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作品名:NEW WORLD〜交響曲第二楽章〜 作者:月野 智

第16回   【ACTU 襲撃のラグタイム】7
           *
惑星トライトニアの標準時間、午後五時。
くすんだ太陽が沈み行く薄闇の夕辺。
12万人の観衆が埋めつくしたリーベンタール競技場に、甘く優しいアルペジオが響き始めた。
宇宙の歌姫が、今正に、華々しい舞台にその姿を現そうとしている。
広い舞台の中央には、回転する銀河の立体映像が映写され、その下には、大きな羽根のモチーフに彩られた、白いグランドピアノが置かれている。
暮れかけた空には、色とりどりのレーザー光線が舞い踊り、迫り出した舞台の両端に設置された花火が、軽い破裂音を上げて打ち出されると、金色に輝くその末端が、流れる星のような軌跡を描いて虚空に吹き上がった。
その瞬間、一斉に総立ちとなった大観衆の歓声が、巨大なスタジアムを地面から震わせたのである。
宇宙の歌姫『アンジェリカ』の登場を待ちわびた人々が、空を割るような勢いで歓喜の声を上げた。
だがこの時、この大観衆は全く気付いていなかったのだ。
首都オーダムの外れにある政治犯専用刑務所オディプスで、凄まじい爆音が上り、アンドロイド警備兵が暴走し始めたことなど。
この会場からは、オディプスの騒乱を伺い知ることなどできない。
その凄まじい攻防を知ることない人々は、ただ、歌姫の姿が舞台に現れるのを待つばかりである。
立体映像の銀河の中に人影が浮かび始めると、大観衆の声援は、その音量を増大させたのだった。
今夜初めて、その麗しい姿をメディアに披露する歌姫が、揺れるように、まるで幻であるかのように、立体映像の銀河の只中に姿を現した。
無数の羽根をあしらった白いショートドレスの裾が揺れ、金色の長い髪に飾られた大きな羽根のヘアピースが、響き渡る声援に合わせて軽く跳ね上がる。
スポットライトに照らし出される美しい少女の姿。
類希な美貌を持つ宇宙の歌姫は、とろけるような甘い笑顔を秀麗な顔に浮かべると、大きく両手を広げて思い切り息を吸い込んだのだった。
高ぶるバンドの演奏と、彼女のためだけに集まった大勢の人々の声が重なる。
美しい高音を奏でる、澄んだその歌声が夕闇のオーダムに響き渡った。

眠る君の頬を撫でる 宇宙の風 どんな夢をみているの?
無重力のこの空に ゆらゆらと浮かぶ月の船
流されながら 君の胸へ

傷ついた羽根に降る 綺麗な星 そっと君を包み込む
君の涙 消えるまで ずっとずっと傍にいるから
寄り添うように 君の胸に

あの星まで行こう 私は此処にいるから
目を逸らさないで 手を握り締めて

君の羽根は 何度でも生まれ変わる
銀河の海まで飛んでいける
怖がらないで 大きく羽ばたく永遠の翼
君となら 宇宙の彼方へ飛んでいける
Stardust Wing.Fly Fly So Farway

