ショーイが、たった14歳でアルキメデス国立大学を首席で卒業した時も、17歳でギャラクシアン・バート商会を立ち上げた時も・・・トーマは、いつも隣であっけらかんと笑っていた。 だからきっと、ワダツミの中でもあっけらかんと笑っているのだろうと、ショーイは思う。 人の心を掴むのが上手いトーマの事だ、今頃、盟友リョータロウの実兄であろう、あのワダツミの艦長に気に入られているかもしれない。 それを考えると、なんだかひどく愉快になる。 ショーイは、眼鏡の下でちらりと視線を動かすと、そんな内心を顔に出すこともなく、冷静な表情と口調で、レーダーの前に座る通信士ルツ・エーラに言うのだった。 「ルツ、ワダツミの位置を確認。鉢合わせしないように、ワダツミとは別の進路でトライトニアの大気圏を離脱する」 ルツは、ショーイに背中を向けたまま素早くコンソールを叩くと、レーダーレンジとモニターを交互に見やりながら返答したのである。 「ワダツミは、座標軸W17NA601、高度20000メートルから更に上昇中」 「そう・・・じゃあ、バートは、逆から大気圏を離脱するしかないね。タイキ、右舷旋回75度。上昇角は45度で固定。耐熱シールド展開準備。旋回終了後、バートは、出力最大でトライトニア大気圏を抜ける」 「了解!」 タイキは刻みよくそう答えて、片手でブーストコントローラーを操作し、操縦桿を緩やかに右に傾けていった。 鮮やかなブルーの装甲板を持つバートが、フェルトのような月を背景にして、宵闇の最中でゆっくりと進路を変えていく。 その時、ふと、レーダーの前に座るルツが、船長席のショーイを振り返ったのだった。 艶やかな褐色の肌に彩られた綺麗な頬に、長く黒い髪束がはらりと零れ落ちる。 蛾美な眉を心なしか不安気に寄せて、ルツは言うのだった。 「ショーイ・・・トーマ、大丈夫かしら?」 そんなルツを静かに顧みると、ショーイは、冷静な顔つきのまま、片手で前髪を梳き上げて、落ち着いた声色で答える。 「トーマは生きてる。位置情報が送信されてきてるということが、健在である証拠だ。トーマの事だ、相手がデボン・リヴァイアサンであろうとなんだろうと、上手く丸め込めこんで、ガブリエラと自分の身の安全ぐらい確保してるだろう。君は相変わらず、過剰なほどの心配性だね?無用な心配をしてるぐらいなら、ワダツミの状況と、トライトニア艦隊の動きを、黙って監視しててくれないか?」 なんとも嫌味なその言葉に、ルツは、「この二重人格!!」と心中で悪態をつき、眉の角を厳しく吊り上げたのだった。 「だって、普通は心配になるでしょ?まさか、タルタロスで交戦したあの船の中にいるなんて・・・っ!想定外もいい所よ!心配にならな方がおかしいわ!」 また始まったと・・・タイキは苦笑し、ちらりと背後を振り返る。 そんなタイキの傍で、フランクは、何故かにんまりと笑ってみせると、突然こんな横槍を入れたのだった。 「そりゃ心配しますよね〜?姐(あね)さん?だって、トーマ、そのうち姐さんの『弟』になっちゃうかもしれないし・・・」 「っ!?」 その瞬間、ルツは、綺麗な頬を上気させ、鋭い視線でフランクの後姿を睨みつけた。 そして、手元に置いてあったアルミのドリンクポットを持ち上げると、その後頭部を目掛け、渾身の力で投げつけたのである。 見事なほど正確な軌跡を描いたそれは、殺気を感じて振り返りかけたフランクの頭を、派手な音を上げて直撃したのだった。 「ぬおぉ〜〜っ!?いで〜〜〜っ!!」 フランクは、悲鳴を上げて操縦席のコンソールに突っ伏してしまう。 「馬鹿なこと言ってないで!!しっかり操縦しなさいよ!!バートを失速させたら、ほんとただじゃおかないからね!!わかったわね――――っ!?」 「イ、 イ、イエスマム・・・」 片手で頭を撫でながら涙目になってそう返答すると、フランクは、ルツの怒りに慄きながら、素直に操縦桿を握り直したのだった。 傍らでその様子を眺めていたタイキが、白いショートローブを纏った肩を震わせながら、必死で笑いを押し殺す。 それは、さしていつもの変わらぬ、余りにも緊張感のないバートのブリッジの光景であった。 