* 首都オーダムを見下ろす上空3000メートルを、両翼に青い六芒星を掲げたダークブラックの戦闘機が音速で駆け抜けていく。 右舷前方の上空10000メートルには、タルタロス宙域で見たケンタウロス級大型戦艦が、赤いマーカーランプを点灯させながら大気圏離脱体制を取っていた。 「なんて連中なんだ・・・っ」 レイバンRV−019の操縦桿を握りながら、ハルカ・アダミアンは、綺麗な眉を苦々しく眉間に寄せながら、思わずそんな事を呟いた。 宇宙の歌姫アンジェリカことガブリエラ・ワーズロックを拉致した、テロリストのトレーラーを追跡する予定だったのに、まさか、ワダツミと名付けられたこの戦艦が、直接それを回収しにくるなんて、正に、想定外の出来事に他ならなかった。 巨大な船体の後方一キロを、ステルスモードで飛行するレイバンに、ワダツミは、まだ気付いていない様子だ。 勿論、トライトニアにも気付かれていない。 ハルカは、宇宙の色にも似た大きな瞳を凛と閃かせると、ナビゲーションシステム“キリア”に向かって言うのである。 「キリア、通信回線をバートへ」 『イエッサー』 キリアが、無機質な女性の声でそう返答すると、眼前のモニターに通信ウィンドウが開かれる。 いつに無く凛々しい声色で、ハルカは言葉を続けた。 「こちら、T―6、ハルカ・アダミアン。ショーイ、T―6はワダツミを追跡中。ワダツミは、大気圏離脱体制で高度12000に到達。このまま、トライトニアを離脱するつもりみたいだ。僕はこのままワダツミを追うよ。ところで、トーマは見つかった?」 通信ウィンドウに現われた、バートの船長ショーイ・オルニーが、片手で鮮やかな赤毛をかきあげながら、眼鏡越しにその紺色の瞳を細めると、冷静だが、どこか呆れたような口調で言うのである。 『ああ・・・見つかったよ、ワダツミの中だ』 「・・・・・え、え―――っ!?」 ショーイのその返答に、思わず素っ頓狂な声を上げると、ハルカは、ヘルメットシールドの下で、その大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬きさせてしまった。 「ショ、ショーイ、それ、冗談言ってる訳じゃないよね???」 『残念ながら、ジョークじゃない。今さっき、トーマが位置情報を送信してきた。間違いなく、ワダツミの中にいる。まぁ、位置情報を送信してきたぐらいだから、無事なんだとは思うけど。フウも回収したことだし・・・予定より一日早いけど、バートも、このまま大気圏離脱体制をとるよ』 相変わらずの高飛車な口調でそう答え、ショーイは、顎の下で両手を組むと、知的で薄い唇にどこか愉快そうな笑を浮かべたのある。 トーマの無事を確認できて、きっとショーイも安心したんだ・・・と、ハルカはふとそんなことを思う。 いつも顔にも口にも出さないが、ショーイにとって、トーマは、血の繋がった唯一の肉親であり、大切な弟でなくてはならい唯一無二のパートナーなのだ。 元来、心根が優しく実は愛情深いショーイが、その大切な弟を心配しない訳がない。 ハルカは、微笑しながら「了解」と返答し、言葉を続けたのだった。 「僕も、このまま大気圏を離脱するね。取りえず、追えるところまで追ってみるから」 『了解。直ぐに追いつくよ。流石の僕も、まさかこんな事態になるとは思ってなかったから、レイバンの火気装備は大気圏内モードだ。ソドムシンク砲もレーダー誘導ミサイルポットも外してある。万が一、ワダツミと交戦する場合には、十分注意してくれ。 可能であれば、バートが行くまで交戦は控えて。君に何かあったら、ソロモンに叱られそうだからね』 「やだなショーイ、レムルは怒らないよ。だって、交戦は僕の自己責任だもん」 ハルカのその返答に、ショーイは、知的な唇を柔和にもたげて小さく笑った。 いつになく自然で、やけに穏やかなその微笑に、ハルカは、思わず、きょとんと目を丸くしてしまう。 ヘルメットシールドの下で、不思議そうに瞬きを繰り返すハルカに、ショーイは、冷静な口調で言うのだった。 『セラフィムには、バートから連絡を入れておくよ。ハルカは、そのままワダツミを追って。くれぐれも、無謀な真似はしないように・・・君はまだ、マキ少佐ほど腕は良くないんだからね』 何とも痛い台詞をさも平然と口にして、ショーイは、眼鏡の下の知的な瞳を、からかうように細めたのである。 苦笑したハルカが「りょ、了解」と返答すると、そこで、バートとの通信は切れた。 ブラックアウトしていく通信ウィンドウをまじまじと見やりながら、ハルカは、どこか情けなさそうな顔つきで唇を尖らせたのである。 「た、確かにそうだけど・・・そんな、はっきり言わなくても・・・ひどいよショーイ」 そんな独り言を呟いた後、「だったら腕を上げなければ」と気を取り直して、ヘルメットシールド越し、キャノピの向こうに見えるワダツミの船尾を真っ直ぐに見つめすえたのだった。 