『星屑の翼』と名付けられたその曲は、アンジェリカのアルバム『エデンの森』の冒頭曲である。
美しく澄んだ高音域で歌うアンジェリカにあわせて、大観衆も声を上げて歌い出した。
その熱気は、オーダムの夕闇を焦すような勢いで空へと立ち昇り、巨大な競技場を震わせたのである。
アリーナ席の最前列には、一歩でもステージに近づこうとする観衆が、ステージと客席を仕切るフェンスを破りそうな勢いで押し寄せてくる。
熱狂する観客の前に立って、背後に迫る人の波を伸ばした両腕と背中で抑えながら、本来は宇宙戦闘空母セラフィムのレイバン・パイロットであるハルカ・アダミアンが、決死の形相で綺麗な眉を歪めていた。
「ちょ、ちょっと!トーマ!?なんでこんな仕事までしなきゃならないの!?」
ハルカは、自分と同じ体制で観客を抑えているトーマ・ワーズロックにそう叫んで、キャップから覗く黒い瞳を、情けなさそうに涙目にするのだった。
トーマは、困ったように、しかし、どこか愉快そうに笑いながらこう答える。
「なんか、借り出されたって感じ?でも、背中に女の子の胸が当って、ちょっと気持ちいいぞ」
「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ!?こんなんじゃ、何かあった時身動きが取れないよ!!」
涙目で怒るハルカを横目で見やると、トーマは、やけにあっけらかんとした涼しい顔つきで答えて言うのである。
「何言ってんだよ。此処が一番良い席だって!いざとなったら、ダッシュでステージに上ればいいんだよ」
「なにそれ!?」
がなるハルカを愉快そうな視線で眺めながら、その隣にフウ・ジンタオがいない事に気がついて、トーマは、ふと、怪訝そうに眉を潜めるのだった。
「あれ、そういえばフウは?」
するとハルカは、げんなりとした様子で肩をすくめると、その視線を自分の足元に落したのである。
その視線を追って床に目を向ける・・・そんなトーマの視界に飛び込んできたのは、膝を抱えて床に座り込み、何故か号泣しているフウの姿があったのだ。
「生きててよかったす〜〜〜〜っ!自分、こんな近くでアンジェリカのコンサート見れるなんて、思ってもいなかったす〜〜〜〜〜っ!!」
「・・・・・・・」
トーマは、ぴくりと形の良い眉の角を吊り上げると、そ知らぬふりをして長い足を振り上げ、フウの頭上に思い切りかかと落しを食らわせたのだった。
「何さぼってんだよ!?『お客さん』やってる場合じゃないだろうが!?俺たちだけに仕事させんなっつの!」
フウは、悲痛の表情で頭を撫でつつ、トーマの長身を仰ぎ見みると、ずるずると鼻水をすすりながら、実に情けない声でこう言うのである。
「か、かかと落しはぁひどいっすよトーマさ〜ん!トーマさんの足食らったら、脳天割れるじゃないすかぁ!?」
「割れてないから安心しろ」
「・・・・自分、丈夫でよかったっす」
果たしてそういう問題なんだろうか?と・・・ハルカは、背後から迫る観客を必死で抑えながら苦笑してしまう。
押し寄せるファンの腕が頭に当り、被っていたキャップが落ちそうになるが、今のハルカには、それを直している余裕などない。
今回の任務は、“イヴ”と思しき少女の警護と、彼女のDNAを調べることのできる物品の採取であったはずなのに・・・
確かに、その物品の方は、楽屋でアンジェリカに出会った際に、トーマが首尾よく彼女の頭髪を採取し、特殊プラスティック容器に入れてハルカの胸のポケットに納まっている。
しかし。
何故、警護がこんな仕事なのか?と、ハルカは思わず首を傾げたくなるのだった。
いや、この仕事は確かに、彼女の身を守るための警護であることには変わりないのだが・・・
トライトニア政府がアンジェリカに付けた護衛、タイプΦヴァルキリーは、今頃、舞台の裏側で彼女の姿を見守っているに違いない。
あの連中が、少しだけ羨ましく思えてきた時、ハルカは、大きなため息と共に視線を上げ、ステージ上で澄んだ歌声を響かせる美しい歌姫をさり気無く見上げたのだった。
すると。
何故か彼女は、美しい声で歌いながら、その蒼く澄んだ瞳を、真っ直ぐにこちらに向けていたのである。
「・・・・・・・・」
ハルカは、必死で背後の群集を抑えながら、驚いたような表情で宇宙の歌姫を見つめてしまう。
失われた惑星の色に似たガブリエラの蒼い瞳と、広大な宇宙の色をしたハルカの瞳が、確実にぶつかった。
その瞬間、彼女は、とろけるような甘い微笑みをその綺麗な桜色の唇に浮かべたのである。
今、こっち見てたよね・・・?眼があったよね・・・?気のせいじゃ、ないよね・・・?
今、僕に微笑(わら)った・・・・?
自問自答したハルカは、ひどく照れた様子で顔を赤くする。
きっと、こんなことがファンにバレたら、袋叩きじゃ済まないだろうと・・・軽く背中を震わせて、ハルカは、思わず周りを見回してしまうのだった。
コンサート会場の熱気はまだ止まない。
それどころか、ますます浮いた熱を増すばかりである。
だがこの時、宇宙の歌姫の歌声に酔いしれる観衆も、そしてハルカも、まだ何も気付いていなかったのだ。
この華々しいステージに仕掛けられた謀略があることなど・・・


 


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