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作品名:NEW WORLD〜交響曲第一楽章〜 作者:月野 智

第5回   【ACTT 惑星ドーヴァの午後】5
           *
「新人パイロットの守備はどうだ?」
リョータロウが、艦長専用執務室(オフィス)に足を踏み入れると、容姿端麗な青年が一人、デスクの上に腰を下ろし、前で腕を組んだ姿勢で、どこか愉快そうに笑っていた。
裾の長いシルバーグレイの軍服を纏い、その広い肩から、輝くような銀色の長い髪が音もなく零れ落ちる。
艶やかなブロンズ色の肌と、柔和な中に鋭さを兼ね備えた美しい紅の瞳。
その顔立ちは、精悍にして繊細であり、どこか中性的な耽美さと優美さを併せ持っていた。
それは他でもない、その優れた戦闘手腕から敵対する惑星国家に“ハデス番人”と称される、この宇宙戦闘空母セラフィムの艦長、レムリアス・ソロモンだったのである。
余りにもいつもと変わりないソロモンの様子に、リョータロウは、どこか拍子抜けしてため息をつくと、細く鋭い傷跡を残す額を、片手で軽く抑えるのだった。
黒茶色の長い前髪を梳き上げながら、相変わらず温厚な上官の元へと足を進めると、訝し気な声色でリョータロウが言う。
「そんなこと聞いてる場合かよ?協定に違反したんだ、ドーヴァ政府からひどいお叱りが来たんだろ?」
ソロモンに倣ってデスクの上に腰を下ろすと、リョータロウは、その凛とした黒曜石を僅かに細め、相変わらず落ち着いた物腰のソロモンを、まじまじと見つめすえたのである。
「ドーヴァ政府に罰金を支払うということで、全部片付いたさ。まぁ、流石にこっぴどいお叱りは受けたが・・・・・あんな風に怒鳴られたのは、いつ以来だったかな?」
そう答えると、ソロモンは、何故か、ひどく愉快そうに一笑したのである。
柔和な微笑でこちらを振り返るソロモンに、殊更呆れ返って肩を竦めると、リョータロウは、ぼりぼりと頭をかきながら、もう一度、大きくため息をつくのだった。
「こっちは重大処分覚悟で来たのに・・・・・・一体、なんなんだよそれ?」
「処分はするさ。おまえの監督責任だからな」
前で腕を組んだまま、何気ない口調でソロモンはそう答えた。
その言葉に、ふと神妙な顔つきになって、リョータロウは、徐に口を開くのである。
「で・・・・・・謹慎か?減俸か?降格か?」
「おまえへの処分は・・・・・・・戦艦指揮官育成プログラムを受講すること。それだけだ」
ソロモンから通達された処分内容にぎょっと目を剥くと、リョータロウは、思わず叫んでしまった。
「はぁ!?何言ってんだよあんた!?そんなの受けるつもりはないって、とっくの昔に言っただろう!?」
「そうやっておまえが拒否するから、あえて処分内容にしたんじゃないか?」
「汚ねーぞソロモン!?そんなのありかよ!?」
「ああ・・・・・勿論、ありだ」
ソロモンは、悪びれもせずあっさりとそう答えて、端整な唇を殊更柔和にもたげたのである。
そんな上官の優美な顔を、長い前髪の隙間からジロリと睨みつけると、リョータロウは、凛とした眉を苦々しく眉間に寄せ、なんとも複雑な顔つきをして問い返すのだった。
「あんた・・・・・・どうしても俺に、戦艦を一隻任せたいみたいだな?」
「おまえなら、良い戦艦指揮官になれるはずだ。俺は昔からそう思っていた」
「少し買い被り過ぎだぞ、俺にそんなことできるかよ・・・・・・・俺はたった一人すら・・・・・・」
 怒ったようにそこまで言って、不意に言葉を止めたリョータロウの視線が、自らのブーツの爪先を見た。
 長い前髪の下で細められた黒曜石の瞳に、深い哀しみの翳りが揺れると、リョータロウは、搾り出すような声で言葉を続けたのである。
「俺は・・・たった一人の女すら、守ってやれなかった・・・・・・・
