* 「びっくりした・・・君が、僕をガーディアンエンジェルだって言ったら・・・どうしようかと思った・・・」 アンジェリカのために用意された、広く豪華な楽屋の中で、ハルカは、ため息をつきながら思わずそう呟いた。 ハルカが腰を下ろしている大きなソファの隣には、なにやら意味深に笑うトーマが立っており、ハルカの傍ら座るフウは、キラキラと目を輝かせながら、向かいに座る宇宙の歌姫『アンジェリカ』の甘い笑顔を見つめている。 アンジェリカことガブリエラは、ステージ衣装と思われる羽根のドレスを纏ったまま、相変わらずあどけなく笑うのだった。 「言わないよ。だって、私、トライトニアとガーディアンエンジェルが仲悪いの知ってるもの」 「そ、そう、だったんだ・・・よかった、それ知ってて」 ハルカは、はにかんだ様子でそう答えると、被っていたキャップを脱いで、片手で艶やかな黒髪を梳き上げたのである。 ガブリエラはにこやかな表情のまま、ふと、トーマとフウを見やると、やけにおっとりとした口調でハルカに聞くのである。 「こちらのお二人も、同じ船の人なの?」 それに返答したのは、ハルカではなく、先程から、意味深な笑みを浮かべてガブリエラを見つめていたトーマであった。 広い胸元ゆっくりと腕を組みながら、さも愉快そうに端整な顔をほころばせると、トーマは、徐に口を開くのである。 「違うよ。俺とフウは運送業者の人間。ハルカは、乗ってる船でヘマやって、その罰としてうちにバイトに出されたの。ファイターパイロットが民間企業のバイトだぜ?笑ってやってよ」 「ちょっとトーマ!もっと違う言い方あるでしょ?それひどいよ!」 綺麗な眉を眉間に寄せると、ハルカは、頬を上気させながらトーマを振り返る。 心外そうに唇を尖らせるハルカを、きょとんと目を丸くしながら顧みた、ガブリエラは、ぷっと吹き出して、可笑しそうにくすくすと笑うのだった。 「そ、そうだったんだ!じゃあ、ハルカは、お仕事のお手伝いしてるんだね?どうしてハルカが此処にいるのか、とっても不思議だったの」 「そういうこと」と、トーマは、さも平然とそう答えた。 ハルカは、ますます拗ねたように唇を尖らせてしまう。 だが、彼女には、本当の目的を話す訳にはいかないのだ、少々心外ではあるが、“民間企業のバイト”をしていると思ってもらった方が都合いい。 さっきの言葉は、トーマの機転だ。 しかし、なんだか心外なのは否めない。 ハルカは、情けなさそうな顔つきでため息を吐くと、広い肩をゆらして愉快そうに笑っているトーマを仰ぎ見るのだった。 そんな彼らの思惑を知らないガブリエラは、相変わらずおっとりとした口調でトーマに言うのである。 「あの、お名前なんていうんですか?運送業者さんなら、もしかすると、ミリーが・・・えっと、うちのマネージャーが機材とか運ぶのに使うかもしれないから、名刺とかあれば、私、渡しておきますよ」 その言葉にトーマは、ふと笑いを治めると、その顔を、僅かばかり切ない表情に曇らせて軽く肩を竦めたのだった。 焦茶色の前髪から覗く知的な紺色の瞳で、真っ直ぐにガブリエラの綺麗な顔を見つめながら、トーマは、改まった口調で答えて言う。 「言っていいの?俺の名前?」 「え?」 ガブリエラは、長い睫毛に縁取られた大きな蒼い瞳を、不思議そうに瞬きさせた。 トーマは静かに言う。 「トーマ・ワーズロック・・・・これでも、宇宙一物騒な民間運送会社の専務なんだぞ」 その瞬間、ガブリエラの綺麗な顔から笑顔が消え、代わりに、驚愕の表情がそこに現れたのだった。 トーマ・ワーズロック。 この青年は、測らずも、幼いガブリエラを育ててくれた父と同じ姓を名乗った。 それは、彼女の正確な本名と同じ姓でもある。 大きな瞳を殊更大きく見開いて、ガブリエラは、しばし無言でトーマの端整で精悍な顔を見つめすえてしまう。 トーマの持つ紺色の知的な瞳が、真っ直ぐにそんな彼女の蒼い瞳を凝視していた。 紺色の瞳。 ずっと会いたいと願っていたガブリエラの養父、ブライアン・ワーズロック博士と同じ瞳の色だ。 そして、トーマ・ワーズロックというその名前は、五年前、アルキメデスに彼女を送り出した父が、『会いなさい』といった人物の名前に違いない。 