* ヘッドライトが長く暗い通路を照らし出し、軍用バイクの大型エンジンが唸りを上げながら、外部への出口へと疾走していく。 疾風に黒髪を乱舞させながら、ハルカは、ハンドルを握るトーマの腰を掴んだ姿勢で、悔恨の表情で繊細な顔をしかめながら、自責するような声色で言うのだった。 「ごめんトーマ・・・っ、僕のせいで、ガブリエラが・・・っ」 「何言ってんだよ?諸悪の根源はおまえじゃなくて、いたいけで可愛いガブリエラを浚ったあの連中の方だろ?何考えて浚ったのかは知らないが、まぁ、たいして良い事は考えてないんだろうな」 トーマは、相変わらず余裕あり気に笑ってそう答えた。 ギャラクシアン・バート商会の連中は、本当に凄い連中だと、ハルカは、この時しみじみ思ったのである。 ギャラクシアン・バート商会は、あくまで民間企業だ。 本来なら、物騒なことには全く無縁であるはず運送業者である。 それにも関わらず、『金銭次第で何でも運ぶ』という会社の主旨と、その積荷の関係上、従業員達の戦闘能力は正に軍人並みだった。 トーマもフウも、今のハルカよりも遥かに戦闘経験が豊富だ。 だいたい、あの奇襲の最中、テロリストのバイクと武器を奪ったという時点で、彼らがどれほど戦闘慣れしているのかが良く理解できる。 「トーマもフウも、僕なんかよりずっと場慣れしてる・・・僕、なんか、自分が情けないよ」 思わずそう呟いたハルカに、トーマは、愉快そうに一笑した。 「仕方ないだろ?経験知の違いってやつ?バートの積荷を狙う連中と格闘してるうちに、こうなったって感じ?」 「此処に来たのがリョータロウだったら・・・絶対に、ガブリエラを連れて行かれたりしなかった・・・」 「おまえ、リョーと自分を比べる方が間違ってるぞ?あいつは根っからの兵隊。それに、おまえよりもずっと兵隊歴が長い。性格も兵隊向き。おまえは元からおっとりしてるから、兵隊向きの性格じゃないんだよ。でもさ、おまえ、必死で守ろうとしたんだろ?うちの可愛い妹のことをさ?」 「・・・・・・」 「顔にそんな痣作るぐらい頑張った訳だ。いいじゃねーかそれで。これも一つの経験ってやつ?」 「・・・・・・・・」 その言葉に、思わず泣きべそをかきそうになって、ハルカは、眉間に深いしわを寄せると、ぐっとそれを我慢して端整な唇を噛締めたのである。 バックミラー越し、そんなハルカの表情を見やったトーマが、殊更可笑しそうに笑う。 「ほんと変わんねぇなぁ?おまえ?いい歳して泣くなよ」 「泣いてないよ・・・っ!」 ハルカは、どこかムキになってそう答え、眼前に迫るガラスの扉を睨むように見やったのである。 そして、トーマが腰に下げていたショットガンを取ると、リアステップに立ち上がってそれを構え、軽く片目を閉じたのだった。 疾風に乱舞する艶かな髪の下で、ハルカは、いつになく凛とした顔つきで照準を定める。 「お、NW―遺伝子児の本領発揮か?」 からかうようなトーマの言葉と共に、ハルカの指がショットガンの引き金引くと、甲高い破裂音と共に銃口を飛び出した弾丸がガラスの扉を粉々に砕いた。 キラキラと輝きながら弾け飛ぶガラス片の最中を、爆音と共にバイクが走り抜けていく。 ぴんと張り詰めた夜気の最中、フェルトの月を背景にしたイーストゲートの向こうに、競技場を後にする十数名のテロリスト達がうごめいている。 ゲートを抜けた先には、白い大型トレーラーが停車しており、その側面の扉は大きく開いた状態になっていた。 トーマは、それを確認しながら、バイクのアクセルを思い切り開けたのだった。 にわかに回転数を上げた大型エンジンが、甲高い唸りを轟かせ、夜気にこだまする爆音の中で、黒い車体はみるみるスピードを上昇させていく。 それに気がついた戦闘員達が、こちらにむかって、一斉にマシンガンを構えた。 だが、次の瞬間、スタジアムの上方から低い轟音が響き渡ると、白煙を上げて発射されたロケット弾が、豪速で虚空を突き抜け戦闘員達の合間に着弾したのだった。 凄まじい爆風と炎が上り、砕け散ったアスファルトと共に、屈強な男達の体が夜空に放り出された。 ロケットランチャーを発射したのは、他でもない、トーマの指示通りに援護に回ったフウ・ジンタオである。 