戦闘中、突然起動した情緒プログラムにより、ミハエルのAI回路が一時的に混線を起す。 無表情で両眼を見開くミハエルを、涙で濡れた瞳で見つめながら、ガブリエラは、嗚咽に震える声でもう一度その名前を呼んだのだった。 「ミハエル・・・助けに来てくれたんだね。ミハエル、有難う・・・でも、もう、人を殺さないで・・・お願い、ミハエル・・・っ」 ガブリエラの華奢な肩から、柔らかに波打つ長い金色の髪がふわりと胸元に零れ落ちると、幾筋も幾筋も零れ落ちる宝石のような涙が、血に染まった床に跳ね上がる。 両眼を見開いたままのミハエルが、「ガビィ・・・・」と呼びかけた。 長い前髪から覗く金色の瞳が、静かに情緒を取り戻していく。 そんなミハエルと、ガブリエラの様子を、ショウゴは、視線だけを動かして交互に見やると、ふと、ひどく鋭利に端整な唇をもたげたのだった。 短くなった煙草を血溜まりの中に投げつけながら、「なるほど・・・」と、彼は思う。 このヴァルキリーは、ショウゴの脅しに反応した訳ではない、この少女の声に反応したのだ。 上官でもない、この少女の声に従ったのである。 タイプΦヴァルキリーは基本的に、戦闘用プログラムが一度起動すると、任務を完了するか上官の命令が無い限り、その戦闘行動を停止させることはない。 少なくとも、ショウゴの元に上ってきたタイプΦヴァルキリーに関するデータには、そう書き記されていた。 しかし。 このヴァルキリーは、任務を完了させた訳でも、上官の命令があった訳でもなく、この少女の制止によって戦闘行動を停止させたのだ。 ヴァルキリーは人間と同じ・・・・・あの少年の言葉は、まんざら嘘でもないのかもしれない。 突然、戦闘を停止したヴァルキリーの行動は、全く奇妙でしかない。 だが、もし、このヴァルキリーが「人間と同じ」であるなら、その行動の真意が少なからず把握できる。 このヴァルキリーにとって、この少女が特別な存在であるから、その声に従って戦闘を停止した・・・という仮説が成り立つからである。 機械であるはずのヴァルキリーが、人間に特別な感情を抱く。 それは、ヴァルキリーの情緒が、人間の情緒によくに似ているからに他ならない。 だから、人間と同じ・・・・・ 「面白いな・・・」 ショウゴは思惑有り気にそう呟き、素早いワンステップで床の上のビームライフルを手に取ったのだった。 「!?」 ガブリエラは、驚いたようにショウゴを振り返る。 「やめて!!」 ガブリエラが制止の声を上げた、次の瞬間、ショウゴは、ビームライフルの銃口をミハエルに向けると、容赦なくその引き金を引いた。 「逃げて!ミハエル――――――――――っ!!」 涙を飛び散らせて絶叫したガブリエラに、ミハエルは、ハッと広い肩を震わすと、俊足のバックステップを踏む。 だが、もはや時は遅い。 至近距離から発砲された高エネルギービームの帯が、甲高い電子音と共に、一瞬でミハエルの右胸を貫き、よろけた所を狙い済ましたように、バーストで発射された青いビームの閃光が、続け様に二発、その腹部をも貫いていったのである。 「ミハエル――――――――っ!!いやあぁぁぁぁ――――つ!!」 ガブリエラの悲痛な叫びと共に、ミハエルの長身が、黒いロングコートを棚引かせながら後方へと倒れていく。 両腕のクラッシャーブレードが消失し、金色の両眼を大きく見開いたまま、ミハエルは、うめくこともなく、自らが手にかけた人間の遺骸の中に転がった。 「ミハエル!ミハエル!!ミハエル―――――っ!!」 錯乱したように声を上げて、宝石の涙を飛び散らせたガブリエラが、ミハエルの元へと駆け出そうとする。 だが、その細い腕をショウゴの豪腕が掴んだ。 「大丈夫だ。ヴァルキリーは、これぐらいで動けなくなるような連中じゃない」 そう言ったショウゴの声は冷淡で冷静だった。 振り返りかけたガブリエラの腕を掴み上げ、ショウゴは、その体を思い切り後方のリリアンへと放り投げる。 「きゃぁ!」 悲鳴を上げたガブリエラの体を、リリアンが慌てて抱き止めた。 血溜まりの中に倒れていたミハエルが、苦々しい顔つきをしながら、静かに起き上がってくる。 