キリアに向かってハルカは言う。 「キリア、大気圏離脱モードに移行。このまま上昇して、トライトニアの大気圏を抜ける」 『イエッサー』 キリアの返答の後、前進型をしたレイバンの両翼にゆっくりとフラップが迫り出し、高性能イグナイトエンジンが、甲高い轟音を上げてその回転数を上げた。 コンソールパネルで上昇角を設定し、ブーストコントローラーを踏み込んだハルカの瞳が、眼前で船首を上げたワダツミを、凛とした強い眼差しで捉えている。 「トーマも、ガブリエラも・・・絶対、無事に取り返すんだ・・・っ」 思わず口をついて出たその言葉を象徴するかのように、レイバンのメインバーニアが、轟音と共に青い炎を噴き上げる。 一気に超音速へと移行したダークブラックの機体が、夜空に閃光の帯を引きながら、無限の宇宙へ向けて駆け抜けていった。
* 広域宇宙運送会社ギャラクシアン・バート商会に所属する、武装高速トランスポーター『バート』が、オーダムの南25キロの上空で緩やかに船首を上げて行った。 社名と惑星連合AUOLPの承認エンブレムを掲げた鮮やかなブルーの船体が、赤いマーカーランプを点滅させながら、上昇角45度で大気圏離脱体制を取っていく。 そのブリッジに二席ある操縦席のうち一つに、いつもなら、今頃、機関室で機関調整を行っているはずのフランク・コーエンが、実に緊張した面持ちで座っていたのである。 フランクは、なんとも困ったように眉間を寄せながら、恐る恐るブースト圧を調整しつつ、細かいウェーブの入った髪の下で、ワンセクション高い位置にある船長席を振り返った。 「せ、船長・・・まじ、俺、やばいんすけど?つーか、確かにパイロット訓練は受けたことありますけど・・・・なんか、すっかり忘れてるっぽいんすけどっ!いいんすか??本当に俺でいいんすか?トーマの代わり??」 珍しく弱気なフランクを、眼鏡の下からやけに冷静な視線で顧みると、ギャラクシアン・バート商会の代表者にして、バートの船長、ショーイ・オルニーは、肘掛に頬杖をついたまま、相変わらずの高飛車な口調で言うのだった。 「タイキがサポートしてくれる。とりあえず、今すぐに、思い出せるだけの知識を思い出してくれ。僕だって、トーマと同じようにしろとは言わないよ。大気圏を離脱するまでの間だから。君なりに頑張って、フランク」 そう言ったショーイの額から、緩やかなカーブを描く鮮やかな赤毛が、繊細な印象を持つ白皙の頬に零れ落ちる。 フランクは、「りょ、了解」と返答して、いつもは不真面目極まりないその顔を、やけに真剣な表情に引き締めたのだった。 そんなフランクを、傍らの操縦席から愉快そうに眺めながら、バートの操縦士タイキ・ヨコミゾが、推進を大気圏離脱モードに切り替えたのである。 ショーイは、いつもと変わらず冷静だった。 実の弟がテロリストの船にいるというのに、眼鏡の下の知的な紺色の瞳には、翳りも憂いも全く見受けられない。 だがそれは、決して心根が冷たいからではなく、実の弟にして唯一無二のパートナーであるトーマに、絶対的な信頼を置いているからに他ならない。 恐らくトーマは、自ら進んでテロリストの船に乗り込んだのだ。 その理由に、何となく察しがついているショーイは、トーマから送られてきた位置情報を見た時も、別段、驚くことは無かった。 きっとトーマは、『血の繋がらない妹』を、一人でテロリストの船に乗せたくなかったのだろう。 たった16歳の少女が、職場とも言うべきコンサート会場から強引に連れ去られたのだ、その恐怖と不安は、計り知れないものがあるはずだ。 トーマは、それを放っては置けなかったのだ。 ショーイの弟であるトーマは、そういう男なのだ。 周囲の状況に人一倍気を使い、人の内面にある辛さや哀しみを敏感に感じ取って、それをまるで自身のことのように受け止める。 昔からトーマはそうだった。 それは、兄であるショーイが一番良く知っている。 だからこそ、本来なら、いがみあってもおかしくない複雑な兄弟関係であっても、こうして、パートナーとして上手くやっているのだ。 勿論、お互いを憎み合う気持ちなど微塵もなく、そこにあるのは、揺るぎない信頼関係である。 しいて言葉を変えるなら、『何物にも替え難い絆』とでも表現すればいいだろうか。 初めてトーマに出会ったのは、お互いにまだ13歳の時だった。 あの時は、まさか、弟だなんて思いもしなかったが、自分と同じ瞳の色がやけに気になったのは確かな事だった。 あれからもう14年。 気がつけば、いつもトーマはショーイの隣にいた。
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