警備員を伴ったその少女が、ゆっくりとした歩調でこちらに近づきながら、ひどく歓喜した様子で無邪気に笑っている。 「凄いですね!そのスコア、上級者向けの難しいスコアなんですよ?それを、あんなに綺麗に弾きこなせるなんて!」 ふと、誉められていることに気付いたナナミは、思わず頬を赤らめて、そんな少女を真っ直ぐに見つめ返すのだった。 「あ、ありがとう・・・でも、ナナミ、ほんと、そんな誉められるほどでもないし」 遠慮がちにそう言ったナナミに、つばの広い帽子を被った見知らぬ少女は、握手を求めようと、その白くしなやかな手を伸ばしかけた。 しかし、そんな少女の腕を、傍らに立っていた警備員が制したのである。 「駄目ですよ、関係者以外の人間との接触は極力避けてください、行きましょう」 その言葉に、少女は、帽子の下で少しだけ切なそうな顔つきをすると、それでも素直に頷いて、もう一度、ナナミに向かって柔らかく微笑したのである。 「その曲、あんなに綺麗に弾いてくれて本当に有難う。良い音が聞けて感激しちゃいました」 そんな言葉だけを残し、その見知らぬ少女は、警備員に伴われたまま、ゆっくりとナナミに背中を向けたのだった。 ナナミは、へーゼルの瞳をきょとんと丸くして、訳がわからないと言った顔つきで、少女の華奢な背中をまじまじと見つめ据える。 ハルカもまた、今の少女が一体誰なのか見当も付かずに、だた、呆然と少女の背中を見送ったのである。 しかし、リョータロウだけは、他の二人と全く違う、ひどく鋭利な表情で、遠ざかろうとする少女と警備員の姿を眺めていたのだった。 正確に言えば、リョータロウが見つめているのは、少女の隣に立つ警備員の方である。 長い間戦闘に携わってきた人間の勘とでもいうのか・・・ショップの警備員しては、少し、装備が重すぎる。 腰にスタンガンを下げているのはいいとしても、不自然に制服の胸元が膨らんでいたのは、おそらく、制服の下に何らかの武器を隠し持っている証拠だろう。 少女の隣にいるということは、きっと彼女の護衛なのだろうが、そんな武装をしなければならない程、この少女がVIPだということなのか、それとも、VIPであるこの少女が目的なのか・・・ ゆっくりと遠くなっていく少女と、彼女を警護する若い青年の後姿。 キャップの下から覗く黒曜石の瞳を鋭利に細めたまま、リョータロウは、何を思ったか、突然、そんな二人を呼び止めたのである。 「おい・・・ちょっと待て」 その声に、ふと、少女と警備員が立ち止まる。 ブラックジーンズのポケットから、ゆっくり両手を引き出すと、リョータロウは、落着き払った、しかしひどく鋭い声色で言葉を続けたのだった。 「ショップの警備員にしては、装備が少し重くないか?制服の下に何を持ってる? おまえ、まさか、その子を誘拐するつもりじゃないだろうな?」 余りにも突拍子もないその言葉に、ハルカもナナミも、そして、その少女も、驚いたようにリョータロウを顧みる。 その時だった。 警備員の手が、制服の懐に素早く差し入れられたのだった。 リョータロウの優れた視力は、その一瞬の行動を寸分も見逃さない。 「伏せろ!絶対目を開くな!!」 リョータロウは短く叫んで、ハルカと、そしてナナミの体を抱えるようにして、迅速で床の上に倒れ込んだ。 次の瞬間。 警備員が投げつけた閃光弾が、乾いた爆音を上げて虚空で破裂し、凄まじい閃光がその場に走り抜けたのである。 「きゃあ!」 床に伏せたナナミが、思わず悲鳴を上げた。 迸る閃光が止むと同時に、その爆音騒ぎを聞きつけた店員たちが、フロアのあちこちから、慌てふためいた様子で走ってくるのが見えた。 床の上から機敏に跳ね起きたリョータロウが、カーゴジャケットのジッパーを下ろし、ホルスターから銃を抜き払う。 そんなリョータロウに僅かに遅れ、ハルカもまた床の上から素早く跳ね起きると、パーカーの下のホルスターから銃を抜いたのだった。 「何!?どうしたの!?なんで閃光弾なんか投げつけてくるの!?」 「図星だったんだろ・・・追うぞ、ハルカ。このままほっとけば、あの子は間違いなく、外に連れ出される」 銃の安全装置を外しながらそう答え、リョータロウは、鋭い顔つきをしてその場から走り出した。 「了解!」 やけに勇ましく返答し、ハルカもまた、俊足でリョータロウの後ろを追いかける。 「あ!待って!マキ少佐!ハルカくん!!」 かなり遅れて立ち上がったナナミが、慌ててそんな二人を呼び止めようとするが、もはやその声は届かない。 何が起こっているのかさっぱり判らないまま、呆然とその場に立ち尽くしたナナミの耳に、胸元につけた通信機から、やけに冷静なリョータロウの声が聞こえてきたのだった。 『ナナミ、管理局に言ってエントランスを閉鎖させろ。武装した警備員が、少女を拉致した。警察に通報するように言っておいてくれ。俺とハルカは、このまま犯人を追跡、可能なら拘束する。俺たちがガーディアンエンジェルであることは極力伏せろ、騒ぎが大きくなるからな』 「りょ、了解です!!気を付けて!!」 ナナミはそう返答し、心配そうに綺麗な眉を寄せたのである。 辺りには、爆音を聞きつけた野次馬達が、ざわめきながら集まり始めていた。
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