撃ちぬかれた傷からは火花が散り、透明な冷却水と青い潤滑オイルが大量に滴り落ちている。 まだ動くことは可能だ、しかし、体内を冷却するための冷却水と、全身をスムーズに動かすためのオイルが漏れ出していたのでは、その身体能力はどんどん低下するばかりだった。 タイプΦヴァルキリーは、冷却水が大量に漏れ出すと、体内温度が急激に上昇するため、動作制御リミッターが働くようになっている。 それを知っているショウゴは、唇だけで鋭利に微笑すると、長身を立て直そうとしたミハエルに向かって、更に引き金を引くのだった。 血溜まりを蹴ったミハエルが、素早く横に飛び退くが、その左肩をビームの閃光が貫いていく。 痛みを感じないため、ミハエルは苦悶の表情を見せない。 だが、冷却水とオイルが、先程以上に体内から漏れ出し、その動きは殊更鈍くなる。 「くっ・・・!」 体の自由が効かなくなっていくことに苛立ちを覚え、ミハエルは、形の良い眉を鋭利に吊り上げると、冷淡な表情で彩られたショウゴの顔を、真っ向から睨みすえたのだった。 「やめて!!やめて!!ミハエルを殺さないで!!やめて!!お願い!!逃げないから!!私、あなた達と行くから!!!もうやめて!!撃たないで!!ミハエルを撃たないで!!」 リリアンに羽交い絞めにされながら、ガブリエラは涙を零したまま身体を捩り、必死でショウゴに懇願する。 そんな彼女の言葉を全く無視しきって、ショウゴは、尚もビームライフルの引き金を引いたのだった。 ミハエルは、床を蹴ってカーゴの側壁へと駆け、危ういところでビームの閃光を退いた。 チッと舌打ちしたショウゴが、再びビームライフルを構える。 ミハエルの動きは、先程に比べて数倍鈍い。 このまま頭部のAIを撃ち抜かれれば、ミハエルは、文字通り鉄くずに戻ってしまうだろう。 冷却水と青いオイルが、だらだらと床の上に零れ落ちていく。 この状態では、高熱源であるクラッシャーブレードの使用は不可能だ。 揺れる前髪の下で金色の両眼を鋭利に細めると、ミハエルは、カーゴの側壁に凭れながら、厳しい顔つきでゆっくりと長身をもたげた。 その時だった。 オーダム上空に、ワダツミが到着したことを知らせるアラームが、カーゴ中に鳴り響いたのである。 ショウゴは、ニヤリと笑った。 大型戦艦ワダツミが、オーダムの街に凄まじい暴風を巻き起こし、轟音を響かせながら、立ち並ぶビルを砕いていく。 砂塵の最中、急速に高度を下げていくワダツミの船体。 船体下部の装甲扉がゆっくりと開き、そこから磁気レーザーウィンチが照射され、幹線道路を暴走するトレーラーの上部にたどり着くと、その車体が、緩やかに上空へ持ち上がっていく。 それを感知したミハエルが、殊更厳しい表情で涼麗な顔を歪めて、ガブリエラを奪還せんと床を蹴った。 同時に、ショウゴもまた俊足で床を蹴り、そんなミハエルの眼前に踊り出る。 大量の冷却水とオイルを失ったミハエルより、ショウゴの動きの方が幾分も早い。 ショウゴは、ビームライフルのストックで、思い切りミハエルの腹部を殴りつけると、受け身を取りながら床に倒れ込んだミハエル襟首を豪腕で掴み上げる。 片手で側面のドアを開きながら、ショウゴは、端整な唇をもたげてニヤリと冷酷に笑った。 ワダツミのウィンチに引き上げられたトレーラーの位置は、既に高度800メートルまで達している。 凄まじい暴風がカーゴの内部に吹き込み、ショウゴの黒髪と、ミハエルの金色の髪が冷たい風に乱舞した。 「・・・・・ガビィは、絶対に渡さないっ!!」 ミハエルは激昂したように低く叫ぶと、襟首を掴み上げるショウゴの腕を、豪力で掴み返したのだった。 このまま、デボン・リヴァイアサンにガブリエラを奪われる訳にはいかない。 だが、その思いとは裏腹に、強靭であるはずミハエルの体は、今、まったく自由がきかないのだ。 涼麗な顔が厳しく歪む。 ミハエルの手が、骨が軋むほどの力でショウゴの腕を掴み上げた。 手首の骨がミシリと、嫌な音を上げる。
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