バイクのハンドルを握っていたトーマが、跳ね上がる焦茶色の髪の下でニヤリと不敵に微笑すると、片手で器用のハンドルを抑え、空いた片手をつなぎの内ポケットに突っ込んだのだった。 「ギャラクシアン・バート商会を舐めちゃいかんよ。どんだけあんたらみたいな連中相手にしてると思ってんの?」 そんな言葉を口にした瞬間、トーマは、取り出したグレネードの起爆スイッチを入れて思い切り前方に向かって投げつけたのだった。 同時に、リアステップでショットガンを構えるハルカに向かって言うのである。 「遠慮すんなハルカ!!撃ちまくれ!!」 「了解!」 もくもくと上った白煙の中で、グレネードの直撃を魔逃れた戦闘員達が、頭を振りながら立ちがってくる。 ハルカは、跳ね上がる前髪の下でその連中を睨み据えると、思い切りショットガンの引き金を引いたのだった。 甲高い発砲音と共に発生した衝撃を両足で支えながら、ハルカは、狙いを定めて更に引き金を引く。 続け様に発射された散弾が、防弾ベストが及ばぬテロリスト達の肢体に食い込むと、宵闇に深紅の血飛沫が弾け飛んだ。 凛と強い表情のまま、ハルカは尚も引き金を引き続けたのだった。 ロケット弾とグレーネード、そして散弾を浴び、大分数を減らした戦闘服の男達だが、それでも士気を失わず一斉にマシンガンを乱射してくる。 駆け抜けるバイクの脇を、豪速の弾丸が閃光のように通り過ぎて行くと、戦闘員の背後では、リョータロウによく似たあの青年と、気絶したままのガブリエラを肩に担ぎ上げた大柄の男が、素早い身のこなしでトレーラーのカーゴに飛び乗ったのだった。 連射される弾丸が、バイクの防弾風防に当ってキュインと鋭い音を上げると、夜気の虚空に跳ね上がる。 撃ち続けられるマシンガンの弾丸がアスファルトを抉り、その破片が周囲に飛び散った。 「トーマ!!ガブリエラが!!」 ハルカは、焦ったようにそんな事を叫ぶと、ショットガンを構え直し、飛び交う弾丸を恐れるでもなく、その引き金をバーストで引いたのだった。 それと同時に、スタジアムの上方で再び轟音が上り、白煙の帯を引くロケット弾が、マシンガンを乱射するテロリストの只中に爆音を轟ろかせながら着弾する。 散弾を受けて後方に倒れ込む戦闘員達。 それを介抱するでもなく、カーゴの扉が閉じられると、ガブリエラを乗せた大型トレーラーが猛スピードで発進する。 ロケット弾の爆発で、あちこちに吹き飛ばされた戦闘員達が、うめき声を上げながら冷たいアスファルトの上でのた打ち回った。 トーマがハンドルを握る軍用バイクは、そんな連中を尻目にイーストゲートを抜け、大通へと走り去ったトレーラーを追走していったのである。 「仲間を見捨てて逃げる訳か・・・いい根性してやがる」 その苦々しいトーマの呟きは、リアステップの立つハルカの耳にも確実に届いていた。 「デボン・リヴァイアサンは、やる事が汚い!!」 少女のような綺麗な顔を憤慨で歪めたハルカが、猛スピードで走るトレーラーの後部ゲートを睨みつける。 高層ビルの立ち並ぶ8車線の広い道路を、半ば暴走とも言うべきスピードで、白い大型トレーラーが走り抜けていく。 行き交う車を右へ左へ追い抜くトレーラーに、一般車両のドライバーが驚いて急ブレーキを踏んだ。 大きくスピンしたその車体が、追走するバイクの方へと豪速で滑り込んでくる。 「トーマ!」 ハルカは、ショットガンを小脇に抱えて咄嗟にトーマの肩を掴んだ。 だが、トーマは、さして焦る訳でもなく、アクセルを戻して急ハンドルを切ると、車体を斜めに傾けながら、衝突すれすれの距離でまんまとそれを回避してしまったのである。 横に振られた体を必死で支えたハルカが、乱舞する髪の下で思わずこんな叫びを上げた。 「トーマ達って!ほんと民間人ってレベルじゃないよね!?ってゆーか、軍用バイクって大きくて扱い難しいのに!何でこんなに運転しなれてるの!?」 「おまえ、俺等を誰だと思ってんだよ?宇宙一物騒な運送会社の従業員だぜ?テロリストと追っかけっこなんて日常茶飯事!これぐらい乗りこなせないと、積荷を狙う連中と渡り合えないんだよ!」 