたのである。 どこまで性質(たち)の悪い女なんだと、リョータロウは、ますます渋い顔つきをする。 こうなった以上、フレデリカがその気であるならば、撃墜するという手段でしか彼女を黙らせる方法はないのかもしれない。 此処で交戦を拒否して、わざと撃たれるような真似をすれば、それは、彼女の闘争心をますます助長することになるだろう。 「キリア、演習コードに移行・・・っ、エンゲージ」 『イエッサー』 腹立たしい思いに駆られながらも、リョータロウは操縦桿を引いてT―1の機首を上げ、ブーストコントローラーを更に踏み込みながら、逆宙返り連続ロールで、鮮やかな縦ループを宇宙空間に刻んでいった。 その優れた同体視力が、一瞬で360度全面を見回し、その視界の中に、T―2、フレデリカ機を捉えたのである。 有視界確認、右舷前方15時の方角。 T―1のメインバーニアが轟音と共に青い炎の帯を引き、ブースト圧イエローゾーンで一気に加速する。 高性能イグナイトエンジンの回転数が上昇し、真新しいダークブラックの機体が、流星を越える速度でT―2へと迫っていく。 敵機接近を知らせるアラームは未だ止まない。 鋭いGを感じながらも、リョータロウは、殊更厳しい顔つきをしながら、照準レンジにの中にT―2を捉える。 だが、T―2、フレデリカは、そのまま素直にロックオンをかけさせてくれるような相手では決してない。 凄まじい高速で左急旋回、T―1の照準射程をまんまと抜けてしまう。 その機影を追って、T―1もまた左舷に急旋回する。 RV―019の高出力機体同士、互いに演習コード、条件は互角だ。 ドグファイトでケリをつけるのが、一番手っ取り早いのかもしれない。 銀色の帯を引きながら、流星を越える速度で前を行くT―2に、T―1が激しい追走をかける。 「キリア、ビームガドリング発射準備」 『イエッサー、RDY・GUN(発射準備完了)』 リョータロウは、T―2の後方にぴったりと機体を張り付かせ、照準レンジの中で揺れるT―2の機影を睨むように見つめすえた。 デジタル照準ゲージが電子音を上げながら赤く点滅すると、大きくロックオンを表示する。 リョータロウの指が、躊躇う事なくビームガドリングの発射ボタンを押した。 それと同時に、T―2は急加速急降下。 寸前の所で、演習用の白いガドリング弾を回避してしまう。 「チッ」と舌打ちしながら操縦桿を倒すと、T―1もまた、閃光の帯をひきながら急加速急降下、メインバーニアを噴き上げ凄まじい速度でT―2を追う。 T―2は、ほぼ鋭角で右旋回、急上昇で逆宙返りすると、そのまま、下限で機首を上げたT―1に向かって、容赦なくビームガドリングを撃ちこんでくる。 左急旋回で豪速のガドリング弾を回避すると、そんなT―1の後方には、いつの間にか銀色の閃光を引いたT―2が迫っている。 敵機接近を知らせるけたたましいアラームが鳴り響き、リョータロウは、苦々しく眉間を寄せ、操縦桿を引いてT―1を一気に急上昇させた。 最新鋭機同士の攻防はまだ続く。 訓練予定にはない、T―1、T―2のドグファイトに気付いた別小隊のパイロット達が、何事が起こったのかと皆目を丸くする。 その光景に驚いたのは、何も、訓練宙域にいるパイロット達だけではない。 レイバン部隊が所属する戦闘母艦セラフィムのコントロールブリッジもまた、突然始まったツァーデ小隊機同士の奇妙なドグファイトに、にわかにざわめき出したのだった。 だが、ただ一人、セラフィムの艦長レムリアス・ソロモンだけは、モニターに映るその攻防を、どこか愉快そうな視線で眺めやっていたのである。 拡大されるモニターの中で、リョータロウとフレデリカの激しい攻防はまだ続く。 追いすがるT―2、フレデリカ機を急加速で引き離し、T―1、リョータロウの搭乗する機体が眩い閃光の帯を引いて宇宙空間を二分した。 右旋回で急降下し、それを追ったT―2が機首を下げた瞬間、T―1は突然急上昇、左急旋回で、降下し始めたT―2の真横に踊り出る。 その瞬間、両翼に搭載されたビームガドリンが火を吹き、発射された無数の白い弾丸が、急降下するT―2の尾翼を僅かに掠めたのだった。 だが、T―1のモニターには、まだ『KILL(撃墜)』のロゴは表示されない。 それは、致命傷にはならなかったという証拠である。 リョータロウは、厳しくも冷静な表情で更にブーストコントローラーを踏み込むと一気に機体を急降下させ、凄まじい加速で再びT―2の後方を奪った。 RV―019のメインバーニアが、轟音を上げて青い炎を噴き上げる。 左右に揺れる照準レンジの中で、T―2が右急旋回、急上昇するが、距離を詰めたT―1がぴったりとそれに追いすがる。 ブースト圧はイエローゾーンのまま、鋭いGが時折その肢体を強く締め上げるが、そんなことにはかまっていられない。 その条件は、フレデリカも同じなのだから。 リョータロウは、凛と強い黒曜石の瞳を鋭く発光させると、不意に操縦桿を引いて機首を上げ、何を思ったか、更なる加速でT―1を急上昇させていく。 それに気付いたフレデリカもまた、操縦桿を引いてT―2を急上昇させた。 その瞬間、T―1は再び機首を下げ、凄まじい勢いでバーニアを噴き上げると、こちらに向かって急上昇してくるT―2に向かい、真正面から突っ込んでいったのである。 「!?」 流石のフレデリカが、驚愕したように両眼を見開いた。 流星を越える速度を保つT―1が、連続ロールしながら、フレデリカの視界上方からみるみる迫ってくる。 衝突回避アラームとロックオン回避アラームがけたたましく鳴り響き、フレデリカは、咄嗟に左旋回しようと操縦桿を倒す、だが、一瞬の差でT―1、リョータロウの方が迅速(はや)い。 次の瞬間、T―1のビームガドリングが無数の弾丸を発射し、白い閃光が暗黒の闇を豪速で駆けると、凄まじい破裂音を上げながらT―2のキャノピに次々と着弾したのだった。 フレデリカが見上げた僅かに左舷を、閃光の帯を引くT―1が、衝突するかしないかのぎりぎりの距離で爆音と共に横切っていく。 眼前のモニターには『KILL(撃墜)』のロゴが表示され、フレデリカは、綺麗な顔を苦々しくしかめると、悔しそうに唇を噛締めながら、握った拳で思い切りキャノピを叩いたのだった。 先日の奇妙なもめごとに端を発したこの攻防の軍配は、ツァーデ小隊隊長リョータロウ・マキに上ったのである。
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