* 客席の最前列でファンを抑えこんでいたハルカとトーマ、そしてフウも、その異変を敏感に察知していた。 ざわめく観客が一瞬その動きを止めた時、真っ暗になった会場を見回すハルカの傍らで、トーマが、形の良い眉を潜めながら低い声で言ったのである。 「なんか様子がおかしいぞ・・・ハルカ、フウ、ダッシュでステージに集合!」 その言葉と同時に、トーマの俊足が、ステージに向かって走り出した。 「了解!」 キャップが床に落ちることも気にせずに、ハルカは、にわかに凛とした顔つきでトーマの後ろを駆け出していく。 その隣には、既にフウが並んで俊足を飛ばしている。 「宇宙の歌姫のコンサートに横槍なんて!絶対に許さないっす!!」 そう呟いたフウの顔には、何故か、いつも以上の気合入っていた。 トーマ、ハルカ、フウの順で、ステージの端に手をかけた、その次の瞬間である。 突然、アリーナ席に面する入口付近から、カッと眩い閃光が吹き上がったのだった。 凄まじい爆音が広い競技場に轟き渡り、観客が悲鳴をけたたましい上げると、その合間に煌々と炎が立ち昇った。 吹き上がった炎の間から、数台のバイクが飛び出してくると、その低いエンジン音がステージに向かって一直線に近づいてくる。 しかも、その音は決して一つではない。 アリーナ席の入口という入口から、無数のエンジン音がこだましてくるのだ。 そえは明らかに、軍用バイクの大型エンジンの音であった。 バイクのシートには二人の人影。 一人がハンドルを握り、一人が、リアステップに立ってマシンガンを構えている。 一瞬でパニックを起した観客たちが慌てて逃げようとするが、豪速で通路を駆け抜けるバイクの一団は、そんな彼らの足元に向け、容赦なくマシンガンを発砲したのだった。 これは、武装組織による襲撃だ。 大音響の悲鳴と、マシンガンの甲高い発砲音が会場のあちこちから響く中、トーマはステージの縁に手をかけたまま、軽く身をかがめて傍らのハルカに叫んだである。 「ハルカ!先に昇れ!」 ハルカは、その大きな黒い瞳を凛と煌かせると、トーマの言葉通り、思い切り床を蹴ってその肩を踏み台に、すると一気に高いステージの上へ飛び上がった。 ステージ上に見事に着地すると、ブーツの中に隠しておいたビームガンを引き抜き、ハルカは、少女のような繊細な顔を厳しく歪めながら、ステージ上のガブリエラに向かって全力疾走したのである。 パイロットであるハルカの優れた視力は、照明の落ちたこの暗闇の中にあっても、的確にガブリエラの姿を捉えていた。 ガブリエラは、突然のその場に起こった予想外の出来事に、ひたすら困惑と驚愕を隠し切れず、ピアノの椅子に座ったまま全身を硬直させている。 一体、何が起こっているのかまったく判らない。 だた、けたたましいバイクのエンジン音とヘッドライトが、みるみるこちらに近づいてきている。 綺麗な顔を言い知れぬ不安と恐怖に歪めた時、そんなガブリエラの聴覚に、聞き覚えのある少年の声が響いてきたのだった。 「ガブリエラ!」 暗がりから名前を呼ばれて、椅子の上のガブリエラは咄嗟にそちらを振り返った。 金色の髪が暗闇にたゆたい、その下から覗く困惑の蒼い瞳が、こちらに向かって疾走してくるハルカの姿を捉える。 強張っていたガブリエラの綺麗な顔が、不意に、ぱあっと明るくなった。 「ハルカ!」 そう叫んで椅子を立ったガブリエラの細い腕を、差し伸ばされたハルカの手が強く掴んだ。 「こっちへ!早く!!」 艶やかな黒髪を弾ませながら、凛と強い顔つきでそう言うと、ハルカは、ガブリエラの手を引いてステージ裏の通路へと駆け出そうとする。 その次の瞬間、甲高い発砲音がステージ上に響き渡り、ハルカの足元を、ステージセットの上方から発射された数発の弾丸が抉り取ったのである。 「きゃぁ!」 ガブリエラは悲鳴を上げて、咄嗟にハルカの腕にしがみついた。 相手は、わざと外した・・・これは脅しだ。 それに気付いたハルカは、少女のようなその顔を厳しく歪めながら、ガブリエラを自分の背中に隠したのである。 動けばきっと、相手はまた撃ってくる。 弾丸が飛び込んできた方向へビームガンを向けると、ハルカは、その指先で素早くセーフティロックを外し、容赦なく引き金を引いたのだった。 