* 『ドーヴァ・マキシマム・ムジカ.CO』ショップの最上階、5THフロアは、演劇やオペラ、コンサートなどの衣装を扱う、ミグニン最大のドレスショップであった。 その特別リビングのソファに腰を下ろしながら、少女は、隣で苛々と肘掛の縁を叩いている養母、ミリアム・マギーのさも恐ろしげな顔を、困ったように覗き込んだのである。 光の切っ先を思わせる綺麗な金色の髪と、透き通って艶のある白皙の肌。 失われた惑星の色に似た蒼く大きな瞳を縁取る、くるりとカーブした長い睫毛。 繊細で清楚な面持ちを持つ、均整の取れた秀麗な顔立ちは、正に、美少女と言うに相応しい。 つばの広い帽子を膝の上に抱えながら、少女は、いつも通りのおっとりとした口調で、今にも店員に噛付きそうな勢いのミリアムに言うのだった。 「ちょっとミリー?苛々しすぎだよ?シャトルの出発時間にはまだ随分早いから、そんなに苛々しなくても大丈夫だよ・・・」 「これが苛々しないでいられますか!一ヶ月も前に頼んでおいたステージ衣装、発注ミスでまだ届いてないなんて!馬鹿にしてるわ!!」 いそいそと対応に追われる店員達を更に切迫させるかのように、ミリーは、細い眉を吊り上げて一際大きな声でそう答えた。 「ミリーってば、やめてよ・・・店員さんたちも一所懸命なんだし、許してあげようよ」 気恥ずかしそうに苦笑して、少女は、細くなだらかな肩を小さく竦めてみせる。 ミリアムは、そんな彼女を横目で見やり、ふぅっと大きくため息をつくと、片手で額を抑えながら、あきれ返ったように言うのだった。 「もぉ、カビィったら・・・貴女がコンサートで着るステージ衣装なのよ? しかも、貴女をメディアに露出する初めてのユニバーサルツアーだって言うのに、まったく、相変わらずのんびりしてるんだから。 貴女の歌、こんなに売れてるのに全然その自覚もないし。今や宇宙の歌姫なのに、普通に外は出歩くし」 「だってほら、私の顔とか、まだ殆ど未公開だし、平気かなと思って」 「それでも、歌手『アンジェリカ』だってことの重大さを自覚しなさい」 そこまで言ったミリアムの唇が、どこか困ったように、そしてどこか誇らしげに小さく笑う。 「でも、貴女のそういうところ、私、とっても好きだけどね」 そっと差し伸ばされたミリアムの手が、少女の金色の長い髪を優しく撫でた。 今や、宇宙でその曲を知らないとまで言われる程の大ヒット曲、『エデンの森』を歌う歌姫『アンジェリカ』こと、ガブリエラ・マギーは、花が咲くような美しい微笑みをその綺麗な唇に刻み、ひどく嬉しそうに言うのである。 「私も、いつもストレートなミリーがとっても好きだよ!でも、あんまり怒ると身体に悪いから」 「ガビィには、いつもそればっかり言われちゃうわね?」 「お父さんが、よくそう言ってたからね」 ガブリエラは、そう言ってくったくなく微笑むが、ミリアムには、その笑顔がやけに痛々しく見えて仕方なかった。 ミリアムは現在34歳、そして、ガブリエラは16歳。 親子というには、余りにも歳が近すぎるが、養母というのはあくまでも便宜上のことである。 ガブリエラを養女に迎えることになった経緯は、本当に、偶然と不遇の産物としか言いようのない出来事が重なったためだった。 それは、今から五年程前の事である。 当時、ミリアムと、その夫のデイビットは、小さな音楽プロダクションを立ち上げたばかりで、所属する新人歌手達を育成するため、最新鋭音楽機器の視察に『宇宙の頭脳』惑星アルキメデスに向かったのが、ガブリエラと出会うそもそもきかっけだった。 ミリアムは、そこで、幸か不幸か『アルキメデスの蜂起』と呼ばれる軍事クーデターに遭遇してしまったのである。 その時、たった一人で混乱にもまれていたのが、当時まだ10歳だった・・・いや、正確にいえば10歳と10ヶ月だったガブリエラであった。 人々が逃げ惑う大混乱の中、クーデターに巻き込まれることを避けるため、ミリアムは、後先も考えずにガブリエラの手を引いて、乗船してきたドーヴァ発の旅客シャトルに再び飛び乗った。 何とかぎりぎりでクーデターを回避し、無事にドーヴァに到着すると、ミリアムは、すぐさま惑星トライトニアにいるガブリエラの父親、ブライアン・ワーズロックに遠距離通信を試みたのである。 だが、何故かその回線は不通になっており、慌てて行政機関に問い合わせると、「ブライアン・ワーズロックは不慮の事故で死亡し、子供などいなかった」との、驚くべき返答が返ってきたのである。 