「イルヴァが、あんな風にシステムダウンしたところなんて、僕は一度も見たことがないよ。ノルドハイム博士に、イルヴァのシステム見せてもらった事があるけど、物凄く緻密で精巧で、原因もなくダウンすることなんか絶対ないはずなんだ。それなのに、何の前触もなくいきなりダウンした。誰かがヴァルキリーのコンピュータに侵入して、わざとダウンさせたとしか考えられないよ。しかも、かなりの凄腕ハッカー。ヴァルキリーのシステムに侵入できるとしたら、トライトニアの通信を麻痺させるぐらい簡単に出来るよ」 「おまえ、よくそんなこと考えつくよな?兵隊よりも科学者の方が絶対向いてるって」 「それを言わないでよ、トーマ」 ハルカは、僅かばかり拗ねたように唇を尖らせると、トーマのポケットに入っていた弾丸をショットガンに装填して、徐に言葉を続けたのだった。 「デボン・リヴァイアサンに、ヴァルキリーに侵入できるほどのハッカーがいるとしたら・・・連中の船と交戦する時には、電子戦に気をつけなきゃならないかも」 「この間会ったじゃんか?デボン・リヴァイアサンの艦隊に?ショーイは、そんこと何も言ってなかったぞ?」 「あの時の船にそのハッカーが乗ってたとは限らないでしょ?もし乗ってたとしたら、先にこっちデータを収集して、次の交戦に備えるためにあえて何もしてこなかったってことも考えられるし」 「あ、なるほど・・・」 なにやら感心したようにトーマがそう答えた時、あの大型トレーラーは、既に眼前まで迫っていた。 「取りあえず、そのハッカーのことを考えるのは、ガブリエラを取り返してからにしようぜ!」 「そうだね」 ハルカは、やけに力強くそう答えると、再びリアステップに立ち上がってショットガンを構えたのである。 豪速で走るトレーラーの後部ドアに照準を定め、正に、その引き金を引こうとした、その瞬間だった。 宇宙の歌姫を浚ったテロリスト集団が、猛スピードで追走してくるバイクに気付き、突然、両開きドアの片方を開け放ったのである。 そこに立った数人の男達が、寸分の間も置かぬまま、一斉にマシンガンを発砲する。 耳をつんざくような激しい発砲音が、人通りも車通りも多い幹線道路に響き渡った。 「おっと!」 トーマは、咄嗟にアクセルを戻してハンドルを切り、急減速しながら左へと車線変更する。 その回避行動によって、危うく振り落とされそうになったハルカが、慌ててトーマの広い肩にしがみついた。 「ちょっとトーマ!!僕がいるの忘れないでよ!!」 甲高い破裂音が疾風に舞い飛び、ハルカにもトーマにもかすらなかった無数の弾丸が、路面を抉って虚空にはじけ飛んだ。 突然の発砲に驚いた一般車両が、次々と急ブレーキを踏んで停車していく。 激しいクラクションの音と、凄まじい発砲音に満たされたオーダムの市街地は、その一瞬で騒然となった。 トーマがハンドルを握る軍用バイクは、トレーラーとの距離を絶妙に取りながら、道路上に緊急停車した車両の合間を豪速ですり抜けていく。 「悪りぃ悪りぃ!それにしたって、あの連中すげーよな?こんな所でマシンガンぶっ放すんだぜ?大した悪党根性だよ!」 「感心してる場合じゃないよトーマ!悪党根性なんて迷惑なだけだよ!」 トーマのその言葉に、僅かばかり呆れたような顔つきをすると、ハルカは、ショットガンを構えながら、もう一度、リアステップに立ち上がると、綺麗な眉を厳しく眉間に寄せ、ショットガンの引き金に指をかける。 だが、この距離から例のトレーラーに発砲すれば、飛び散った散弾が全く関係のない人々に当る可能性がある。 ビームガンを使ってもいいが、もし外れて他の通行車両に当れば・・・それこそ、関係のない車を大破させかねない。 引き金を引くことを、躊躇わざるを得ない。 「このままじゃ振り切られるよ!バートに連絡して、空から追跡してもらった方が効率いいかもっ」 ハルカは、どこか苦々しい口調でそう言って、疾風に跳ね上がる前髪の下で片目を閉じると、左右に車線変更しながら次々と一般車を追い抜いていくトレーラーの後部ドアに照準をあわせたのだった。 だが、やはり引き金を引く事ができない。 「何言ってんだよ。此処はオーダムだぜ?バートはアステア級だぞ?大型船じゃ、飛行許可が出ないって」 形の良い眉を困ったように潜めると、ため息混じりにトーマはそう答える。 「じゃあ・・・レイバンで追うしかないよ。この状況は絶対にまずいよ。このままじゃ、本当に見失っちゃうよ」 「おいおい・・・・星マークがついてる機体を、トライトニアのど真ん中で飛ばすつもりかよ?」 「レイバンはステルス機だよ、レーダー網には引っかからない。それに、夜なら、あの機体色は目立たないよ」 なにやら意気込んだ様子のハルカの言葉に、僅かばかり考え込んで低く唸ると、トーマは、広い肩を軽くすくめながら、精悍な唇で小さく微笑したのだった。 「まぁ、確かにそれも一理ある、か・・・・レイバンを発進させるなら、どっちにせよバートには一度飛んで貰うしかないな・・・・・よし、ハルカ、ショーイに連絡!」 マシンガンの射程に入るか入らないかの距離を保ちながら、トーマは、跳ね上がる前髪の下で片目を閉じて見せる。 その仕草は、相も変わらず余裕綽々だった。 余りにもトーマらしいその表情に、ハルカは、心なしか安堵を覚えると、無造作にポケットに突っ込んであった通信機のスイッチを入れたのだった。 そして、襟元の小型マイクに向かってやけに気合を入れて言うのである。 「バート、応答願います。こちら、ハルカ・アダミアン。バート、応答願います」 寸分の間もおかず、ハルカの通信機からは、武装高速トランスポーター『バート』の通信士、ルツ・エーラから声が返ってくる。 『こちらバート。ハルカ、聞こえてるわよ。守備はどう?』 「ルツ!それが、ちょっと大変なことになっちゃって!『アンジェリカ』が・・・ガブリエラが、デボン・リヴァイアサンに拉致されたんだ!今、トーマと一緒に追跡中、でも、このままじゃ見失いそうなんだ。レイバンを発進させて追跡を続行したいんだ、発進は可能?」 『ちょっと待ってて、ショーイに替わるから』 ルツがそう返答すると、通信機からは、やはり寸分の間もおかずに、やけに高飛車で、それでいて実に冷静な青年の声が返って来たのである。 『可能だよ。何かあった時のために、発進準備は整えておいたから。今、そちらの位置情報を確認した。直ぐにバートも発進する。ハルカは、N11E102に向かって。 トーマは、そのまま敵を追跡』 その声の主は他でもない、たった五ヶ月しか歳の違わないトーマの兄であり、ギャラクシアン・バート商会の代表者、ショーイ・オルニーであったのだ。 ショーイは既に、こういう事態も想定して全ての手はずは整えていたらしい。 本当にショーイらしいなと、ハルカはやけに心強く思いながら、刻みよく返答するのである。 「了解!」 ハルカの通信機から聞こえてきたショーイの言葉に、バイクのハンドルを握るトーマもまた、「了解」と答えて、何故かにんまりと笑ったのである。 デボン・リヴァイアサンに連れ去られた、宇宙の歌姫奪還作戦は、こうしてその第二幕を開けたのだった。
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