そんな俺が・・・・・船を、そこに乗船する全ての人間の命を・・・・・・守れるはずがない」
鮮烈な憂いを落すリョータロウの横顔を、銀色の前髪から覗くソロモンの紅い瞳が、真っ直ぐに見つめすえる。
何故、いまや指揮官の立場にあるリョータロウが、そんなことを口にするのか、ソロモンには、その理由がよく判っていた。
それは、五年ほど前の出来事である。
リョータロウは、宿敵とも言うべき惑星トライトニアの戦闘用セクサノイド、タイプΦヴァルキリーを、このセラフィムに乗船させようとしたことがあった。
それは、ルビー色の髪とルビー色の瞳を持つ女性体ヴァルキリーで、リョータロウ自身が『メイヤ』と名付けた美麗な個体だった。
彼女自身がそれを望み、トライトニアを裏切っても、リョータロウと共にこの船に乗るつもりであったと、当時、リョータロウは、そうソロモンに語っていた。
『メイヤ』と名付けられたその個体は、リョータロウに対して、とても深い愛情を抱いていたのである。
だが、彼女は、本来は味方であるはずのタイプΦヴァルキリーに撃たれた。
リョータロウの目の前で、リョータロウを救ったがために、搭乗していたアーマード・バトラーごと高エネルギービームで貫かれ、破壊されてしまったのである。
それは正に、人間の死と同じ事。
リョータロウは、あの時のことを・・・彼女を救うことの出来なかったことを、五年経った今でも、深く悔いている。
あの時の悔しさと哀しみを、忘れられないでいるのだ。
複雑な表情で黙り込むリョータロウの胸元で、シルバーのボールチェーンが軽く揺れ、その先端に着けられた小さな円柱型のトップが、銀鈴のような涼しい音を上げた。
その中に入っているのは、決して鈴などではなく、赤く小さなグラスファイバーの破片である。
破壊された・・・いや、命を無くしてしまった、あの美麗なセクサノイド『メイヤ』の形見とも言うべき品を、リョータロウは、常にその身に着けていた。
それにどう言う意味があるのかも、ソロモンはよく知っている。
ブーツの爪先を見つめたまま、ひたすら黙るリョータロウの傍らで、ソロモンは、ひどく穏やかに微笑する。
そして、落着き払った冷静な声色で、まるで諭すような口調でこう言うのだった。
「勿論、前任のアーサーは優秀な指揮官だった。だが、おまえもアーサーにも引けを取らないほどの優秀な指揮官だ。
おまえがツァーデ小隊隊長に就任して一年・・・・・・ツァーデ小隊には未だ一人の戦死者もいない。確かに退隊した者はいたが、二人とも正規退役だ、決して戦死じゃない。
その実績があっても、おまえには誰も守れないと、そう言うのか?」
「ツァーデ小隊のパイロットは優秀だ・・・・・別に、俺が指揮官だから戦死者が出なかった訳じゃない」
リョータロウはそう答え、睨むような視線でソロモンの優美な顔を顧みる。
ソロモンは笑った。
「そうだな、確かにそれもある・・・・・だが、優秀な指揮官無しでは、優秀なパイロットもその能力を十分に発揮できない。リョータロウ、おまえなら、それをよく理解できるだろう?」
「・・・・・・・・・・」
再び押し黙ったリョータロウに、ソロモンは、相も変わらず落着き払った表情と口調で言葉を続けた。
「逃げても何も始まらない、もう好い加減に覚悟を決めることだ。ガーディアンエンジェルの総本部は、おまえの能力を高く評価してる。勿論、この俺もだ」
「またそうやってあんたは・・・・・・何でも知ってるような口利きやがって・・・・・っ」
リョータロウは、渋い顔つきのまま片手を髪に突っ込むと、どうにも煮えきらぬ様子で大きくため息をついた。
そして、憂いと鋭さを併せ持つ黒曜石の瞳を、もう一度ソロモンに向け、やけに冷静な声でこう答えるのである。
「処分は処分だ・・・・・・あんたの言うとおりにしてやる。ただし、俺が本当にあんたの評価通りとは限らないし、戦艦指揮官になるつもりもない」