「・・・・・ショーイが、どうしてリョータロウを従業員にしたいのか、僕、物凄くよく判っっちゃった」 「だろ?」 心なしか愉快そうな顔つきでそう答えると、トーマは、再びバイクのアクセルを開けて、遠くなってしまった白い大型トレーラーを猛スピードで追いかけたのである。 そして、疾風に乱舞する焦茶色の髪の下で紺色の瞳を鋭利に細めると、唇の奥でふと呟くのだった。 「それにしたって・・・連中、ガブリエラを浚ってどうするつもりなんだか」 「人質にするつもりかも。トライトニアの刑務所には、マルティン・デボンが拘留されてるでしょ?その身柄引渡しを要求するつもりなのかも。ガブリエラは有名人だし、トライトニアが呼び寄せたVIPだから、いくらトライトニアでも、それを人質に取られたら、そう簡単に見捨てることなんかできない」 リア・シートに腰を下ろしながら、ハルカが、渋い顔つきをしながらそう答えた時だった。 高層ビルの谷間を、轟音を響かせた数機の軍用ヘリが、オーダムの東へ向かって飛んでいったのである。 その進路からいって、歌姫『アンジェリカ』のコンサート会場に向かっている訳ではなさそうだ。 だが、広い道路の反対車線には、けたたましサイレンを鳴らした数十台のパトカーと、軍用トラックが走り抜けていく。 あの騒ぎを聞きつけた警察と軍が、ようやく急襲に乗り出したのであろう。 しかし、当の『アンジェリカ』が浚われたことには、全く気付いてはなさそうである。 もし気付いていたなら、真っ先にあの白い大型トレーラーを追いかけるはずだ。 ハルカは、そこに奇妙な違和感を覚える。 ヴァルキリーまで護衛につけていたトライトニア政府が、何故、彼女が拉致されたことに気付いていないのか・・・ その上、急襲行動に出るのがあまりにも遅すぎではないのか・・・ その時、ハルカの脳裏に、タイプΦヴァルキー07、『ミハエル』の身に起こった異変が思い起こされると、あることに気付いて、思わず声を上げたのである。 「トーマ!デボン・リヴァイアサンのメンバーには、物凄いハッカーがいるかもしれない!」 「なんだいきなり?」 眼前に迫りつつあるあの大型トレーラーの後部ゲートを鋭い視線で見やりつつ、トーマは、僅かばかり怪訝そうな声色でそう聞き返す。 「だって!あれだけの騒ぎだったのに、警察も軍も今頃動いてるんだよ?普通なら、もっと早く気付くでしょ!?お客さんが通報を入れるだろうし、警備関係者だって直ぐに連絡を入れるはずなんだ!」 「言われてみれば・・・それもそうだな」 「ということは、あの時、軍にも警察にも“連絡が取れない状況”があったってことなんだよ」 「・・・つまり?」 「通信回線が不通になってたんじゃないのかな?それも、コンピュータウィルスのせいでトライトニア中の通信回線が遮断されてた・・・ってことにならないかな?」 「どうしてそう思うんだよ?」 「ヴァルキリーが、いきなりシステムダウンしたからだよ」 「・・・・・」 その言葉を聞いて、トーマは、ふと、先刻の出来事を思い出した。 このバイクと武器をテロリストから奪おうとした時、ステージの上には、ガブリエラが『アーネスト』と呼んでいたタイプΦヴァルキリーがいた。 アーネストは、その秀麗な顔を冷酷な無表情に満たし、両腕のクラッシャーブレードで、迫り来るテロリスト達を、それこそ死神ででもあるかのように容赦なく両断していったのである。 深紅の返り血を浴びながら、平然と人を殺していくあの姿には、流石のトーマも背筋に寒いものを覚えたほどだった。 だが、アーネストは、ビームガンで撃ち抜かれたわけでもなく、突然、その動きを停止させ、崩れるように床に倒れ伏してしまったのだ。 何が起こったのか知る由もないトーマとフウは、そのまま、この軍用バイクを駆ってハルカの元へと向かった。 あれから、アーネストがどうなったのかは、勿論、トーマの知るところでない。 考えてみれば、その光景は、確かに奇妙な光景に他ならなかった。 怪訝そうに眉を寄せたトーマの背中に、ハルカは更に言う。
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