* 惑星トライトニアの首都オーダムに、夕闇が迫った。 大気の汚染物質から人体を守るためのシールドに、地平線に落ち行く太陽の光が煌々と照り付けている。 宇宙の歌姫アンジェリカの公演が行われるリーベンタール競技場を囲む道路には、会場に機材を運ぶカーゴトレーラーが幾台も駐車されていた。 その中の一台。 白い大型トレーラーのカーゴ部分は二層に仕切られ、その中には、数十人の青年達と一人の少女の姿があった。 一様に戦闘服を纏いものものしい武装に身を固めたその姿は、決してコンサートのスタッフには見えない。 カーゴ部分の前方に設置された、大型コンピュータのコンソールを叩きながら、ダークグリーンの戦闘服を纏う少女が、ライトブラウンの髪の下から、傍らで作業を眺めている長身の青年を振り返ったのだった。 まだあどけなさを残す大きなへーゼルの瞳が意味深に細められ、少女は、さも得意気に微笑うのである。 「ショウゴ、政治犯刑務所のセキュリティジャック終わったよ。あとは、警備アンドロイドを操作するだけ。機械人形なんて、“トラップコード”を送ればなんとでもなっちゃうんだから、ほんと笑えるよね。システムには全然簡単に入れたし。軍備強化してる割には、“セキュリティ”対策なってないから、トライトニアって結構馬鹿かも」 日焼けした頬にそばかすが目立つが、その少女は、このものものしさに不似合いな程可愛らしい顔立ちをしていた。 彼女の名は、リリアン・カーティス。 仲間内では“バグ・リリィ”と呼ばれる、天才的なハッカーだった。 そして、その傍らで、冷静だが鋭い顔つきでリリアンの作業を見つめているのは、トライトニアのバーレクイ体制に異議を唱える過激なテロリスト集団『デボン・リヴァイアサン』の幹部の一人、ショウゴ・ニカイドウである。 僅かに癖のある黒い髪と、その前髪から覗く、静けさの中に心内の激しさを伺い知ることの出来る、凛と強い黒曜石の瞳。 凛々しい眼差しと精悍で整った顔立ちには、そこはかとなく漂う鋭利な威厳がある。 ショウゴは、デボン・リヴァイアサン親衛艦隊、戦艦『ワダツミ』の艦長でもあり、31歳という若さで『デボン・リヴァイアサン』の中核を担う人物でもあった。 今此処にいる戦闘員達は、皆、『ワダツミ』の乗組員である。 ショウゴは、戦闘服の胸ポケットから煙草を一本取り出すと、それを口にくわえながら、鋭い声色で低く言うのだった。 「ヴァルキリーの方はどうだ?アンジェリカの傍には、ヴァルキリーがいると報告を受けた。連中は厄介だ、先につぶせるならつぶしておいた方がやり易い」 コンソールの傍らに置かれたライターを手にすると、リリアンは、そんなショウゴの煙草に火をつけながら、先程以上に得意気に笑ってこう答える。 「連中の回路に侵入するのはちょっと大変だったよ。“トラップコード”は送信済み。後は、それを起動させればいいだけ。馬鹿みたいなファイヤーウォールだったから、突破するの何日もかかっちゃったよ。しかも、足跡消さないと連中はすぐに気付くしね。連中の回路に侵入できるのなんて、きっとこのあたしぐらいなモンだと思うよ。誉めて!」 「・・・・・・」 ショウゴは、指先で軽く煙草を挟むと長い前髪の下で視線を動かして、リリアンの顔をちらりと見やる。 そして、煙草の煙と共に冷静な言葉を吐き出すのだった。 「誉めてやるのは、全てが万事終了してからだ」 「なによそれ?じゃ、ミッションコンプリートしたら、またご褒美くれる?」 「不手際なくコンプリートしたら、多少は考えてやる」 鋭利な面持ちのままそう答え、ショウゴは、片手で長い前髪を梳き上げると、紫煙の上る煙草を精悍な唇にくわえ直した。 その返答に、リリアンは、不満そうに唇を尖らせながら、ムキになって食い下がる。 「やだ!くれるって言ってくれなきゃ“トラップコード”起動させてやらないから!」 「・・・・・・」 ショウゴの長い前髪の下で、凛と強い黒曜石の瞳が鋭利に細められた。 ふうっと煙を吐き出しながら、くわえた煙草を指先で挟み、それをゆっくりと脇に下ろすと、ショウゴは、空いている片手でリリアンの顎を強引に掴み上げる。 リリアンは、びくりとその細い肩を揺らすと、驚いたようにへーゼルの瞳を見開いたのだった。 