「それでもいいさ・・・・・・だが、少なくとも、俺の目に狂いがあったことなんて、今まで一度もなかったからな。その点だけは安心していい」
やけにあっさりとそう答え、何故か愉快そうに笑うソロモンを、リョータロウは、殊更に渋い顔つきをしながらジロリと睨む。
そんな視線を気にするでもなく、ソロモンは、デスクの上に二つ置いてあったコーヒーカップを手に取ると、その内の一つを自らの唇にあてがい、もう一つを、リョータロウに差し出して、何の気なしに言葉を続けるのだった。
「総本部は今、最新鋭の戦闘空母を造船しているところだ。その船の名前は『ケルヴィム・ソード』・・・・」
「ケルヴィム?」
ソロモンの手からコーヒーカップを受け取りながら、リョータロウは、ふと、怪訝そうに眉根を寄せてそう聞き返す。
唇だけで柔和に微笑してみせると、ソロモンは答えて言うのだった。
「ああ・・・懐かしい名前だろ?『ケルヴィム・ソード』は、戦艦ケルヴィムの発展型戦闘空母だ。『NEW WORLD(新世界)』が始動した時、一番重要な任務を担うために開発された機体でもある。質量も装備も性能も、ケルヴィムとは比べ物にならないし、下手をすると、セラフィムすら凌ぐかもしれない」
「次にあんたが指揮する船だろ?まぁ、あんたなら、どの船に乗っても問題はないんだろうけど」
コーヒーカップに唇をつけながら、さも自分には関係がないと言いたげに、リョータロウはそんな言葉を口にする。
だが、次の瞬間、ソロモンの口からは、リョータロウが予想だにしなかった、とんでもない返答が飛び出したのだった。
「俺じゃない、指揮するのはおまえだ、リョータロウ」
「ぶっ!!?」
飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになって、リョータロウは、ごほごほとむせながら、睨みつけるような視線でソロモンを振り返った。
「はぁ!?何言ってんだよあんた!?戦艦指揮官になるつもりはないって、そう言ったばっかりだろ!?なんでそうなる!?」
「あの船の艦長には、おまえが適正だと判断されたからだ」
「戦艦指揮官プログラムを受講した訳でもないのに!いつそんな話が持ち上がった!?」
「随分と前だよ」
詳しい経緯を説明することなく、ソロモンはそう答え、実に愉快そうに笑ったのである。
どうにも納得がいかない様子で軽く首を振ると、リョータロウは、片手を自らの髪に突っ込んで、思わず本気でこう呟くのだった。
「ありえねぇ・・・・・・あんたも元老院もどうかしてる、絶対正気じゃねぇ・・・・・」
「全員正気だよ」
片手に持っていたコーヒーカップを唇にあてがいつつ、ソロモンは、どこか困ったように眉根を寄せると、「さて」と前置きして、徐に口を開くのである。
「おまえの処分も決定したことだし。ハルカの処分内容も、おまえに伝えなくてはな」
「あいつ、それじゃなくてもヘコんでるのに、あんたにまで処分勧告されたら、ますますヘコむだろうな」
憮然としていた顔を、ふと可笑しそうに綻ばせて、リョータロウは、コーヒーカップをデスクに置くと、シルバーグレイの軍服の肩を軽く竦めるのだった。
その言葉に、ソロモンもまた、可笑しそうに笑う。
「レイバン部隊に配属された以上、これまでのような扱いは出来ないさ。おまえも、他の隊員を扱うのと同様、ハルカを厳しく扱ってるだろう?だから、厳しく扱わなければな」
「まぁな」
「ハルカは、明日から二日間、自室謹慎だ。ハルカが飛行経路を外れた理由に、なんとなく察しがつくからな、いつまでもそれじゃ困るというのが、正直なところだ。
きっとハルカは・・・・」
そこまで言ったソロモンの紅の瞳と、リョータロウの黒曜石の目が合った、そして、双方同時に口を開く。
