* 無限の宇宙に広がるいくつもの銀河は、互いのバランスを緻密に保ちながら、音もなく安らかに巡っている。 均整の取れた美しい配列を刻む星々と、その合間を人知れず吹き抜ける恒星の風。 そこは、人類が構築したどの惑星国家にも属さない、外洋宇宙と呼ばれる広大な宇宙空間であった。 果てしない静寂の闇と無数の星が彩る外洋宇宙を、銀色に輝く巨大な船体に青い六芒星、俗に『ダビデの星』と呼ばれるエンブレムを掲げた大型戦闘母艦が、赤いマーカーランプを点滅させながら緩やかに航行していく。 この広大な宇宙にあって、『ダビデの星』のエンブレムを掲げる船は、どの惑星国家に属さない独立した大組織「ガーディアンエンジェル」に所属する船に他ならない。 強力な組織力、優秀な頭脳、そして、強靭な軍事力、その全てを有する一大組織の存在意義を、真実に知る者はごく限られている。 宇宙戦闘空母セラフィム。 それはガーディアンエンジェルの中にあって、敵対する惑星国家の動向を監視するという任務に就く、無敵と呼ばれる大型母艦であった。 宇宙戦闘用高性能ステルス爆撃機、通称レイバンを格納するセラフィムの巨大なドックに、新人通信オペレーター、マデリン・ダレルのアナウンスが響き渡る。 『レイバン部隊ツァーデ小隊、アレフ小隊、ザイン小隊、及びギメル小隊に通達。搭乗員は機内で待機してください。発進準備が整い次第、ツァーデ小隊及び、アレフ小隊はカタパルトデッキ1から、ザイン小隊及びギメル小隊はカタパルトデッキ2から、フォーメーション・И(イー)で発進してください』 カタパルトデッキに発進準備を示す黄色いランプが一斉に灯り、上昇エレベーターが始動する中、レイバン部隊に所属するパイロット達が、小脇にヘルメットを抱えたまま、搭乗ウィンチから次々とコクピットに飛び乗っていく。 だが、この発進は、決して敵機を迎撃するためのスクランブル発進ではない。 レイバン部隊の中でも、精鋭だけを集めて結成されているツァーデ小隊の実戦訓練スクランブルでなのである。 ツァーデ小隊の機体は、開発されたばかりの新型レイバン、RV−019VFc(シータ)に変更されていた。 その最新鋭機に慣れるための宇宙戦闘実戦訓練だ。 「キリア、キャノピ・クローズ」 精鋭部隊ツァーデ小隊を束ねる若き隊長、リョータロウ・マキは、RV−019のナビゲーションシステム“キリア”にそう指示して、モニターの下部から迫り出してきたコンソールを、グローブに覆われた長い指先で素早く叩いたのだった。 眼前のモニターにウィンドウが開き、この機体に関する全てのデータが次々と表示されていく。 滝のように流れてくるそれを、ヘルメットシールドの下から覗く、凛と強い黒曜石の瞳で追いながら、リョータロウは、冷静な声で言うのだった。 「リョータロウ・マキ、搭乗完了。ステルスデバイスオールグリーン、ワープシステム、及び重力制御システムはイエローからグリーンへ。ナビゲーションシステム“キリア”は正常に稼動。火器ロック解除。メインエンジン点火。発進まで、このまま待機する」 『マキ少佐、了解しました』 セラフィムのブリッジから応答したマデリンの声を聞くと、リョータロウは、鋭利にその瞳を細め、先日、自らが「殺されかけた」と称した新型レイバンの操縦桿を握ったのである。 「キリア、通信回線をツァーデ小隊全機に開け」 『イエッサー』 リョータロウの言葉に反応し、RV―019で初めて採用されたナビゲーションシステム“キリア”が、無機質な女性の声で返答した。 レイバンRV−019は、惑星トライトニアが所有する人型戦闘兵器アーマード・バトラーに対抗すべく開発された、高出力、高性能の最新鋭機である。 装備も新型に一新され、前期型のレイバンRV−018に比べると、より操作が複雑で、推進も更なる高出力エンジンへと切り替えられていた。 そのため、操縦するパイロットの負担もまた格段に増す形となったのである。 故に、戦闘中にパイロット達が行うコンソール操作を軽減すべく開発されたのが、人間の音声指示を理解するナビゲーションシステム、“キリア”であった。 キリアによって通信回線が接続されると、リョータロウは、ヘルメットに内蔵されたインカムに向かって、鋭くも落着き払った声色で言うのである。 「T―1からツァーデ小隊各機へ。ツァーデ小隊は発進後、防衛ラインFでアレフ小隊、ザイン小隊、及びギメル小隊とエンゲージ(交戦)。RV−019は、RV−018よりも高出力な上に操作も複雑だ。