ビームガン特有の電子音ともつかない甲高い発砲音が響き渡ると、青い閃光が舞台装置の合間を抜けて狙撃者の傍らを走り抜けていく。 相手が一瞬だけ怯んだ隙に、ハルカは、ガブリエラの手を引いて一気に舞台の袖へと駆け出したのだった。 狙撃者は再びライフルを構える。 スコープ越しに、宇宙の歌姫の手を引くハルカの背中を捕捉した、次の刹那、突然、その背後から、鋭利な閃光の弧が凄まじい豪速で翻ったのである。 振り返った時には既に遅い。 空を二分する高エネルギーレーザーブレードが、細く鋭い音を上げ、ライフルを構えた狙撃者の肢体を捉えた。 その一瞬で肩から脇腹までを斜めに両断され、二つになって滑り落ちる体から、噴水のように鮮血が吹き上がったのである。 薄闇と血の香りが立ち込める只中に、アメジスト色の髪が乱舞した。 大きめのニットセーターに赤い血の斑点が描かれ、秀麗で端整なその顔は冷酷な無表情に彩られている。 それは他でもない、タイプΦヴァルキリー09、アーネストであった。 二の腕から伸び上がる湾曲した高エネルギーレーザーブレード、俗にクラッシャーブレードと呼ばれる体内内蔵型の刃をX型に構え直し、アーネストは、観客席からステージへと迫るバイクの一団をゆっくりと見やる。 「全ての敵は、殲滅する」 大きく見開かれたアメジスト色の美しい人工眼球に、戦闘用プログラムに起因する鋭利な輝きが灯ると、アーネストは、ステージセットの上から、しなやかにその身を翻したのだった。
* ハルカの手を握りしめ、暗い通路に駆け込んだガブリエラが、ステージ上に飛び降りてきたアーネストを振り返った。 そして、今にも泣き出しそうな声でその名を叫んだのである。 「アーネスト――――っ!!」 同時に、バイクの一団がアリーナ席からロケットランチャーを発射する。 湾曲した白い軌跡を夜気に刻む豪速の弾頭が、轟音と爆炎を上げてステージに着弾し、白煙と爆音を轟かせる。 「きゃぁああ――――っ!!」 悲鳴を上げたガブリエラの身体を両腕に抱え、ハルカは、咄嗟に床に伏せた。 凄まじい粉塵が舞い上がり、床に倒れ込んだ二人の頭上を、舞台セットの破片を孕んだ爆風が通り過ぎて行く。 アリーナ席に上った怒号と悲鳴が、此処までこだましている。 ステージの方から、ひっきりなしに聞こえてくる銃声と、恐怖に慄く観客達の叫び声。 宇宙の歌姫のコンサート会場は今や大混乱に陥っている。 どんな目的で、民間人ばかりが集まったこの会場に奇襲を仕掛けてきたのかは知らないが、こんな暴挙に出る連中などテロリストとしか考えられない。 もしかすると、最近その活動が活発化している「デボン・リヴァイアサン」の一派の仕業かもしれない。 「デボン・リヴァイアサン」は、惑星ドーヴァでも歌姫アンジェリカを拉致しようとしたばかりだ。 そんなこと思い巡らしながら、ハルカは、軽く首を振ってガブリエラの身体を抱き起すと、何故か人の気配が全く無い通路の奥へと走り出したのだった。 「ヴァルキリーは、あれぐらいじゃ破壊されないから大丈夫!イルヴァもそうだったから!!」 暗がりの中、恐怖と不安で強張るガブリエラの顔を横目で見やり、ハルカは、そんな彼女を安心させるかのように、跳ね上がる前髪の下で小さく微笑して見せる。 ガブリエラは、その言葉と笑顔に少しだけ安堵しながらも、長い睫毛に縁取られた蒼い瞳を、怪訝そうに瞬きさせるのだった。 「イルヴァ・・・って?」 「僕のナニー(乳母)だよ。すごく優しいタイプΦヴァルキリーなんだ。君の顔にそっくりなんだよ」 どこかはにかんだ様子でそう答え、ハルカは、ガブリエラの手を握りしめたまま、俊足で暗い通路を走り抜けていく。 ガブリエラは、不思議そうに小首を傾げながら、思わず聞き返すのだった。 「ヴァルキリーが、ハルカのナニーなの?」 その時である。 不意に、彼女の手を引いて走るハルカの眼前に、鋭利な青い閃光が大きく伸び上がった。 一切照明ない暗闇の向こう側に、豪華な金色の髪がゆらりと揺らめくと、見上げる長身の人影が、足音もなくこちらに近づいてきたのである。
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