「!?」 驚愕して両眼を大きく見開くと、ハルカは、傍らのガブリエラを気にしながら足を止め、ビームガンの銃口を、眼前に浮かび上がった長身の人影に向けたのだった。 否応無しに体が緊張する。 今、闇の中に伸び上がる青い閃光は、恐らく、クラッシャーブレードだろう。 クラッシャーブレードを直接装備できる者がいるとしたら、それは、間違いなくタイプΦヴァルキリーである。 ハルカは、素早く周囲に視線を走らせると、万が一の時のために、逃走経路を探したのだった。 すると、闇に曇る視界の僅か先、左手の方向に、もう一本通路があることが確認できる。 ステージの設置された位置と、今居る通路の向きから推測すると、このリーベンタール競技場のイーストゲート辺りに通じているかもしれない。 艶やかな黒髪の下で、ハルカは、どこか鋭利に両眼を細め、ゆっくりとこちらに近づいてくる金色の髪のヴァルキリーを睨むように見据えたのだった。 もし、このヴァルキリーがハルカの素性を知っていたとしたら、間違いなく、攻撃を仕掛けてくる筈だ。 「おまえ・・・ガブリエラを、どこに連れて行くつもりだ?」 艶のある低い声が、ビームガンを構えるハルカに向かってそう問い掛けると、二の腕から伸びた青いクラッシャーブレードが、にわかにX型にもたげられる。 金色の髪の下から覗く、髪と同じ色をした鋭利な瞳。 涼麗な美貌を持つその顔が、冷酷な無表情で彩られている。 闇と同化するような黒いロングコートの裾が、その歩みと共に緩やかに翻った。 それは、ガブリエラが『ミハエル』と名付けた強化型のタイプΦヴァルキリー、07の姿に他ならない。 ハルカにとって、上官であり兄代わりであるリョータロウの額に、一生残る傷を付けたのヴァルキリーが、この07であることなど、この時、ハルカは全く知らないでいた。 タイプΦヴァルキリー07・・・ミハエルは、まだ、そのプログラムを完全に戦闘用プログラムに切り替えてはいなかった。 もし切り替われば、『ガブリエラを護衛する』という命令以外聞くことはなく、敵と認識した者を殲滅させるまで、殺戮を止めることはないだろう。 ハルカは、綺麗な眉を厳しく眉間に寄せ、その緊張感にごくりと固唾を飲んだ。 そんなハルカとは対象的に、傍らのガブリエラは、ハルカの手を握ったまま、歓喜した明るい声を上げたのである。 「ミハエル!来てくれたんだね?大丈夫だよ、ハルカは私のお友達だよ!私を守ってくれたの。だから、怒らないであげて!」 ハルカは、驚いたようにガブリエラの綺麗な顔を振り返った。 ガブリエラの言葉に反応したミハエルが、広い肩をぴくりと揺らし、冷酷な無表情を保っていた涼麗な顔にふとその表情を戻した。 ミハエルは、長い前髪の下で金色の瞳を幾度か瞬きさせると、構えていたクラッシャーブレードをゆっくりと下におろす。 それと同時に、ハルカもまた、ひどく安堵した様子で大きく息を吐くと、構えていたビームガンを下ろしたのである。 そんなハルカの耳元で、ガブリエラは、くったくない甘い声で言うのだった。 「大丈夫だよハルカ。ミハエルも、ハルカと一緒で、私を守ってくれようとしただけだから」 桜色の唇で微笑むと、ガブリエラは、握りしめていたハルカの手を静かに解いて、ミハエルの元へと駆け寄りながら真っ直ぐに両手を伸ばしたのだった。 ミハエルは、クラッシャーブレードが彼女の体に触れないよう、咄嗟に両腕を大きく広げた。 日の光の切っ先にも似た、ガブリエラの美しい金色の髪が、暗闇の中に乱舞する。 なんの遠慮もなく、その広い胸に抱き付いてきたガブリエラを見つめながら、ミハエルは聞くのである。 「ガビィ・・・・・怪我はないか?」 そう問い掛けたミハエルの腕から、クラッシャーブレードが一瞬で消失した。 彼女の無事を確認して、幾ばくかの安堵を覚えたのだろう。 冷酷な無表情であった涼麗な顔には、いつの間にか、微かな笑が浮かんでいる。 ガブリエラは、そんなミハエルにニッコリと笑って見せると、大きく頷いたのだった。 その光景を目の当たりにして、ハルカは、もう一度、腹の底から安堵のため息をついたのである。 タイプΦヴァルキリーに人間と同じ感情があることは、ハルカ自身が、身を持って良く知っている。 なんと言っても、ハルカのナニーは、タイプΦヴァルキリーイルヴァである。 イルヴァは、ハルカが9歳の頃から、人間の母親と寸分違わぬ愛情でずっと彼を愛してくれているのだ。 タイプΦヴァルキリーが、人としての名前を与えてくれた人間に対して、少なからず好意を抱くこともイルヴァの様子で確認済みだった。 きっと、このヴァルキリーに『ミハエル』という名前を与えたのは、ガブリエラなのだろう。 ハルカにとって、それはある意味幸運だった。 