その中に、トーマの姿がないことをやけに寂しく思いながら、ルツは、再び船長席のショーイを振り返ったのである。 だが。 ショーイは、この騒動を全く無視し、相変わらず冷静な顔つきをしながら、何かを思案しながらモニターを見つめつつ、手元のコンソールを叩いて作業に没頭していたのだった。 「む、無視ですか!?トーマが私の弟になるって言われたんですけど!?何か反論しなさいよ!っていうか、トーマが此処にいなくて寂しいとか思わない訳!?」と、心中でそんな事を叫びながら、ルツはますます蛾美な眉を吊り上げる。 そんな心中の言葉が聞こえるはずもなく、ショーイは、黙々とコンソールを叩き続けるのだった。 ルツは、綺麗な頬を引きつらせ、諦めたようにため息を吐くと、軽く首を横に振ってから徐にレーダーレンジに向き直ったのである。 作業に集中しているショーイに何を言っても、ひたすら無視されるだけだ。 そんなことは良くわかっている。 まったく!ほんと、全然違うんだら!訓練するって言ったのに! 先日の会話を思い出しつつ、ついでに余計なことまで思い出して、何故か一人で頬を赤くすると、ルツは、ひどく不貞腐れた様子で熱源感知レーダーを見やった。 すると、トライトニアの地上艦隊基地に、無数の高エネルギー反応が表示されていたのである。 長い睫毛に縁取られた黒い瞳を見開いて、叫ぶようにルツは言う。 「ショーイ!トライトニア艦隊が発進準備に入ってる!ワダツミを追うつもりだわ!」 その言葉に、ショーイは、眼鏡の下から覗く紺色の瞳を僅かに細め、操縦席を見やると、落着き払った表情のまま知的な唇を開いたのである。 「タイキ、大気圏を抜けると同時に、ターボジェット点火。バートもワダツミを追う。フランク、全砲門を開いて、何があってもいいように迎撃体制を取っておいて」 「了解!」 「了解!」 タイキ、フランクの順に返答。 ショーイは、冷静で落着き払った口調でルツに言う。 「ルツ、セラフィムに通信回線を開いて、現状を伝えておいて」 「了解」 ルツがそう答え、コンソールを叩こうとした正にその瞬間だった。 突然、強制回線が開き、バートのブリッジ上部に設置されたモニターに、驚くべき人物の姿が映ったのである。 「!?」 『こちらは、デボン・リヴァイアサン親衛艦隊、戦艦ワダツミ。艦長のショウゴ・ニカイドウだ。全トライトニア艦隊に告ぐ。我々は、元帥マルティン・デボンの身柄を奪還した。これより、ジルベルタ星系を離脱する。追撃をかけようなどと思うな、こちらには人質がいる』 ショーイは、モニターに映った、盟友に良く似たその青年の顔を、冷静だが鋭い凝視した。 モニターの中で、ワダツミの艦長ショウゴ・ニカイドウは、凛とした黒曜石の瞳を鋭利に細めると、傍らに立っていた美しい少女をモニターの前へと引き摺り出し、そのこめかみにピストルの銃口を突きつけたのである。 怯えて青ざめた少女の白皙の頬に、光の切っ先にも似た美しい金色の髪が零れ落ちている。 桜色の唇は小刻みに震え、失われた惑星の色を思わせる澄んだ蒼い瞳は、溢れそうなほどの涙で潤んでいた。 その少女は、間違いなく、コンサート会場から連れさられた宇宙の歌姫「アンジェリカ」こと、ガブリエラ・ワーズロックの姿に違いない。 恐らく、この通信は、決してバートだけに向けられたものではないだろう。 トライトニア行政府や軍、トライトニアの国民、そして、ジルベルタ星系上を航行するあらゆる惑星国家の船に向かって発信されているものなのだろう。 ワダツミに、宇宙の歌姫が乗船していることを、トライトニアのみならず、他の惑星国家にもアピールするために・・・。 いくら強行で強引なトライトニアでも、全宇宙のメディアが、テロリストの船に宇宙の歌姫が乗っていることを知るならば、下手に攻撃などできないはずだ。 万が一、テロリストの戦艦「ワダツミ」を撃墜などすれば、トライトニアは人質を見殺しにしたと揶揄さるばかりか、今や、全宇宙に多大な影響力を与える宇宙の歌姫を抹殺した、そういう事になるからである。
|
|