この機体に慣れるための訓練だ、気を引き締めていけ」 『了解』 ツァーデ小隊の隊員達が次々と返答する中、何故か、僅かな間を置いて、一番最後に『T―2、了解』と無愛想に返答した女性の声があった。 それは、つい先日、セラフィムのレイバン部隊に配属されてきたばかりの女性パイロット、フレデリカ・ルーベント大尉の声である。 リョータロウは、フレデリカとの間で起こった、あの奇妙ないざこざを思い出して、思わず、ため息をついたのだった。 あの女は、本当に訳がわからない。 だが、リョータロウ・マキという個人ではなく、ツァーデ小隊の隊長でありフレデリカの上官であるマキ少佐としては、このままの関係ではいけないと・・・そうは、思っている。 しかし、今の所、彼女との関係を円滑に保つ方法が、全く見つからないのだ。 彼女のご機嫌取りをしてやるつもりはないが、それでも、とてつもなく気強い性格と、無意味に高いプライドだけは、なんとか理解はしようと試みている・・・のだが。 苦々しく眉間を寄せたリョータロウの耳に、再び、新人ブリッジオペレーターマデリンのアナウンスが響く。 『全機、機体スキャン完了、エナジーバルブ接続解除、重力制御システムオールグリーン。カタパルトデッキ1上昇します。ツァーデ小隊、アレフ小隊、発進20秒前・・・・』 ツァーデ小隊専用機、RV−019VFcの高性能イグナイトエンジンが、その回転数をみるみる上げていく。 メインバーニアが、轟音を上げながら青い火を蓄えた。 RV−019レイバンの真新しいダークブラックの機体が、その士気を高ぶらせるように小刻みに振動し、折畳まれていた前進型の主翼が、まるで鳥が羽根を広げるようにゆっくりと開いていく。 カタパルトがゆっくりと上昇し始め、鋭利に細められたリョータロウの視界に、無限の宇宙空間が広がり始める。 その全身に伝わってくる、高性能イグナイトエンジンの緩やかだが、それでいて力強い振動。 最大値まで回転数を上げようとするエンジン音が、重低音から高音域へと変化していく。 『ツァーデ小隊、アレフ小隊、発進10秒前、9、8、7、6、5・・・・』 上昇しきったカタパルトの上で、車輪を固定していたロックが解除され、RV−019のイグナイトエンジンが凄まじい轟音をあげると、その高出力バー二アが青い炎を噴き上げた。 『4、3、Maximum Fire Ready・・・GO!!』 マデリンの声と共に、両翼に青い六芒星のエンブレムを掲げたダークブラックの機体が、広大な宇宙空間に銀色の帯を引きながら、流星の速度でセラフィムを離艦していった。 甲板の上部にせり上がったカタパルトから、轟音と共に次々と発進してくるレイバンの機影が、バーニアを噴き上げて防衛ラインFと呼ばれる宙域へ暗黒の闇を駆け抜けていった。 デルタ編隊を組むツァーデ小隊のレイバンが、一瞬で防衛ラインFを越える。 その後方から迫るアレフ、ギメル、ザインの各小隊がステルスモードに移行し、一斉に編隊を崩すとメインバーニアを噴射させ、凄まじい速度でツァーデ小隊に迫った。 『アレフ・リーダーからツァーデ・リーダー。マキ少佐、手加減はしないぞ。こちらも、RV−019の性能を確認させてもらうつもりだからな』 アレフ小隊隊長、オベール・カントルーブ少佐が、どこか愉快そうな口調でリョータロウにそんな通信を入れてきた。 リョータロウは、モニターの通信ウィンドウに映るカントルーブ少佐の顔を横目で見やると、軽く唇をもたげて返答する。 「ツァーデ・リーダーからアレフ・リーダー。手抜きなんかして貰っちゃこっちが困る。死ぬ気で狙ってくれ」 『アレフ・リーダー、了解』 カントルーブ少佐もまた、ヘルメットシールド越しに唇をもたげ、親指を立てて見せると、そこで通信を切った。 敵機急接近を知らせるアラームが、リョータロウが搭乗する機体、T―1のコクピットにけたたましく鳴り響く。 「T―1からツァーデ小隊各機へ。防衛ラインFを通過した。これより、実戦訓練を開始する」 『了解』 リョータロウの声に、各隊員が刻みのよい返答で次々と応じると、ツァーデ小隊に所属する10機のRV―019が、一斉にデルタ編隊を崩したのだった。 だが、その声の中に、何故かフレデリカ・ルーベントの声がない。 まったく・・・あの女!と、リョータロウは苦々しく眉根を寄せつつも、ブーストコントローラーを踏み込んだのである。
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