忘れるはずもない。 あの時父は、幼かった彼女にこう言ったのだ。 『おまえとは血は繋がっていない・・・でも、ショーイとトーマは、おまえの兄さんだ。何かあった時は、きっと力になってくれる』 何故気付かなかったのだろう。 この青年の持つ面影は、確かに、ガブリエラを育ててくれた天才科学者の面影に良く似ている。 驚愕で震えたガブリエラの唇が、小さく呟いた。 「お兄さん・・・・・・・お兄さん、なの?」 『お兄さん』という言葉が出たという事は、やはり、この少女は、トーマの実父であるブライアン・ワーズロック博士の養女、ガブリエラ・ワーズロックに他ならないのだろう。 トーマは、そんな確信を持ちながらも、おどけた調子で答えて言うのだった。 「お兄さん・・・うっは、なんかそれ嬉しい響きだな。もし君が、親父の養女(むすめ)ガブリエラ・ワーズロックなら、そうなるだろうな」 ガブリエラは、白い羽根に彩られたショートドレスを揺らし、弾かれたようにソファから駆け出すと、今にも泣き出しそうな表情をしながら、何の躊躇いもなくトーマの胸に抱き付いたのである。 ハルカはきょとんと目を丸くし、フウは・・・・そのあまりの驚愕と衝撃に口をあんぐりと開いて、思わず傍らのハルカを振り返ってしまう。 「アンジェリカさんが・・・トーマさんの、妹っ・・・・すか!?どどど、どういうことすか!?」 ハルカは、ひどく困ったように綺麗な眉を眉間に寄せると、軽く首を横に振りながら、こう答えたのである。 「僕も初耳」 ハルカとフウが、ガブリエラの体を抱き止めたトーマをまじまじと顧みた。 その視界の中で、宇宙の歌姫は、大きな蒼い瞳に一杯の涙を貯めて、堰を切ったようにトーマに言うのだった。 「お兄さん!私、会いにいったのよ!アルキメデスまで、お兄さんたちに会いにいったの!なのに会えなかったの・・・っ、お兄さん!お父さんがっ、お父さんがっ・・・死んじゃった・・・私、私・・・っ!」 ガブリエラとは対照的に、トーマはひどく冷静だった。 精悍な唇に相変わらず人懐っこい笑みを浮かべたまま、あっけらかんと彼は言う。 「泣かない、泣かない、せっかくの化粧が落ちるぞ?親父が死んだのは・・・俺たちも知ってる、君がアルキメデスに来たこともね。ずっと可愛い妹の行方探してたんだけどさ、なかなか見つけられなくて、会いに来るの遅くなって、ごめんな」 「・・・・・っ!」 ガブリエラは思わず言葉を詰め、綺麗な眉を潜めるとトーマの胸にぎゅっ抱き付いたのである。 この青年は、ずっと育ててくれた優しい父と、確かな血の繋がりのある人間だ。 父を知り、父の面影を宿す青年だ。 アルキメデスでクーダデターに遭遇し、そこからドーヴァで現在の養父母マギー夫妻と何不自由なく暮してきたが、見ず知らずの惑星で、誰一人として父を知る者もなく、自分を知る者もなかった。 本当は、不安だった。 不安でないはずもない。 五年前。 当時の惑星アルキメデスは、クーデターでその都市機能も行政機能も完全に麻痺し、ドーヴァから連絡をいれようにも、通信回線すら繋がらない状態だった。 父が『会いにいけ』と言った兄達にも、連絡すら取ることが出来なかった。 その兄の一人に、やっと会えたのだ。 父を失った哀しみを分ち合える、父の血を受け継いだ人間に。 ガブリエラは、綺麗な唇を噛締めて、溢れそうになる涙を堪えながら、澄んだ蒼い瞳で真っ直ぐにトーマを見つめすえる。 「お・・・兄さん」 「まぁ、そんな顔するなよ。女の子に泣かれると、流石に弱くてさ。今日は、コンサートの初日だろ?積もる話は、また後でゆっくりしようぜ」 そう言ってニッコリと笑ったトーマに、ガブリエラは、片手で瞼をこすりながら、素直に頷いたのである。 「うん」 「名刺、置いていくからさ。うちの運送会社の社長、もう一人の君の兄貴だし。今日は、俺等三人、ずっとこの会場にいるからさ」 「うん」 「取りあえず、笑っとけ。ガブリエラ」 「うん」 トーマの言葉通り、ガブリエラは、その秀麗な顔に、日が差すような微笑みを浮かべ手見せる。
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