トライトニアからの返答を訝しく思いながらも、その日を境に、孤児となってしまったガブリエラを不憫に思い、ミリアムは、夫デイビッドとも相談し、正規の手続きを踏んで、ガブリエラを養子として迎えたのだ。 あれから五年。 誰もが振り返る程の美少女に成長したカブリエラは、今や、宇宙の歌姫である。 それでも、ガブリエラは、劇的な環境変化に戸惑う訳でもなく、ハイスクールの勉強と音楽活動を、実に要領良くマイペースにこなしていた。 ハイスクールでの成績が非常に優秀のため、クラス担任からは、大学への飛び級を薦められたが、本人は笑いながら「私、科学者になるつもりも、お医者さんになるつもりも、教授になるつもりもありませんから」と言って、あっさり断ってしまったのだという。 そんなところもまた、ガブリエラらしいと、ミリアムは可笑しそうに笑う。 明るく素直で、とても大らかなガブリエラは、まるで天使のような少女だった。 そして、とても器用で、なんでもそつなくこなてしまう、天才的な少女でもあった。 ミリアムが、ガブリエラにピアノを教えたのは、ほんの二年前だというのに、彼女はあっと言う間に難しいクラシック曲も弾きこなせるようになった。 大ヒット曲『エデンの森』は、ガブリエラが何気なく、家のピアノで弾いていた曲である。 そして、今日、彼女は、宇宙の歌姫『アンジェリカ』として、15惑星を巡るユニバーサル・コンサート・ツアーに旅立とうとしていた。 ツアー初日の公演先は、彼女の出身惑星トライトニアである。 それは、自身も『アンジェリカ』のファンだというトライトニア大統領直々の要請を受けて決定した公演だった。 政治的要素も大いに含まれた要請かもしれないが、『アンジェリカ』のマネージャーと事務所の専務を兼務するミリアムは、それでもいいと思っていた。 まだ本人には話していないが、トライトニアに行けば、もしかすると、ガブリエラの父親に関することを、少しでも聞くことが出来るかもしれないと、そう考えたからである。 「あの時、アルキメデスで貴女をシャトルに乗せなかったら、きっと、こんな風になってなかったわよね・・・ごめんね、商売の道具にしちゃって」 ふと、切なそうに瞳を細め、ミリアムは、ため息をつきながら隣に座るガブリエラを振り返る。 ガブリエラは、やけにあどけなく微笑むと、美しい金色の髪を揺らしながら、首を横に振ったのである。 「ミリーが謝ることなんて何もないじゃない?私、これでも、結構楽しく歌唄ってるよ。でも、最近、よく知らない人に声かけられて、困っちゃう時もあるけどね」 「もう、だから、一人で出歩かないでって言ったのよ。今の所、遠巻きに写したジャケット写真しか公開してないけど、熱狂的なファンは、それでも貴女に気付いて追いかけてくるものなのよ。ストーカーみたいなファンもいるから気を付けてね、本当に」 「はーい」 実に心配そうに眉根を寄せて、ミリアムはしみじみそう語ったのだが、当のガブリエラは、素直に返事をしながらも、やはり、その怖さを悟ってはいないようだった。 それどころか、徐にソファを立つと、相変わらず純粋で綺麗な微笑みで、こんなことを口にしたのである。 「ちょっと退屈しちゃったよミリー、インストフロアで、ピアノ弾いてきていい?」 突拍子もないその言動に、ミリアムは、額に片手をあてがうと、呆れ返ってため息を吐いたのだった。 「気をつけなさいと言った傍からそれなんだから・・・別に行ってもいいけど、ショップの警備員に着いていってもらいなさい」 「はーい!」 あどけなくそう答えて、実に嬉しそうに笑うガブリエラを、まじまじと仰ぎながらミリアムはもう一度大きくため息をつくと、ドレスショップの店員を呼んで、手早く警備員の手配を済ませたのである。 膝に抱えていた帽子を被り直したガブリラの前に、制服姿の若い警備員が姿を現したのは、それからほんの僅か後のことだった。 「じゃ、行ってくるね」 満面の笑顔でそう言って、ガブリエラは、警備員を傍らに伴い、スキップでもするような足取りで、特別リビングのドアを出て行ってしまう。 そんな彼女の後姿を、実に心配そうに見送ると、ミリアムは、再び大きくため息をつくのだった。 だがこの時、ミリアムは、全く気付いていなかったのである。 武装した警備員の瞳が、深く被った制帽の下で、金色の長い髪が揺れるガブリエラの細い背中を見つめながら、不気味に輝いていたことなど。
|
|