「ドーヴァの海に見惚れてた」
二人そろって深くため息をついた後、先に口を開いたのは、笑いを押し殺して愉快そうに肩を揺らすリョータロウであった。
「あいつらしいといえばあいつらしい。始末書にどう書いてくるか、今から楽しみだ」
「俺もだよ」
そう同意して、ソロモンもまた愉快そうに笑うと、デスクから、ゆっくりとその長身をもたげたのだった。
輝くような銀色の髪が広い肩でふわりと揺れ、ソロモンの足先がオート・ドアへと向く。
それに倣うように、リョータロウもまたデスクの上から立ち上がり、その傍らに歩みよったのである。
軍服の胸元に下げられた円柱型のトップが、銀鈴のような音を上げた。
そんなリョータロウを静かに顧みたソロモンが、柔和に言う。
「セラフィムは明日の午前10:00にドーヴァを発って、メリアベル星系上で新型レイバンの受け渡しだ」
「RV−019だろ?対アーマード・バトラーの新型機体ってやつ・・・」
「ああ、まだ試作機だがな。ユダが運んでくるのは、RV−019のツァーデ小隊専用機VFc(シータ)の方だ。ヒルダとイルヴァがいなかったら、作ることの出来なかった強化型機体だ。現在の機体に比べても、出力も性能も格段に上がっている。その分、パイロットにかかる負担は大きいがな・・・使ってみて何の問題もなければ、そのままツァーデ小隊で使用する。一般機VFβの配備は、それからだな。あとで、おまえの端末に機体情報を送っておくよ。
どんな機体か、楽しみにしておくといい」
「・・・・・そうするよ」
そう答えながらも、リョータロウはさして嬉しそうな様子ではない。
どんな機体であろうと、戦闘に出ることには変わりのないことだ、それなりの装備があればそれなりに使うし、装備がなければ無いなりに使う。
ただ、それだけの話である。
そんなリョータロウの考えを知っているソロモンは、柔和に唇をもたげたまま、言葉を続けた。
「セラフィムの発進準備が整うまで自由行動だ。乗員には下船許可を出した、おまえも降りていいぞ。気晴らしに、ミグニンにでも行ってこい。おまえさえよければ、ハルカも一緒に連れていってやってくれないか?リョータロウ?」
「まったく・・・協定違反をしでかしたパイロットとその上官に、下船許可を出すなんて。あんた、それのどこが厳しく扱ってるって?」
そう言いながらも、リョータロウは、精悍な唇で実に愉快そうに笑うのだった。
その言葉に、ソロモンは思わず苦笑する。
「それもそうだな・・・・・・でも、一度口に出したからには、今更撤回する訳にもいかないしな」
「あんたらしいよ、そういうとこ」
シルバーグレイの軍服を纏う長身の二人が、ゆっくりとオート・ドアを出ていく。
セラフィムの長い通路を歩きながら、リョータロウは、その黒曜石の瞳で、傍らを歩くソロモンをちらりと見やると、頭の後ろで手を組みながら言葉を続けるのだった。
「それで、ツァーデ小隊の席はもう一つ空いてるが・・・その枠に、一体誰を入れるつもりなんだ?」
「今夜、優秀なパイロットが一名、ドーヴァに到着する予定だ。おまえがミグニンからセラフィムに戻る頃には、紹介できるだろう。相手は、セラフィムのレイバン部隊配属を熱烈に志願していたそうだ・・・・おまえにもまた一つ、苦労が増えるかもな」
ソロモンはそう答え、なにやら、実に意味深な表情でリョータロウを見つめ据えたのである。
「どういう意味だよそれ?」
怪訝そうに眉根を寄せ、訳がわからないといった様子首を傾げるリョータロウに、ソロモンは、相変わらず柔和に微笑(わら)ってみせるのだった。
宇宙戦闘空母セラフィムを曳航する、カランダム空軍基地の西側には、惑星ドーヴァの特有の明るい夜が迫ろうとしていた。


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