ガブリエラが無事で、ハルカの素性さえ知られなければ、このヴァルキリーは、ハルカに攻撃を仕掛けてくることはまずないだろう。 リョータロウじゃあるまいし、今のハルカには、生身でヴァルキリーと交戦して生き残る自信など、実は全く無いのである。 我ながら情けないし、本当に勇気が足りないとハルカは思う。 しかし、タイプΦヴァルキリーが此処に現れたからには、きっと、ガブリエラの身の安全は保障されるはずだ。 ガーディアンエンジェルの一員である以上、万が一にもミハエルに素性を知られる訳にいない。 それに、まだこの通路に姿を見せないトーマとフウのことも気に掛かる。 片手で艶やかな黒髪を梳き上げると、ハルカは、どこか困ったように小さく笑って、ミハエルの腕にしっかりと抱かれたガブリエラに言うのだった。 「本物の護衛が来たなら、もう、大丈夫だよね?僕、トーマたちのところに戻るね」 ガブリエラは、ミハエルの胸にしがみついたまま、そんなハルカをゆっくりと顧みる。 ハルカの素性を知っている上、元来聡明であるガブリエラは、彼が意図して此処を離れようとしていることをすぐに理解した。 トライトニアのヴァルキリーであるミハエルと行動を共にすることは、ハルカにとって、表の惨状を掻い潜るよりも遥かに危険な行為のかもしれない。 きっと、引き止めてはいけないのだ。 桜色の綺麗な唇で寂しそうに微笑すると、ガブリエラは静かな口調で言うのである。 「また、助けられちゃったね・・・ハルカ。本当に、有難う」 「僕、何もしてないよ」 ハルカは軽く首を横に振ってそう答えると、青いつなぎの肩を僅かにすくめて見せた。 正にその時である。 ガブリエラを腕に抱くミハエルの生体センサーが、左側の通路から急速に近づいてくる複数の生命反応を鋭敏に捉え、その人間たちが銃火器を取っていること示す火薬反応をも感知したのだった。 ミハエルの涼麗な顔が、再び、冷酷な無表情に豹変すると、金色の両眼が鋭利に見開かれる。 「敵が・・・・来る」 低く紡がれたその言葉に、ハルカと、そしてガブリエラが、驚いたようにミハエルを顧みた。 ミハエルの身に、予想だにしなかった異変が起こったのはその直後のことだった。 「うぁ・・・・っ」 ミハエルは、苦悶の形相で低くうめくと、ガブリエラの体から突然手を離し、金色の瞳を大きく見開いたまま、その長身を前傾させたのである。 制御システムに奇妙な“トラップコード”侵入してきた瞬間、ミハエルの高知能AIが、何故か急速にシステムダウンを起し始めたのだ。 体の制御が効かなくなっていく。 精密なコンピュータシステムを“ウィルス”から守るため、強固なファイヤーウォールを備えているはずなのに、何の対策もとれぬまま、どんどんプログラムが不安定になっていく。 視覚センサーも、聴覚センサーも、全身のありとあらゆるセンサーがみるみる機能を失っていった。 「ミハエル!?どうしたの!?」 ガブリエラは、倒れかけるミハエルの肩を慌てて支えると、綺麗な眉を眉間に寄せながら咄嗟にハルカを振り返った。 「ハルカ!ミハエルが!ミハエルが!!」 ハルカは、驚いたように肩を震わせて、ガブリエラとそしてミハエルの元へと走り出さんとする。 その瞬間。 左側の通路から、ハルカの足元辺りを目掛けて、円柱状の何かが投げ込まれたのだった。 「!?」 ハルカが思わず足を止めた、次の刹那。 円柱状のその物体は鈍い爆音を上げて破裂すると、周囲に、凄まじい光の帯を迸らせたのだった。 閃光弾!? ハルカは、咄嗟に顔を庇うが時は既に遅い。 まともに目潰しの閃光を浴びたハルカの両眼から、一時的に視力が奪われ、その余りの眩しさに、痛みすら感じたその体が崩れるように床の上へと倒れ込んでいく。 「きゃああああ―――――っ」 けたたましく悲鳴を上げたガブリエラが、倒れ行くミハエルの胸に顔を埋めた。 「ガブリエラ――――――っ」 床に倒れ伏したまま、ハルカは、悲鳴が聞こえた方向に必死で手を伸ばすが、その指先が、彼女の体に触れることは叶わなかった。 ハルカの目からは、殆どの視力が失われている。 周囲の状況が全く掴めない。 ガブリエラが、今、どんな状況に陥っているのかも把握できない。 此処にリョータロウがいたなら、絶対に閃光弾の光など食らうはずもなかったのだろう・・・自分の経験の無さと未熟さを殊更痛感して、ハルカは、片手で顔を覆ったまま苦々しく眉間を寄せた。 鼻につく火薬の匂い。 視力は奪われていても、こちらに近づいてくる複数の足音は、聴覚で敏感に感じ取ることができる。 「ガブリエラ――――――っ!!」 ハルカは、繊細で端整な顔を厳しく歪め、喉も張り裂けんばかりにその名前を呼んだ
|
|