ショウゴは、冷静沈着で、それでいて鋭い表情と口調で低く言うのである。 「遊びにきてる訳じゃない。俺に女扱いしてもらいたいなら、そんなガキ臭い口は効ないことだ・・・・わかったな?」 凛と鋭利な眼差しが、真っ直ぐにリリアンの瞳を捉えている。 その眼差しは、決して怒気を孕むものではない。 だが、冷静で冷たいショウゴの瞳の輝きは、リリアンの心に、そこはかとない恐怖を覚えさせるのだった。 この青年は、彼女を殺すことはしないだろう。 だが、いつでも、躊躇うことなく彼女を棄てるだろう。 例え、五年という月日を共に過ごしてきた彼女であっても、不要だと思えば容赦はしない。 ショウゴ・ニカイドウは、そういう男だ。 リリアンも、それは十分に承知している。 「・・・・・・・ごめん、ショウゴ。もう言わない」 哀しそうに綺麗な眉を寄せ、リリアンは素直にそう謝った。 今、この青年に棄てられたら、彼女は居場所をなくしてしまう。 故郷である惑星トリスタンには、既に家族も親族もいない。 彼女は天涯孤独の孤児だ。 この青年の存在が、彼女にとっての唯一の拠り所なのだ。 そして彼女は、まだまだ幼い心持ちとは言え、この冷静沈着で掴み所の無い青年を、とても愛しているのである。 だから、この青年にだけは“必要ない”と言われたくない。 リリアンは、ぎゅっと唇を噛締めると、へーゼルの瞳を微かに潤ませながら、ただ、じっとショウゴの冷静で冷たい瞳を見つめすえたのだった。 そんなリリアンの様子に、ショウゴは、鼻先だけで軽く笑うと、彼女の顎から静かに手を離したのだった。 「いい娘(こ)だ・・・このまま作業を続けろ」 「イエッサー・・・」 リリアンはそう答え、切なそうな顔つきのまま、再び眼前のコンソールパネルを叩き始めたのである。 ショウゴは、指で挟んだ煙草を再び口に持っていきながら、前髪から覗く黒曜石の瞳で、コンソールを叩くリリアンの指先を見やるのだった。 そんなショウゴの背中に、部下であるランバー軍曹が、通信機のヘッドフォンを耳にあてたまま冷静な口調で言うのである。 「艦長。オディプス刑務所、戦闘員の配備は完了しました」 紫煙を吐き出しながら、ゆっくりと振り返ったショウゴの瞳が爛と鋭利に輝いた。 「そのまま待機。時間が来たら、即時ミッション開始。リーベンタール競技場の方はどうだ?」 「まもなく配備完了」 「ミッションコンプリートの後、宇宙で一番有名な人間を盾にして、トライトニアを離脱する。失敗は許されない」 「イエッサー」 ランバー軍曹の返答の後、ショウゴは、その視線を再びリリアンに戻すと、不意に、彼女の耳元に唇を寄せて、ひどく冷静な声でこう言うのだった。 「リリアン、“トラップコード”起動準備。おまえも、絶対に失敗はするな」 「イエッサー」 リリアンは、綺麗な眉を凛と吊り上げて刻みよくそう答えた。 どこか思惑有り気に黒曜石の両眼を細め、ショウゴは、鼻先で笑いながら、低めた声で短い言葉を続ける。 「もし、完璧に成功したら・・・・抱いてやる」 「!?」 冷たくも甘いその言葉に、リリアンの頬が一瞬で赤く上気する。 ショウゴの思惑ぐらいよくわかっている。 これは餌だ。 リリアンの恋心を利用した、実に姑息な思惑だ。 ショウゴはこうやって、人の弱い部分を的確に突いて、周りの人間を上手に操る技に長けている。 ショウゴにとってリリアンは、ある種特別な存在ではあるが、彼から“特別な愛情を受ける女性”では決してない。 彼女は、道具だ。 彼の信念を貫くための道具の一つでしかない。 そんなことは、リリアン自身が一番よく知っている。 それでも、リリアンにとって、どんな形であれショウゴに必要とされる事は、幸福以外の何物でもないのだ。 リリアンは、綺麗な唇を嬉々としてもたげると、どこか弾んだ声で返答するのだった。 「絶対だよ、後からになって撤回は無しだからね・・・絶対成功させるから!」 ショウゴのくわえた煙草からくぐる紫煙が、広いカーゴの中に充満する。 テロリスト『デボン・リヴァイアサン』の元帥奪還作戦は、こうして幕を上げたのだった。
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